検問所
彼らが馬車を降りてしまったのは、なんとも半端な地点だった。
「ここからまた馬車を拾うのは難しいな。この先は徒歩で行くしかないですね。まだ歩けそうですか?」
「ええ、たっぷり休んだもの」
「若いですねえ」
「あなただって、そんなことを言うような年齢ではないでしょう?」
「姫様からすれば、充分にオッサンですよ」
肩をすくめながら、アデルは苦笑する。引退には若すぎると散々言われるものの、この歳でここまで昇進できたのは、それだけの場数を踏んできたからでもある。
農道に出てから小一時間。馬車道ではないせいか、人影は少なく、風に揺れる麦の穂が遠くまで続いている。いちばん暑い時間帯を過ぎ、少しずつ陽が傾いてきていた。
やがて、道の先に、くたびれた木造の門が見えてくる。アデルは小さく息を吐いた。
「関所? まさか生きてるとは」
「地図じゃ、もう使われていないって書いてありましたけれど」
二人が近づくにつれ、門の前に立つ数人の男たちの姿がはっきりしてくる。制服らしき上着に腰の剣、肩章のようなものも見える。だが、どこか不自然だ。
「止まれ、そこの旅人! ここは封鎖中だ。新たに通行許可が必要だな。金貨三枚で通してやる」
先頭の男が仁王立ちになり、腕を組んでこちらを睨みつける。後ろに控える二人も、無言のまま腰の武器に手をかけていた。アデルはわずかに目を細め、セラフィーナに身を寄せ耳打ちする。
「……また監視ってやつですか?」
「いいえ。こんな雑な偽装、王宮の人間がするはずないもの」
「さようで」
小さく肩をすくめる。王女様は話が早い。
アデルは外套の内側に手を伸ばしかけ――ふと手を止めた。こんな道端で武器を出せば騒ぎになる。しかも、相手は三人。力押しでは不自然に映るかもしれない。
「なんだ、文句あんのか? こっちは仕事なんだよ」
今にも詰め寄ろうとする男たちを前に、セラフィーナが一歩、アデルの横に出た。周囲を素早く見渡し、ふっと微笑を浮かべる。
「その旗、染料が間違っていますよ。地方関所の紋章に、青の染めは使われません」
「あ……?」
「それから、杭の標識がありませんね。公式路線には税収局の印が刻まれた杭が立っているはずです。あらあら、まさか私たち、違法な抜け道に案内されているのかしら?」
涼しげな声だった。だが、その芯は強く、男たちの顔色がわずかに変わる。
セラフィーナはアデルの服の裾を軽く引き、手に持つ地図を示してくる。
「少し東に向かった橋を経由すれば、隣町には着くことができますわ」
「……なるほど。回り道しましょうか」
男たちから視線を外さないままアデルが頷けば、慌てたように声が飛ぶ。
「おい、待て! こっちが本線――」
「本線なら、記録所の筆頭が貼り出されているはずですよ。ね?」
セラフィーナがにっこりと笑うと、男たちは顔を見合わせ、やがて悪態をつきながら脇道へと退いていく。
「……クソッ、面倒くせぇのに当たったぜ」
「やっぱ女ってのは厄介だ。さっさと行けよ!」
事を荒立てれば商売ができなくなることを、彼らも理解しているのだろう。背中越しに感じる視線も、すぐに麦畑の奥に消えていった。
追ってくる気配はない。……どちらにせよ、第三王女が彼らを見逃すはずもないのだが。
門から十分に離れたあたりで、アデルはようやく肩の力を抜いた。
「ヒヤッとしましたよ。にしても、よくあの一瞬で脇道を見つけられましたね。お見事でした」
「少しだけ勉強しましたの。王都の地理局の地図、面白いんですもの」
「少しだけ、ねえ……」
王国の地理と関所運営の知識をもとに事態を回避してみせた手腕は、一朝一夕に身につけたものではないだろう。剣を抜く前に勝敗は決していた、ということだ。
「ふふ、こういう方たちへの対処法も、父の講義で叩き込まれましたから」
「なるほど、そりゃ勝てねぇ」
からからと、アデルは笑った。
二人は再び麦の道を行く。何も知らなければ、ただの優雅な旅装の少女と、年上の護衛に見えるだろう。
この少女が持つ知識と胆力が、いずれ王国の未来を動かすかもしれない。そんなことをアデルは考えながら、楽しげに歩を進める横顔を見やった。
もうすぐ、夕刻だ。




