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聖騎士アデルは辞められない  作者: 笛吹葉月


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4/4

駅馬車に乗って

 夜の祭りが開かれるのは隣の町である。それまでに移動をしておこうと、二人は乗合の馬車に乗り込んだ。


 車輪が、乾いた道をゆっくりと転がっていく。馬の足取りは安定しており、車内は思った以上に静かだった。が、アデルの意識は、ある一点に釘付けになっている。

 六人乗りの車内。商人風の男が一人、旅装の女性が一人、眠そうな子供を連れた親子、そして自分たち。


「……姫様。ここらで降りませんか」


 アデルがひそひそと伝えると、セラフィーナは怪訝そうに眉をひそめる。


「え? でも、目的地まではまだ……」

「あの厚着の男。ずっと右肩を壁に向けている。それと、首に巻いてたスカーフを途中で右手に掛け直したの、お気づきになりました?」

「……いいえ」

「利き腕を隠して構えを取る癖は、隠密訓練を受けた奴にありがちなんですよ。あの体勢になってから、全く身動ぎしていない」


 それだけ告げて、アデルは腰を浮かせた。


「降りましょう」

「えっ、でも馬車が――」

「俺が止めますんで」


 そう言った直後、アデルは――盛大に転んだ。派手に体をひねり、馬車の中で倒れ込む。御者が慌てて手綱を引き、車体がぎしりと揺れて停まった。

 「だ、大丈夫ですか?!」と、セラフィーナが慌てて駆け寄る。乗客たちが一斉に振り向く中、アデルは倒れたまま彼女の耳元でささやいた。


「降りて左へ。川に突き当たるまで走ってください! 後から行きますから」


 セラフィーナはわずかに目を見開いたが、すぐにうなずいた。外套の裾を翻し、馬車のステップを軽やかに降りていく。

 その様子を、呆然と見送る乗客――いや、その人物だけは、同じように馬車を降りようとする。アデルは素早く立ち上がると背後をとった。


「待った」


 上着の裏に隠していた小型のナイフに、そっと手をかける。男は背を向けたままぴたりと静止した。


「おっと、立ち止まってくれるなんてずいぶんと素直だ。それとも、殺気に慣れてるのか?」

「…………」

「こちらもできれば静かに済ませたいんでね。おとなしくしてくれませんか」


 緊張が走る。が、次の瞬間――


「……お待ちください。私は、貴方がたの敵ではありません」


 男はしばらく固まった後、小さくため息をつく。そして、落ち着いた様子でアデルに向き直ると、懐から王宮の印章入りの金バッジを取り出した。


「王宮直属、第四監察室。セラフィーナ王女の監視役を仰せつかっております」

「……は?」


 監視役はさらに語る。


「王女殿下の外出は黙認されておりますが、『護衛一名では心許ない』とのことで密かに補佐を命じられております。貴方が殿下を守るのに不備があれば、我々が対応する手筈でした。……申し訳ございません」


 アデルは完全に脱力した。ナイフを鞘に戻し、額を押さえる。


「そういうの、事前に言っといてくれません?」



 合流地点の川べりでは、セラフィーナが草に座って靴紐を結び直しているところだった。

 アデルが近寄ると、ぱっと顔を上げる。これもどこかで監視されているのかもしれないと思えば、自然とため息が出た。


「無事でしたか?」

「無事でしたよ。ええ、ええ、それはもう!」


 アデルも、その場にどさりと腰を下ろす。


「王宮の監視役とやらだったそうで」

「やっぱり……。ごめんなさい、黙っていて」

「まあ、姫様の身に何かあったら困るのは分かりますけどね」


 そして、少し間を置いて、ふっと息をついた。


「ただ、あの人達に誰かが気づいたのは、今回が初めてだったんでしょう?」


 セラフィーナはわずかに目を丸くし――次いで、いたずらが見つかった少女のように、微笑んだ。


「ふふ。鋭いですわね、あなた」

「お褒めにあずかり光栄です」

「私が護衛を頼みたいと思ったのは、そういうところよ」


 その言葉に、アデルは一瞬だけ黙り、やがて苦笑まじりに呟いた。


「まったく、やりがいがありますね」


 草の上に、ふたりの影が並ぶ。川のせせらぎが、それをなだめるように流れていた。


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