表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
聖騎士アデルは辞められない  作者: 笛吹葉月


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

3/4

交渉成立

 市街の西端、軒を連ねる市場から一本裏へ入った小路に、くたびれた看板がかかっていた。辛うじて掠れた文字が読み取れるその店は、古道具と雑多な骨董を扱うことで知られている。


 アデルは扉の前で一度立ち止まり、わずかに肩をすくめた。外観も中身も油断ならない。だが、セラフィーナは楽しげに、既に中へ入っていこうとしている。


「少し見ていきましょうか」

「……やれやれ。姫様ってのは、こういう店も好きなのか」


 店内は埃っぽく、陽の当たらない棚には、革の鞄や銀細工の髪飾り、年代不明の巻物まで並んでいる。ごった返す雑多な物の匂いは、アデルにとってはどこか懐かしくもあった。


「まあ、見てください。これ、王都製ですわ」


 興奮気味な小声をあげたセラフィーナが手に取っているのは、くすんだ色の懐中時計だ。銀縁の飾りはたしかに凝っているが、よく見れば蝶番がゆるく、ところどころに細かな欠けがある。アデルは横目で値札を見た。


「……悪いもんじゃないが、八十ギルは高い」

「いくらなら買いますか?」

「せいぜい、そうだな。三十が妥当ですかね」

「ふふ、それなら――試しに交渉(・・)してみても?」

「ええ」


 アデルが静かにうなずくと、セラフィーナは時計を手に、店の奥に座っていた老人へ近づいた。


「ごきげんよう、ご主人。この時計、とても素敵だけれど、かなりの年代物のようですわね?」

「お嬢さん、お目が高いね。王都の職人製、銀枠の懐中時計。八十ギルだ。安くしとくよ」


 商人は薄笑いを浮かべる。


「もう少しまけていただけません?」

「いやいや。これは百年前の職人の作で――」

「百年前? まあ! じゃあ、魔王がまだ山を歩いていた頃ね」


 目をまるくする姿を店の隅から眺めつつ、アデルは思わず口の端を上げた。その口ぶりは明らかに演技だ。相手の語りたがるツボを押さえつつ、距離を詰める技。王宮で『顔』として立つ者が身につける、社交という名の兵法だった。


「去年の王都の競りでは、同じ型が三十ギルでしたのに」


 無邪気な声に、商人は少し眉をひそめる。


「競り、ねえ。ま、偽物も多いからね。これは正真正銘の本物だ」

「でも、蝶番が少し緩んでいますし。ここにもほら、傷が」

「ふむ……確かに、年季が出ちまってるのは事実だが。けど、三十ギルじゃあとても売れねえな」

「――この刻印、王宮工房の試作品ですわよね。正式な納品物ではない証に、初期製造番号の位置がずれていますわ。あと、この秒針。修理痕があります」


 裏蓋を指でなぞりながらセラフィーナが言う。商人は薄暗い店内でもわかるほどに狼狽えた。


「あ、あんた、時計屋の娘か何かか?」

「いいえ、ただの旅人です。でも――せめて、三十五ギルでお願いできません?」


 にっこりと笑う。沈黙のあと、老人は渋々といった素振りで片手を出した。


「……チッ、仕方ねぇな。三十八でどうだ?」


 セラフィーナは一瞬考えたふりをして、「では、それで手を打ちましょう」と朗らかに頷いたのだった。



 アデルが支払いを済ませている間、セラフィーナは「風に少しあたりたい」と一足先に店を出ていた。戦利品を携えたアデルが外へ出ると、少女は人が少ないのをいいことに、うんと伸びをしているところだった。


「お待たせしました、姫様。何事もなかったですか?」

「ええ。やはり晴れた日は気持ちがいいですわね」


 そして、歩き出すセラフィーナの袖口。布地の先に、うっすらと滲む黒い汚れが見えた。インクのようにも見える。

 書き物をするタイミングがあったとは思えない。店の裏手には、小さな修道院があるだけだ。修道女達の目があったからこそ、わずかな間でも単独行動をさせることができたのだから。

 アデルが微かな違和感に思いを馳せていると、当の本人が覗き込んでくる。


「そんなことより。どうでした?  交渉成立ですわ!」

「いやはや、見事です。姫様が外交で国を動かしたって話も、まんざらじゃないですね」

「それが仕事ですもの」


 セラフィーナは、さも当然のように微笑んだ。


「……工房の試作品なんて、普通は王族が知るわけないですよね?」

「旅は勉強になりますのよ?」


 呟きにも、涼しい笑顔が返るばかりだ。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ