聖都レムナス
夜明け前。
通信機の振動音でリヴィアは目を覚ました。
「……はい、リヴィア・ノクスです」
『集合だ。出撃準備を整えろ』
カラムの低い声が、いつもより硬かった。
リヴィアは急いで軍服に袖を通す。
冷たい布地が、胸の奥の不安を締めつけた。
⸻
【黒翼隊舎】
すでに全員が揃っていた。
カラムの声が静まり返った空気を割る。
「揃ったな。今回の任務は軍務部統括──レイリット大将からの直令だ」
アシュが顔をしかめる。
「グレイさんじゃなくて……?」
「ああ。どうも上層の意向が強い。内容は“革命軍潜伏先の破壊工作”。
潜伏先は……聖都レムナスだ。」
リズが思わず声を上げる。
「レムナス!? 聖理協会の総本山じゃない!」
「そうだ。」
カラムは淡々と続ける。
「そこに革命軍“リバースオーダー”が潜んでいる。……だがな、問題は別だ。」
「問題……?」リヴィアが問う。
「帝国がレムナスを敵に回す可能性がある。
ルーメン教は全世界の信仰だ。教会を攻撃すれば、“世界”を敵にする。」
リヴィアは息を呑む。
「つまり……帝国は、世界を相手に戦う気なの……?」
「分からん。」
カラムの瞳が鈍く光る。
「だが俺たちは命令に従うしかない。」
机上に広げられた地図。
帝国を中心に、無数の国家が取り囲む。
その中の一点──レムナス。
「潜入経路は?」
「信者の巡礼用の地下道だ。イムリットからレムナスまで繋がっている。」
「それって……神聖な場所を軍事利用するってことじゃ……」
「リヴィア。」
カラムが言葉を遮る。
「理想を語る暇はない。帝国はすでに準備を始めている。」
沈黙が落ちた。
そして、カラムが静かに告げる。
「出発する。」
黒翼全員が立ち上がる。
「了解!」
震え混じりの声が、部屋に響いた。
⸻
【帝国東端・イムリット】
輸送車の中。
ジンがハンドルを握りながら叫ぶ。
「マジでレムナスまで行くのかよ!?」
「黙って運転しろ!」アシュが怒鳴る。
車内の空気は張りつめていた。
誰も口を開かない。
世界の均衡を壊す作戦に向かうのだから。
やがて東の果て、イムリットの街並みが見えた。
その地下に潜る通路が、彼らの道。
黒翼は黒いマントで身を包み、地下道へと足を踏み入れた。
地上から遠ざかるにつれ、光も、祈りも、消えていく。
「駆け足だ。ここから半日でレムナスだ!」
カラムの声が暗闇に響く。
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【聖都レムナス・西側聖堂】
カイゼン・アドラーの前に、セリウスが立っていた。
「隊長、なぜレムナスを……」
「昔ちょっとした縁があってな。だが帝国はすぐ嗅ぎつける。」
「それでも、ここを選んだのは……?」
「帝国にルーメン教を敵に回させるためだ。」
カイゼンは淡く笑う。
「世界中が目を覚ます。――それが狙いだ。」
セリウスの瞳が揺れた。
「なら俺たちは……囮ですか。」
「違う。お前は“生き延びる”んだ、セリウス。
そして……“セイクリッドルート(六つの理)”に会え。」
「伝説の魔法使い達……?」
「ああ。人間界を築いた六つの理。
彼らはまだ生きている。群島国家アスレオンへ行き、“オルド”という名の海賊を探せ。」
「海賊……」
「表の顔だ。奴は千年を生きる化け物だ。」
カイゼンは微笑んだ。
「世界の真理を学び、次の世を導け。――お前が新しい光だ。」
「俺なんかに……」
「お前にしかできん。」
「俺はお前が予言にある世界を救う“七つ目の理”、“セブンスルート”であると思ってるんだ。」
「この俺が…??」
その時、小柄な女性が姿を現す。
前髪をまっすぐ下ろした革命軍の剣士。
「カリン……」
「セリウス。先生に言われたの。“あなたを守れ”って。」
カリンの眼差しは鋭くも優しかった。
「行け。俺はここで迎え撃つ。」
カイゼンが微笑む。
セリウスは拳を握りしめ、振り返らずに去った。
⸻
【地下道/黒翼隊】
ネロが前方に手をかざす。
「来ます……!」
魔力の波動。銃声。
火花が暗闇を裂いた。
リヴィアが跳び出し、弾丸を弾く。
銃火の中、革命軍の兵たちが現れた。
「黒閃!」
リヴィアの一閃が、敵列を貫く。
直後、轟音と共に炎の奔流。
「防壁!」カラムが地面に手をつく。
土の壁が炎を押し返した。
アシュの火球が壁を突き抜け、
リズが電撃を纏って飛び出す。
「退けぇええ!!」
雷光と共に敵兵が吹き飛んだ。
黒翼は一気に突破。
レムナスの標識が視界に入る。
その時――。
「ッ!」リヴィアが身を翻した。
目に見えない斬撃が彼女を襲う。
火花。鋼の音。
細身の刀が光を裂いた。
周囲には冷気が漂い、息が白くなる。
「いい腕ね。」
声の主が現れる。黒髪の剣士――カリン。
「何者!?」
「革命軍幹部、カリン。黒翼を斬りに来た。」
抜刀の音。次の瞬間、リヴィアの腕がかすめられた。
「リヴィア!!」
リズが電光を纏い飛び出すが、カリンの剣戟に弾き飛ばされる。
カラムの槍が地を突き、
無数の土槍がカリンを貫こうとするも、全てが砕かれた。
「……侍の本気を見せてあげる。」
カリンが構える。
黒翼が全員身構えた瞬間――
背後のネロが呻き声を上げ、崩れ落ちた。
「ネロっ!!」カラムが駆け寄る。
「くっ……速すぎる……!」
リヴィアの瞳が闇に沈む。
「絶空!!」
黒い閃光が奔り、地下壁を切り裂いた。
カリンは一瞬押し負け、距離を取る。
「セリウスはどこ!?」
「……あなた、セリウスを知ってるの?」
「どこにいるの!?」
「帝国兵に教える義理はない!」
カリンが剣を掲げる。
「列冬!」
地面から氷刃が噴き出す。
リヴィアも叫ぶ。
「絶空!!」
闇の奔流が氷を呑み込み、拮抗する。
光と闇、氷と影。
地下道が震え、壁が崩れ始めた。
⸻
【帝都・特務課執務室】
「少佐!」
エレナが駆け込む。
「黒翼が出動しています!」
「……誰の命令だ?」
「軍務部統括、レイリット大将です!」
「レイリット……?なぜそんな経路から……」
「目的地はレムナスです。」
グレイは顔を上げた。
「ついに動き出したか。……行くぞ、エレナ!」
「はい!」
エレナの表情は躍っていた。
⸻
【聖都レムナス】
セリウスは遠くの空を見上げた。
「……この魔力、まさか……カリン?」
(もう一つ知っている魔力を感じる。)
その時、
ドォォォォン!!
大地を揺るがす爆音。
レムナス中央の聖堂が、火柱を上げて崩れた。
「帝国軍……!!」
セリウスは双剣を抜き、燃える街へ走り出す。
「先生、カリン……やっぱり無理だ……!」
炎に照らされた空の下、
新たな戦争の火蓋が切られた。




