表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/15

焔の残響

―エンジンの轟音が、山の空を裂いていた。

黒翼分隊を乗せた帝国軍の輸送ヘリは、バルゼン山脈を越え帝国領内へ帰還していた。

風圧が窓を叩き、灰色の空が遠ざかっていく。


「大活躍だったみたいだな!」

通信越しにジンが笑った。

「軍じゃ俺たち黒翼の話題で持ちきりだぞ!!」


カラムが座席の背に肘をつき、口角を上げる。

「まあ“俺たち”というより――リヴィアの活躍だな。よくやった!」

「い、いえ……私は何も……」

リヴィアの声は、ヘリのエンジン音にかき消された。


「聞こえねぇよ姉貴!! 声張れって!!」

「……えっ、姉貴!?」

リヴィアが驚いた顔を向けると、アシュが満面の笑みで親指を立てていた。

「いいんだよ! リヴィアの姉貴は実力で俺たちに示したんだ!」

「ちょっと待ちなさいよ、いつからそんな上下関係に……」

リズが横から呆れたように笑う。

「まあまあ、悪い気はしねぇだろ?」

「ふふ……そうね。少しだけ、ね。」


アシュが勢いよくうなずいたが、すぐにカラムの渋い声が割り込んだ。

「だが、課題もある。」

「課題?」

「俺たちはあくまで“命令で動く部隊”だ。結果的にうまくいったが、単独行動は禁物だぞ。」

リヴィアは素直に頭を下げた。

「……すみませんでした。」

「とはいえ、実力は確かだ。初陣でここまでやってのけるとは……グレイ以上だな。」


「グレイ……?」

リヴィアが小さくつぶやくと、カラムが頷いた。

「ああ。あいつはかつてリュウ・ファンと共に“紅蓮掌”を作った。

戦場を駆け、数々の戦果を上げた英雄だ。今は俺たちの上官だがな。」


「英雄ねぇ……。」

リヴィアは少し鼻を鳴らした。

「おいリヴィア」カラムが笑う。「俺たちは諜報部隊だ。けどお前が言ったように、兵士であることには変わりねぇ。今後もよろしく頼むぞ。」

「こちらこそ、よろしくお願いします。」


その笑顔に、カラム・アシュ・ネロの三人が同時に頬を赤らめた。

「おお? 男どもが照れてますなぁ〜」

リズがにやりと笑い、アシュが真っ赤になって叫ぶ。

「だ、黙れよリズ!!」


そんな笑い声が響く中、ヘリは帝国領内に入った。



突如、無線がけたたましく鳴り出す。

「こちらバルゼン補給部隊!! 補給地南部拠点が――爆撃されています!!」


「な、何だって!?」

ネロの表情が固まる。

「誰の仕業だ!」

「バルゼンはもう虫の息だったはず……!」

カラムの声が低く唸った。

「リバースオーダーだ。」

「か、革命軍の奴らですか!?」アシュが息を呑む。

「戻りますか!? まだ近い位置です!」

「いや、駄目だ。」カラムが即座に制止した。

「俺たちは撤退命令が出ている。現地にはもう主力部隊が派遣されてる。今さら戻っても足手まといだ。」


リヴィアは窓の外を見た。

遠くの山の向こうで、赤い閃光が空を裂いている。

ペンダントを強く握った。

(セリウス……なの?)

その表情を、カラムは静かに横目で見つめていた。


ヘリはそのまま帝都方面へと進路を取った。



帝都・軍務省特務課 執務室


「グレイ少佐!」

エレナが慌ただしく部屋へ駆け込む。

「バルゼン南部拠点が革命軍に爆撃されました!」

「……そうか。」

グレイは顔色を変えず、静かに椅子から立ち上がった。

「何か仕掛けてくるとは思っていた。」

「想定済みだったんですか?」

「もうすぐリヴィアたちが帰還する。出迎えに行こう。」

「……承知しました。」

エレナは眉をひそめ、心の中で呟いた。

(やけに冷静……それに、“リヴィアたち”って。)



帝国特務課庁舎・屋上ヘリポート


ヘリが着陸し、黒翼の面々が次々と降り立つ。

グレイが出迎えに立っていた。

「よくやってくれた。」

灰色の空の下、その声だけが温かく響いた。


「今回はお前の幼馴染さんが頑張ってくれたよ。」

カラムが笑って言うと、グレイは少し照れくさそうに頭を掻いた。

「無事に戻ったな。」

リヴィアが肩をすくめて言う。

「当たり前でしょ。英雄さん。」


その言葉に、グレイは一瞬だけ苦笑を浮かべた。

「みんな、今回は本当によくやってくれた。次の任務までしばらく休んでくれ。」


「やった〜! 休みだ!」

リズが飛び跳ね、アシュの肩を叩く。

「リヴィア〜! 街に出よう! 買い物! スイーツ! あと服!!」

「えっ、いきなりそんな……」

アシュがぼやく。「おいおい、早速連れ回す気かよ。」

「紅一点の部隊にいたら息詰まるでしょ?」

「紅一点って……リズも女だろ。」

「わたしは別枠よ♪」


賑やかな声と笑いが混ざる中、黒翼の面々は庁舎内へと戻っていった。



夜 黒翼宿舎


部屋の灯が落ちかけた頃、リヴィアの通信機が鳴った。

『こちらグレイだ。少し話がある。隊舎まで来てくれ。』


リヴィアは軽く溜息をつき、パーカーのフードを被って外に出た。



帝国特務課・執務室


扉を開けると、グレイが私服姿で待っていた。

ネイビーのシャツに黒のスラックス。整えられた髪。

どこから見ても、帝都の“模範的軍人”だった。


「お前……服持ってないのか?」

「え? 今着てるけど?」

「じゃなくて、その……」

グレイは頭を掻いた。

「リズにでも連れて行ってもらえ。もう少し服を買え。」

「これで十分よ。」

「いや、お前はこれから帝都に名を馳せる。憧れの軍人がそんな格好じゃ笑われるぞ。」

「余計なお世話。」

「俺の面子もあるんだよ。」

「知らないわよそんなの。」


軽口が終わると、グレイの目が真剣になった。

「それはそうと……初任務、どうだった?」

「戦場には慣れてるけど、やっぱり……慣れるものじゃないわ。」

「そうか。」

グレイは頷き、部屋の奥――本棚の前に立つ。

一冊の本を引き抜き、背後の壁を押すと、金属音とともに本棚が横にスライドした。


現れたのは、薄暗い秘密の部屋。

壁一面に資料とメモ、魔法式の走査図が貼られていた。

リヴィアは息を呑む。


「……何これ。」

「俺がこの十年、帝国を見てきた記録だ。」

グレイは淡々と語り始めた。

「バルゼンの報告を軍将会議で行った時、議員の一人――ディルク・ハイゼンが、妙な動きを見せた。

あいつの署名が入った報告書には、数字の改竄があった。だが議員が軍書類に印を押すことは本来あり得ない。」

「つまり?」

「その書記官――アイゼン少将が、ディルク議員の印を“意図的に”押している。二人は繋がってる。

そしてアイゼン少将は、ヴァルグレイス大将の側近だ。」

「ヴァルグレイス……セリウスと同じ光の魔法を使う人?」

「ああ。人類最強とも言われる男だ。だが、その力を恐れているのは帝国の方だ。」

「まさか……」

「そう。ヴァルグレイス大将が、帝国を裏で操っている可能性がある。

あいつが――エルデナ侵攻の発端かもしれない。」


部屋の空気が重く沈む。

リヴィアの拳が震えた。

「……じゃあ、私たちは何のために戦ってるの。」

「それを確かめるために戦うんだ。」

グレイはリヴィアの肩に手を置く。

「お前は任務を続けてくれ。俺は帝国の内部を探る。然るべき時が来たら、全てを暴く。」


リヴィアは静かに頷いた。

「わかったわ。」



夜更け。

宿舎の窓辺に腰を下ろし、リヴィアはペンダントを握る。

その銀の輝きに、かつての仲間たちの笑顔が浮かぶ。

セリウス、そして――グレイ。


「真実を見つける。」

呟いた声は、夜の風に溶けていった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ