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Diggresil  作者: 柁 柚桃
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3 『結構現代的じゃんね』



救急車のサイレンが鳴り響く。夕立は加速し、地面全体を覆う雨水は側溝に流れる暇もなく、アスファルトに継ぎ足されていく。

この大雨に気づくのに時間がかかった。それもすごく。ものすごく。

地面に寝転がる体は頭が粉砕され、原型を留めていない。


「お、あ───」


口の動かし方がわからなかった。

呼吸はできるか、声帯はあるか、歯は全部揃っているか。いや、そんなことはどうでもいい。早く、早く。助けてくれ。頼む。

……なんでこっちを見る?


(みるな、みるな、みるな)


様々な感情が脳を破壊していく……のに、言葉が出ない。


全身を駆け巡る恐怖心が、体温を徐々に奪っていく。


(つめたい、いやだ、こわい、助けて)


周囲の目線は全身を無慈悲に突き刺した。嫌悪感を感じつつも,懐かしさを秘めていた。







気づいた時にはその体を起こしていた。身体中に滝汗を流し、大事な一張羅を濡らしてしまう。

有り合わせの布切れを掛け布団に利用し、薄いマットの上に寝転がっていた。ここはどうやら物置部屋らしく、長い間換気をしていなかったせいか、常に空気がこもっているような鈍い匂いが鼻をくすぐっていたのを、荒げた吐息で思い出す。ヒョウリが記憶喪失になって一晩。依然として自身が何者なのか思い出せない。こうして今も、偶然助けてもらった(?)冒険者の基地の一室を借りて一晩を過ごしたわけだが気が気ではない。なぜならこの部屋にはもう一人、俺以外の男が存在しているのだから……。


「よほど楽しみだったようだな?」


飛び起きた俺を茶化すようにそう言ったサングラスの大男の名は『グロシア・オルナット』という、この冒険者チームの団長だ。王国騎士として国に仕えていた時期があったとミモから聞いたが、冒険者になった理由は謎のままだ。俺がどうも信用できないらしく、寝ている間も見張られていた。


「いや、なんだか悪い夢を見たみたいだ。暗くて冷たくて……でもどこか懐かしいような感覚だった。目の前で人が死んで、俺は何もできなかった」


なぜだが無性にやるせ無い感覚が脳を支配し、辛気臭い顔をする。そんなヒョウリを眺めるや否や、グロシアはため息をつく。


「先が思いやられるな……そんな譫言には何の価値もない。力で制し、行動で示す。心を力にすることが冒険者の……いや、それ以前に、人としての価値を生み出す」


「『心を力に』……」


ヒョウリは虚無感を払拭するようにグロシアの言っていた言葉をなぞる。働かない脳みそで考えていたのはミモレットのことだった。あの昨日の、人をモノのように扱った態度を思い出す。きっと『冒険者』というものは、ヒョウリが思っている以上に冷徹で、実力を重んじる傾向にあるのだろう。その非情さを感じつつ、その言葉を噛み締めるのに抵抗感はなかった。


「貴様はこれから、自身の価値を砂喰オレたちに示すためのクエストを受けるんだ。そんな『夢』の話を考える暇もない。

──俺たちとの間に交わすのは不可侵と友好、そして機密保持だ」


高圧的な態度を崩さず、腕組をしながらそう言うグロシアは右の拳を前に出し、「拳を合わせろ」と言うので、咄嗟に右腕を前に出す。拳と拳がかちあった瞬間、大きな風が室内を暴れ回る。周囲の廃材は転がり、古びて積み上がった本のページがペラペラと捲れる。次にグロシアは、こう言った。


「『黒より黎き深淵に、闇より深き真実を視る。其れは力の在処を、其れは心の表装を標す』……おい、応えろ」


「は?」


と言った瞬間に、朝イチで『契約』とやらを結ぶことになっていたことを思い出す。ここまで信用せず、昨晩にすぐ『契約』を実行しなかったのは、この制度の起源が悪魔に由来するからだ。悪魔が活発な夜に『契約』を発動すれば、予測不能な事態が起きかねない……という伝承らしい。夜に爪切っちゃいけないみたいな感じか、とヒョウリは何気に飲み込みが早かった。よって契約の効果がない昨晩は、このムサい男と同衾する羽目になったのだ。

答は確か……


「『同意アニマ』」


ヒョウリがそう唱えると、周囲の物音はパタリと止み、次第に風も収まっていく。グロシアが腕を下ろし、契約の儀が終了したことを悟る。彼が無言でそのまま部屋を出ようとしていたところを呼び止めた。


「これで終わり? なんか拍子抜けだなぁ」


「もっと痛いのが良かったか? 残念だったな。その趣味に付き合う時間も義理もねぇ。

今結んだ『契約』はさっき言った通り、お互いを傷つけず、不利な状況を作らないためのものだ。どちらかが破れば、代償を支払うことになるからな」


「……『代償』」


それを聞いて、ヒョウリは無意識にグロシアの腕を眺めていた。ノースリーブの黒ベストから見える漆黒の腕は、鉄で成形されていることが一目でわかる。その視線に気づいたように鼻で笑い、彼はこちらを振り返ってから手のひらを見つめた。


「やけに勘がいいなボウズ……だが、余計な詮索はするな。お前は今日を生きることだけを考えればいい」


そう言い放って、グロシアは姿を消した。

ヒョウリはそれからというもの、その腕が脳裏にこびりついて離れなかった。漠然とした不安と夢の出来事が脳を駆け巡る。どうにも人ごとに思えない。


(けど、今の俺にはやらなきゃならないことがある。

──正夢にさせないために)





今回の依頼は魔物討伐。とある村で狼の魔物が子供を襲っていたという被害報告が冒険者協会にあったらしい。今回はその狼の討伐だ。

『冒険者協会』……。国が出資し運営、統治者は各々でギルドを作って管理しているらしい。詳しいことはよくわからないが、ギルドは複数存在し、グロシア筆頭の大荒ワイルドは、国内でも有数のギルドなんだとか。


ヒョウリたちは電動アシスト付き自転車で現地に向かった。拠点から約2時間ほどに位置する村に向かう。出向用トラックもあるが、それを運転する人が出払っているらしい。出発して約1時間ほどだろうか。他愛もない話をしながら走る。


「しかし、この世界にはこんな便利なものがあったんだな」


俺はハンドルの黒いスポンジ部分をにぎにぎとして感覚を楽しみながら、舗装された道を漕ぎつつそう隣の少女に尋ねた。少女はオレンジの短髪を靡かせながら、黄玉の瞳をこちらに向ける。陽の光に照らされた彼女の姿は、やはり女神のようだ。

そのように考えていると、彼女が何か説明しているのを無視してしまっていることに気づいた。


「─っと、ちょっとお、聞いてる?もうっ、人に質問しておいてぼーっとするなんて」


「ああ、悪い。ちょっと見惚れて──話を戻そうか。

この世界は魔法以外も優れているんだな。


ヒョウリの発言にミモレットは赤面し、顔を下へとむけてしまう。そんな行為に疑問を持ちつつ、彼女の返答を待った。


「ここは障害物がないとは言え、前を見て運転しないと危ないぞ」


「分かってるよ……もう一回説明するね?」


ミモレットは深呼吸をし、ペダルを漕ぐ力を緩めた。


「言ってたように、この世界には『魔法』を前提として『魔物』や『魔族』がいることはもう知ってるよね?」


「魔族に会ったことはないが……まあ、認識としては『角や尻尾が生えている人型の生命体』…だったか?」


「うん、その本質は人間と変わらなくて、知性も体の作りも大差ない。

『もう一つの人類』って呼ばれたりしてるの。その起源は全くの謎に包まれていて、祖先が何なのか明かされてなくて…まあ、人間も同じようなものだけどね。魔族とは、長らく友好関係を築いていたの。でも二年前、このアカシア王国で起きたクーデターが問題でね、それは魔族によるものだったんだ。なんで内乱に発展したかは未だにわからない。なんせ、首謀者と関連する魔族は全員、その場で討伐されちゃったしね」


「そこから魔族に対する偏見が強まった……ってことか。するってぇと、今は人間と魔族は犬猿の仲って事で内心ピリピリの冷戦状態なのか」


「そうでもないよ。この地域には博連ばくれん教っていう大きな宗教があって、大体の人は無宗教か、その宗教に加入してるんだ。“互いに連携し、博愛主義者であること”を目的とした宗教で、そこの教祖が差別とかを嫌ってるみたい」


「そいつが結構な影響力の源の一つってことか」


『博連教』……“全てを愛する”なんて聞こえはいいが、その実態はどうなのだろうか。宗教に関する知識は皆無だが、個人的な偏見はちらほら浮かんでしまう。


「ミモレットも博連教に?」


人の信条のことなので、あまり深入りするのは良くないかと思いつつ、やはり気になって聞いてしまった。彼女の反応は予想通りで、平手を左右に動かしながら否定する。


「まさか! 私は他人に教えを請わなくたって平等に接するよう!」


必死に否定する様があまりにも面白かったので吹き出すと、わりと長い時間口を聞いてくれなくなった。ふと思い出したように、ヒョウリは『魔導兵器』について聞く。


「コホン……。えっと、『魔導兵器』っていうのは戦闘兵器なんだけどね、これもその魔導兵器を元にした機械なの」


俺は兵器という物騒な言い回しに少し驚いた様子で自転車を見渡すと、『危険性は排除されてるから』と横から声が聞こえて安心する。


「……人には人の魔力の流れと型があって、他と交わらないようになってる。魔導兵器も独自の魔力を纏っていて、型が存在する。うちの団長が身に纏ってる黒鉄の両腕も、元は凶暴な魔導兵器だったんだけど、ナルムが調整して使いやすくしてくれたの」


ナルム……というのは、俺に対し半ば友好的に接してくれていたゴーグル作業着の女性のことだろう。彼女がいなければ、俺はあのジメジメとした地下室で椅子に括り付けられ、血潮を吹き出しながら一晩を過ごすことを余儀なくされていたに違いない。この話だけでも、相当な技術力があることは予測できる。あのサイボーグじみた両腕を設計することも容易いのだろう。


(武器にも血液型のようなものが存在するのか……)


「『凶暴だった』っていうのは?」


「魔導兵器には暴走エネルギーの元になる型が眠ってて、相性の良い型はそれを呼び起こさずに安全に利用することができるの。でもこういう危険物は国で管理してるんだけど、どこからか裏ルートで販売してる組織団体もいるって噂。実際は触ることすら恐れられてるの。……団長が付けてるのもその一つ。ホント、無茶ばっか」


ミモの横顔は少し悲しげに、俯いていた。何かあったかを聞くのはもう少し日が経ってからにしたほうがよさそうだ。ここまで親切に説明してくれる人もいないだろう。今はこの良心に甘えるしかない。


彼女は前を向き、「あっ」と一言、いつものような溌剌とした声で言った。


「もう見えてきた、あれが村だよ!」


この辺は砂漠が少なく、緑が豊富で水も流れていた。村を横断するように一筋、流れていた。話によれば、この川が自然の魔素を吸収し、草木に生命を与えているせいだと考えられている。砂漠の世界に緑が少しずつあるのもこのおかげだそうだ。

村自体はさほど大きくなく、家屋は見えるだけで百軒もなさそうだった。


「いっくよーー!

……って、ちょっ!ヒョウリ!!」


そう考えていたのも束の間、俺は坂道に気付かず、ペダルを漕ぎまくっていた。


「あぁぁあぁぁああああああ!!!!」


前輪で小石を突っつき、車輪と地面に空間ができる。

一瞬の出来事だった。俺の体は宙を舞い、完全に自転車から離れてしまう。


ガショアゥン!!!!


大きな音を立て、紙袋から溢れた蜜柑のように転げ落ちる。

……めのまえがまっくらになった!






安寧の日々は割れ、唐突に崩れ落ちる。


少年の人生は絶頂だったはずだ。いや、それは少なくとも彼にとってはの話だが…“普通”と呼ぶには少し贅沢だった。そんな日々がずっと続くと、信じて疑わなかった。


「はぁっ、はぁっ、はぁ……」


夕焼けを背に走る少年は、何が正義かを、何度も、何度も自問した。

今までやってきたこと、思ってきたこと、正しさを問う。でも、応えはない。


「なんっで……!」


瞳いっぱいに溜まった涙はやり場のない怒りと共に乾いた地面に零れ落ちた。

なんで殺されなきゃならない。なんで、“魔族”ってだけで。

ただひたすらに走らなければ、この怒りは収まりを知ることはできなかった。

“彼女”から貰った『友情の証』を手にしなければ、どうにも落ち着けなかった。


俺に力があれば。

俺にもっと知識があれば。

彼女を救えただろうか。


欲しい。力が。

魔女を救えるだけの力が。


そう願っても、彼には何も出来ないことは明白だった。

だから、走るしかなかった。魔女裁判にかけられた友人の処刑場へと。


─この世界が正しいなら、俺は生まれながらの狂人だ

正しい狂い方があるなら教えて欲しい。でも、俺にはこれしか思いつかなかった。

だから、赦して欲しい。


「貴様、何者だ!儀式の邪魔をするなら貴様の首も──」


神の悪戯か、はたまた魔女…と呼ばれた『セイラ』の力によるものか。その指輪は禍々しく魔力を放っていた。どす黒く、宙に揺蕩うそれは、善悪を知らない。


「セイラ……!」

ごめん、と続くはずだった言葉が喉につっかえた。飛びかかってくる騎士団の刃を、木の根のように太い触手が払い除のける。その根は指輪と同じ邪気を孕んでいるように見える。


「だめっ──────!」


俺の名を呼ぶ声が聞こえた気がする。

その時にはもう、俺の体は触手によって取り込まれていた。


「貴様も魔女か!?ぶっ殺──」


次の瞬間、兵士数名が八つ裂きにされる。

目線の先には狼が一匹出現した。

先ほどの少年の姿はなくなっていた。獰猛で毛深く、その瞳は紅に染まっている。

しかし、その狼の左手薬指には禍々しい指輪が嵌まっていた。







目を開くと、見知らぬ男性とミモが同時にこちらを覗き込んでいた。ヒョウリが体を起こすと、両者共に、安心したように胸を撫で下ろす。自分は何をしていて、ここはどこなのか尋ねると、記憶喪失を疑われた。……二度目はないって。

ここは魔物討伐の依頼を出した目的地の村で、坂から転げ落ちたようだ。しかし冴えていたらしく、落ちた時に受け身を取っていたみたいで、外傷も少なく、痛みはない。


「……まったく、もう。とにかく、いつ狼が現れるかわからないんだからしっかりしなきゃ。じゃないと、処刑が確定しちゃうかも」


意趣返しのように言うミモは普段の女神さとは裏腹に、小悪魔のような笑みを浮かべた。


「冗談にならんよ……。そういえば、村の人に話は聞いたのか?」


と、その疑問を呈示した時、俺のことを心配してくれていたもう一人のご老人に目を向ける。老人は男性で、白い髭を生やしているが髪の毛はない。見るからに優しそうな顔つきで、仏様のようだ。二人の顔を改めて眺めると、いよいよ死んだのではないかと錯覚するが、言うとまた殴られそうなのでやめておこう。


「まだだけど……こちらは村長さんで、ヒョウリが転げ落ちた先の庭がちょうど村長さんの家だったんだよ。だから色々お世話になったわけ」


「ひやあ、元気そうで何よりじゃったが…わしより先に若者が死ぬのは夢見心地が悪くなるじゃろうて。今回の狼討伐も若もんが襲われとるところを見てしもうて、村の屈強な戦士に頼んだんじゃが……」


弱々しい声で喋るが、体は健康そのものみたいで、杖一つついていない。この村にも冒険者がいるのか、とミモに小声で聞いてみると、どうやらこういった村にはギルドが派遣した凄腕の冒険者が常駐しているらしい。最近は特に魔物の活性速度が頻発していて、呪いの影響もあるそうだ。そんなこんなで、村ですら安心して生活できないそうだ。

戦士は名の知れた人間だったらしいが、その中でも有数の実力派チームから派遣された人物だったそうだが、討伐対象が思いの外ほか手強く、より上のギルドの冒険者を遣ったそうだが……


「(これ…素人が受けていいやつなのか?)」


「(団長はヒョウリを生かす気がないらしいね……)」


それを聞いて、溢れ出る気持ちを抑えようとする。うがーっ、と自身の白髪はくはつを掻きむしったあと、とあることを思い出す。

確か、あの大男はこう言っていた。

『ダメだ。こいつは怪しすぎる。魔物の匂いが濃い』


「『魔物の匂い』……」


「へっ?」、気の抜けた声が横から聞こえるが、その呟きは大きな悲鳴によってかき消されることとなった。


「魔物が、……“オオカミ”が出たぞーー!!」








変なとこあったらすません

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