2 『悪魔の証明』
最悪な起床だった。ヒョウリは目が覚めてから幾許かで、白髪でサングラスをした厳つい男と目が合う。それが目に入ってから、両腕と両足が鉄製の椅子に拘束されていることに気づく。
腕は麻痺しており、手先の感覚がまったく無い。足全体は雑に強力なテープでぐるぐると何周も止めており、くるぶしの辺りは針金で拘束されている。先の戦いで破れた服の隙間から肉に食い込み、今にも出血しそうだった。
(こいつが俺をここまで運んできたのか)
白髪の男はノースリーブで、前開きの黒いベストを着用していおり、胸部には『1』と刻まれていた。
それが目に入ってから、ある事に気づく。
ミモレット、彼女は無事なのだろうか。
ヒョウリは曖昧な記憶を辿る。
……腹が裂かれたと思ったら生き返って、彼女が魔物に襲われているところを狼に変身して倒して、気絶して……
(いや、おかしいな。どこからが現実なんだ?)
もはやそれすらもわからなくなっていた。が、この状況を見るに、目の前の男が助けたのは間違いないだろう。普通に考えればこのおっさんは冒険者の仲間で、ミモレットと同様、回収されたに違いない。しかしこの状況を見るに、お相手が自分に対して友好的であるとは言えないだろう。
(……それにしてもこのおっさん、ずっとこっち睨んでくるじゃん。)
とにかく、この状況を一変させるには、まず対話だ。
「な、なあ……この拘束を外してくれねえ? ずっとこの体勢で寝てたっぽくて、体が痛えんだ」
俺は恐る恐る会話を試みる。
「…………」
が、返答は空虚な五秒で代替されることとなった。
(無視……
『容疑者と話すことはない』……ってか)
その時、聞き馴染みのない音が耳奥を擽る。俺によるものじゃない。それはエンジン音のようで、今にも何かを切り裂きそうな勢いだった。それと同時に、誰かがこちらの部屋に近づいてくる音が聞こえてきた。
コツ、コツ、コツ
奥の暗がりから足音がコンクリートで形成された地下室に響き渡る。俺は嫌な予感がした。お仲間が魔物の跋扈する場所で、知らない人間と一緒にいて警戒しないわけがない。
それに、あの『変身』を見られてしまっていたら最悪だ。弁明のしようがない。
脳裏に『拷問』の二文字が過る。
(俺はどうすればいいんだ。)
正直に話す……?
「俺が(魔物に)変身して、あなたの大切な仲間を助けました」とでも言うのか?魔物を狩る冒険者に?
だめだ。まったくもって良い未来が描けない。
そんなことを考えている間にも駆動音と足音は近づいてくる。
(クソ、俺も何が何だかわかんねえってのに……)
ばっ、と隣の部屋から顔を出したのは長身の女性だった。
滑らかな質感の長髪を後ろで結び、橙色のつなぎ作業服を上だけ脱いでタンクトップ姿になっていた。
「ああ、起きたか。大丈夫か?」
「なっ……」
その女はMDプレイヤーの停止ボタンを押し、つけていたゴーグルを額まで上げる。そして、綺麗な紫の瞳をこちらに向けた。香水をつけているのか、ピーチのようなフルーティな香りが鼻をくすぐる。ミモレットもそうだったが、顔の良い女は総じて良い香りがする。自身の後生が大事になっているのにも関わらず、そんな精神状態で余裕を見出してしまうのは余裕のない何よりの証拠だった。
意外な第一声にヒョウリは驚愕と困惑で混濁していたが、それより意外だったのは自分のケロッとした返答だった。
「ああ、俺は大丈夫…じゃないけど。この拘束を外してくれないか? 結構痛いっていうか……」
ヒョウリは現状の不満を彼女に全てぶつける。すると男の方を見てため息をつくや否や、頭を思い切りぶん殴った。それに呼応するように男は「ふがっ」と豚鼻を鳴らし、椅子から少しずり落ちる。
「おい見張り役を買って出たの団長だろうが、しゃんとせえ!」
「えぇ……?」
確かに彼女は『団長』とその様に呼んだ。この大男が冒険者グループのリーダー的存在か。
『団長』が起きてから先程までの駆動音が嘘のように、スンと静まり返った。どうやらただの寝息だったようだ……。
その『団長』は殴られてズレたサングラスを元の位置に戻しながら喉を鳴らし、こちらを一瞥する。その色眼鏡の奥の瞳は何色かすら判別できなかったが、この険悪な雰囲気は嫌でも受け取ることができる。そんな空気が十秒は流れた。
「……処分する前に聞いてやる。お前、ミモに何した」
開口一番、敵意マシマシの『団長』は確かに俺の方を向き、そう言った。
ミモというのはミモレットのことだろう。彼の隊服と番繰りが彼女のものと一致するのに気づいていた。先ほどから最悪の想定はしていたが、まさかここまでとは。
その問いに対し、必死に弁明してみせる。
「俺は……記憶がないみたいなんだ。だから冒険者とか魔物とか、そういうのもよく分からな──」
右頬ギリギリを何かが通り過ぎ、風が鼻横を切り裂く。ガシャン、と何かが大きな音を立てて壁に激突する。その通り道を可動域が許す限り振り向くと、煙を上げて壁がえぐれている光景を目の端が捉える。その痕跡は俺の頭くらいの大きさの鉄球がぶつかったようだったが、壁を抉ったそのものはどこにも存在しなかった。
「いいかボウズ、聞かれたこと以外は返答にならねえ。
それと、大人を揶揄っちゃいけねえ。この世界でそんな言い訳が通用するとでも思うか?」
その声を受け、主人の方向に目をやると、無骨な左腕の装置が大砲に変化しており、その錆筒が煙を巻きながらこちらを睨んでいた。魔法の類だろうか。
「……嘘じゃない。気づいたら丸い部屋に閉じ込められていて、魔物が出て……俺は、ミモレットに助けてもらったんだ」
すると、男は何かを察したように顎を撫でる。
「……お前、あの隕石の正体か。呪いの中に落ちたから被害が少なかったってワケか」
「『呪いの地』ってのはそこに生息する一番強い魔物とか、土地自体の記憶が再現されるって話だからな。落ちたのがそん中でよかったじゃんか。」
そう言い放ったのは『団長』の頭をぶん殴った気の強いゴーグルの女だった。『呪い』…ミモレットも確かにそう言っていた。この世界には一定数呪いがあって、それを解くのが“冒険者”の仕事だと……。
それを聞いた男はあまりいい顔をしなかった。
「おいナルム、あんまペラペラ喋んじゃねえぞ。……とにかく、お前の正体が明るみになるまでこの地下室で過ごしてもらう」
「えぇ〜!なンで私の研究室三号の横に住まわすの?! 別に上の部屋空いてるしそこでよくない?」
「ダメだ。こいつは呪いの匂いがする。いや、呪いよりももっとドス黒いものを腹ン中に秘めている。普通はこういった類は冒険者の任務対象だ。……あとナルム、お前研究室多すぎだ」
「見た感じはヒトっぽいけど……魔族とかでもない感じ?」
「魔族? 魔物と違うのか?」
「とぼけるな! ヒトの姿に成り変わって人間様をだまくらかそうって魂胆だろうが!」
初めて聞く単語に思わず質問するが、警戒を解くわけでもなく、『団長』はヒョウリの方を目がけ人差し指を指すように腕の大砲を向ける。その状況を目の当たりにして、いよいよ命の危険を感じる。ジメジメとした空気がこの場を制する。
ナルムは何かを言いたげにこちらを横目で見ていたが、それに気取られる暇もなく、ただ肩に岩がのしかかる感覚が消えない。
……打つ手なし。どうやら本当にここで終わりのようだ。
「やめて、団長」
誰かの声が聞こえ、諦め下がっていた頭を戻す。
そこには光るパジャマを着用したミモの姿があった。
「身体は問題ないか」と、『団長』が問うと首を縦に振って示す。そして、俺の方へ視線を送った。
それに気づいた団長は立て続けに喋る。
「……ミモ、こいつは危険だ。何をしでかすかわからない。早いうちに処理しておいた方がいい。それに──」
「違うよ、聞いて。ヒョウリは危険なんかじゃない。自分が誰でここがどこかもわからないのに、お花を気遣ったり、魔法も使えないのに私を守ってくれたんだから。だから、危険なんかじゃない。……団長、いつも人の話聞かないんだから。どうせヒョウリの話聞く前に魔法打ったんでしょ?」
「それは…」
答えるまでもない。ヒョウリの背後にある大きな陥没跡と巻かれる煙が物語っていた。『団長』はため息を吐き、再びパイプ椅子にドカっと腰をかける。
「はぁ……まあ、ハナっから疑いをかけて話を聞かなかったことは謝罪しよう。だが貴様の疑いはまだ晴れない。ナルムも感じるだろう、こいつの呪われた力が。覆われていて根源は掴めないが」
「えぇ? 私そう言うの苦手だからわかんないよ」
共感を求めた『団長』を一蹴し、「私の専売特許は整備改修だから」、ケロッとナルムは言った。すると思い出したように、続けて彼女は言った。
「じゃあさじゃあさ、私たちが受ける予定だったクエスト、彼に任せてみるってのは?」
「そうか、今日の受注係はナルムだったか。……まあ、“契約”を使えばこちら側に危害を加えることはないだろう。『言葉より行動で示す』、俺たちが重きを置いていることだ」
『魔獣討伐』と厳かな字体でデカデカと殴り書きされているのを見て、ミモが華麗な身のこなしで魔物を駆除している映像が頭の中でフラッシュバックする。この話を呑まなければ、ヒョウリは自身がどうなるかは想像に易い。
「……争いは嫌いだね」
正直に話してしまったことを少し後悔する。いつ殺されてもおかしくない筈なのに。
「でなければ死ね。お前の明日がどうなろうが俺たちの腹中になんら影響ない」
「わ、私も行くならいいでしょ?…あの時、ヒョウリがいなかったら私はこの世界にいられなかった。だから、恩返しがしたいの」
ずっと奥で見ていた光るパジャマは、『団長』に言い寄る形で詰める。
(ヒーローモノのパジャマのせいで話入ってこねえ……)
「もとより、監視役はつけるつもりだった。ミモの実力は買っている。
隙を見て寝首を掻こうなど考えるなよ。返り討ちにあって仕舞いだ。
そうなったら次に晒されるのは貴様の首だ。わかったな」
拘束が外され、ヒョウリは暫くぶりの血液が流れる感覚で腕が熱く感じる。ミモは念の為と回復魔法を施してくれた。
話終わると『団長』はパイプ椅子から腰を上げ、地上へ戻ろうと踵を返す。
コンクリートに響くブーツの音は体の大きさに比例して重く感じさせる。
ヒョウリは自分の片腕を掴み、その手で掌握運動をしながら感覚を確かめる。そして、もう一つの違和感を覚え、吠える。
「待てよ……。仲間があんな危険なことがあったのに、もう次の仕事に行かせるのかよ」
「生憎、俺たちも暇じゃないんでね。全員、他の仕事で出払う」
『団長』は足を止めこそするがこちらを振り向かない。地上へ上がる階段に足をかけながらこちらへ返答を行う。
「そういうことじゃないだろ。仲間が殺されそうになって、心配もしないのか?」
「先ほどそうしたはずだが、聞こえなかったか」
「あれは本当に労っていたのか? 機能的に問題ないかを聞いているようにしか感じなかった」
「自分の心配をしたらどうだ? 貴様は意見する立場にいないという事を忘れるなよ」
『言葉より行動』……先ほど『団長』が口にしていた言葉だ。冒険者というのは、こうも機械的で情のない集団なのかと軽蔑する中で、自身の生殺与奪権をこの最低な集団に握られていることに対しても憤りを感じざるを得なかった。
『団長』はそう言い捨て、ヒョウリが呆気に取られている内に階段を上がっていった。
「私は……大丈夫だから」
「あ、あぁ」
熱くなっていたのは事実だが、大丈夫という声が微かに震えていたのに気づけないほどではなかった。
靄が晴れないまま、その日は軟禁状態で空き部屋に幽閉され夜を過ごした。




