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9 魔王軍幹部

 サーキュラーの決定に異を唱えたのはサンダー本人であった。休暇明けに城の中庭でセラフィムから持ち場の移動を伝えられた彼女は、真っ先に魔王軍統括総司令部に怒鳴り込んだのである。

「どういうことですか、サーキュラー様!」

 驚いたサーキュラーは手に持っていた大きなムカデを取り落としてしまった。ムカデは床を這い、ささっと部屋の隅に隠れた。

「あっ……」

 サンダーはかつかつと足音を立て、そんな彼の前にやってきた。

「あ、じゃありません。どうして私だけ持ち場を離れて後衛に当たらなくてはならないんですか」

 サーキュラーはムカデを諦めてサンダーに向き直った。朝食にしようと彼はそのムカデをわざわざ自分で取ってきたのだ。見過ごすのが惜しいほど大物だったこともある。

「そりゃそうだろ」

 そんなことはおくびにも出さずにしれっと彼は言った。

「たとえばそうだな、オマエ、セラとサシでやれるか」

 間髪を入れずにサンダーは答える。

「できます。嫌だけど」

 じゃあさ、とサーキュラーは続けた。

「俺とはどうだ。勝てるか」

 少し間を置いてサンダーは言った。

「大丈夫です。勝ちます」

 あーダメダメ、とサーキュラーは言った。

「無理だと思いながらそういう返事するんじゃねえよ。お前、あせってるだろ。ワンダやファイと比べたって何にもならねえぞ」

「そんなことありません!」

 そう言いつつも図星なのをサーキュラーは見て取った。四大将軍の中でサンダーだけはろくな実戦経験がないということで格下扱いだ。立場的にはグランデもそうなのだが、グランデには豊富な武道の経験があり、またスポーツ選手だったこともあって勝敗の機微を見分ける力があった。防御特化タイプであることも幸いしており、グランデは四大将軍の中ではファイに続いて出番が多かった。

「後衛ってのはワンダやファイがやられたらオマエが行くんだよ。グランデもそうだ。グランデには防衛線を張ってもらう。自分が最後の切り札だと思えよ」

 少し間を置いてサンダーは言った。納得などできなかった。

「セラフィムさんが出たら私達にやることなどありません。サーキュラー様は分かっててセラフィムさんに頼んだんでしょう」

「どうかな」

 サーキュラーは魔王軍統括総司令部の天井を見上げた。隅にやや大きめな黒い羽虫がとまっていた。外から迷い込んできたらしい。

「予想外ってのは大きいんだよ」

 言うとサーキュラーは自分の椅子から立ち上がった。

「どう出るか分からない。そういう意味では本当に切り札だ。サンダー、オマエもうちょっと自信を持てよ。オマエにしかできないことってあるんだからよ」

 話は終わりだ、サーキュラーはそう言うと小さい捕獲網を用意し、天井に張り付く羽虫に向かって歩いていった。サンダーは不機嫌ながらも礼儀正しく「失礼します」と言って部屋を出て行った。


 どう言われたって不満なものは不満である。サンダーは一人だけ魔王城の備蓄倉庫前に配置され、不満と退屈を抱えて座っていた。目の前にはサーキュラーの網が十重二十重に張りめぐらされており、彼女がすることなど何もなかった。

(サイテー)

 他の三人は戦いの場に近い中間キャンプに移動していた。セラフィムもしかりである。もっともさほど魔王城から遠い場所でもなかったので、彼だけは時々戻ってきて城内の雑事や魔王のご機嫌伺いなどをしていた。

「なんだろ、これ」

 サンダーはセラフィムが置いていった荷物の中に数冊のパンフレットとメモを書いたノートを見つけた。その荷物は今朝、慌しく彼が置いていったもので必要なものがあったら使っていいと言われていた。退屈しのぎに彼女はその箱をかき回していたのだが、その中にどうにも戦闘とは関係なさそうなものが入っていたからである。

「なにこれ読めない」

 ノートに書かれている文字は魔界のものではなかった。おそらく天界で使われている公用語であろうとサンダーは見当をつけた。彼の出身を思えば当然であろう。しかし内容は一目瞭然であった。

「へー。姫様こんなドレスなんだ」

 イラストに丸をつけられたパンフレットを発見し、サンダーはそれとノートのメモ書きを照らし合わせた。数字は同じものが使われていたので彼女にはだいたいの金額が分かった。

「なんか高くない?」

 暇にあかせて彼女はそのメモ書きのチェックを始めた。ついでにイラストにも手を加える。

「このトレーン絶対重いから。姫様軽いからこの長さじゃ動けないよ」

 これ姫様には似合わないな、とサンダーはイラストのドレスにケチをつけた。

「ダサいなあこれ。本人の希望って聞いたのかな。まさか魔王様のセンスじゃないよね」

 適当にセラフィムが選んだのかもしれない、サンダーはそうとも思った。それならありうる。

「二人とも全然分かってなさそうだもん。サーキュラー様が選んだほうがマシかも」

 ここで言う二人とは魔王とセラフィムのことである。色もよくないな、とサンダーはノートに走り書きを始めた。

「後ろはもっと開けて……そんでここにリボンとかないとバランス悪いな。それから……」

 どうせすることもない。彼女は勝手にノートに大量の書き込みをし続けた。止める者など誰もいなかった。


 サンダーはかつて高級婦人服ブランドの店舗販売員であった。かなりの数のブランド服を見てきたし、一店員としては結構な量の売上を持っていた。服飾専門校の出であったし、それなりに素材やデザインについての知識もあると自負していた。

「あなたに見てもらえば安心よ」

 そんな言葉を支えに、彼女は自分のお得意様達に信念を持って服を売っていたのである。彼女は当時のことを思い出し、全力でフーシャの婚礼衣装のチェックを続けた。

「もう夕方じゃん。帰ろ」

 そんなことをしているうちに、何事もなく初日は終わってしまった。サンダーはパンフレットとノートを元の箱に戻し、やってきたセラフィムに挨拶をしてその場を離れた。

「明日もここでいいですか?」

 他のメンバーは夜通し中間キャンプに詰めている。魔王城の中は比較的安全なのでこの場所に夜の見張りは置かなかった。御使いは夜間はあまり動かないので、サーキュラーの作った罠とセラフィムの術で間に合う。

「いいよ」

 今のもいいけど前の仕事も楽しかったな、そう思いながらサンダーは返事をした。借金もなくなったし、魔王軍をクビになったらまたショップ店員ををやればいい。

「じゃ、お疲れ様」

 ほっとした顔のセラフィムにそう言うとくるっと向きを変え、彼女はその場から歩き出した。早く帰ってくつろぎたかった。


 翌日、サンダーは魔王城内の自分の持ち場で悩んでいた。魔王軍を辞めたら住むところがないことに気がついたのである。

「高い……」

 どうせ暇なのが分かり切っていたので、彼女は出勤途中に賃貸情報誌や不動産屋のチラシを集めて持ち込んできていた。借金どころか今は貯金もあったから、もし魔王軍を辞めたら城下町周辺のアパートでも借りようと思ったのである。

「官舎って一等地だったんだなあ」

 彼女が今住んでいる魔王軍の官舎周辺には他のエリアの五倍近い賃料がついていた。さすがにその賃料は払えない。もう少し安いところはないかと探すとすぐ近くに格安物件があった。

「いいじゃん」

 設備もいいし築年数も浅い。場所もまあまあ便利なところだった。しかし、とサンダーは思う。

「なんでこんな安いんだろ」

 格安物件にはわけがある。彼女は地図と間取り、それに外観写真をじっくりと読み込み、それらしい理由を発見した。たぶん彼女でなければ見つけられなかったであろう理由だった。

「ここ、通路がある」

 そのアパートの庭に一本の木が植えられていた。おそらくアパートができる前からあったもので、その木の上空が御使い達の通り道になっているのだった。実際の通り道ははるか上空であり魔界のその場所に何の影響もないのだが、それでもなんとなく忌避されて借り手がつかないのであろう。

「ふーん」

 御使いの通路は昔からある監視者用の通路であり、魔界で許可を出しているものでもある。現在は御使いしか使っていないが過去には神々も交通路として使っていた。魔界の外に用がある時はセラフィムもたまにここを通ることがある。他を通るよりも多少速いらしかった。

「魔王軍で借りたらいいのに」

 魔王軍を常駐させれば御使いの動きも分かるし天界の監視もできる。それにアパートの大家が喜ぶ。魔王軍は上客なのだ。

「お疲れ様です、サンダーさん」

 向こうからセラフィムがやってきた。サンダーはそこにさっき見ていたアパートのチラシを置くと立ち上がった。

「じゃあ帰ります」

 目についたチラシと情報誌の山を抱えて、一礼して彼女は立ち去った。明日は転職情報誌を持ってこよう、そう思っていた。

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