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5 地上にて

 包帯を巻いたジークは常宿にしている宿屋でカーンに説教を食らっていた。その隣ではタリオンが椅子に座って彼らをじっと見ている。明華とヤコブはその奥にあるテーブルで運んでもらった軽食をつまんでいた。とうとうカーンがジークの胸ぐらを掴んで怒鳴りだしたので、タリオンが仲裁に入った。

「まだ治ってないからやるんじゃない」

 口をもぐもぐさせながら明華とヤコブが様子を見に来る。やや捨て鉢な感じでジークは「ケガしてなかったらいいのかよ」と言った。「かまわない」とタリオンが答える。

「お前らそろいも揃って……だいたいなんで俺が怒鳴られなきゃならないんだよ」

 その言葉にかちんと来たらしい。カーンはジークの目を覗き込むと言った。

「全部お前のせいだからだ。分かってんのか?」

 ドスの効いた声であった。ジークはさっと目をそらすと横で揚げパンをかじっているヤコブを見た。目が合ったヤコブが隣にいる明華を見る。明華は小さく切られたバタートーストを掴み「で?」とジークにたずね返した。

「そもそもお前が姫のことを諦めていればこんなことにはならなかった」

 カーンが言うとジーク以外の全員がうんうん、とうなずいた。

「お前は伸びていて知らなかったろうが、魔王がお前にとどめを刺しきれなくて暴走した。その魔王を元に戻したのは赤マントのお付きと魔王軍のやつら、それに姫の弟が連れていたカミサマたちだ。お前じゃない」

 そうだったのか、とジークは目を丸くして言った。

「知らなかった」

「知らなかったじゃねえよ」

 あきれたようにカーンが答えた。

「何が起きたのかは俺も知らない。だが一度世界が滅びかけたのは確かだ。気がついたら俺達はあの闘技場ではなくこの部屋に戻っていた。まるで何事もなかったかのようにだ」

 タリオンがジークから目を離し、窓の外を見てため息をつく。ヤコブは壁に立てかけられた数本の杖を見やった。明華のポケットには焼け焦げのあるウォッカの小ビンがしまわれている。

「みんな、元気かな」

 ヤコブが言った。そうね、と明華が答える。

「死んではいないんじゃない」

 その時である。部屋のドアがコンコン、とノックされた。座ったまま誰だ、とカーンが言う。

「あのー、ハエトリです。サーキュラー様から渡すものを預かったので来ました」

 タリオンが歩いて行ってドアを開けた。ハエトリは失礼します、と行儀よく挨拶をして室内に入ってきた。

「みんな今どうしてるの」

 ヤコブが言った。あー、とハエトリが答えた。

「ファイさんは実家に帰省中です。ワンダさんもなんか、旅行に行ってます」

「なんだよ、のんきだな」

 カーンがややあきれた様子で言った。

「湯治だとか言ってました。湖めぐりの旅だそうです。他の二人も休暇中ですけど官舎にいるみたいです」

「あいつら寮住まいなのか」

 ジークが言った。意外なことを聞かされたといった表情であった。

「豪邸に住んでるかと思ってた」

「あたしもよ」

 えーと、とハエトリは答える。

「魔王軍ってだいたいみんな官舎に住んでます。決まりなので。僕もそうです」

「あ、そうなの」

 はい、とハエトリは言った。

「いつ招集がかかるか分からないし、家族が人質に取られたりしたらいけないので。申し出れば官舎に入らないこともできますけど、強くなってくるとその……存在自体があぶなかったりするので、いらない危険を避けてだいたいみんな官舎にいます」

「なるほどねー」

 魔物をやるのも大変なんだな、そう一同は思った。魔王が危険なのも当たり前である。サーキュラーなぞヤバさの塊であろう。

「それでですね」

 ハエトリはごそごそと荷物を取り出した。

「こちらをサーキュラー様からみなさんにって渡されました。助けてもらったお礼だそうです」

 出てきたのは金属製のホイッスルであった。なにこれ、と明華が言った。

「何かあったら呼べってこと?」

 ハエトリが首を横に振る。

「いえ、風を呼ぶホイッスルです。敵に追いかけられてどうにもならない時にそれを吹くと突風が吹いて逃げられます」

「へえ」

 興味深そうにタリオンが覗き込む。ハエトリはもうひとつ、荷物を取り出した。

「それでこっちはタリオンさんにだそうです」

 そこに置かれたのは薬酒のビンであった。

「これは……」

 タリオンがラベルを見て絶句した。明華も驚いてハエトリを見る。

「ええ、マスターリキュールです」

 ハエトリが言った。

「なんかちょっとだけなら大丈夫だそうで、魔王城の奥にあったのを分けてもらったって言ってました。たぶん人界にはないと思うので大事に使って下さい」

 ああ、とタリオンが上ずった声で言った。

「分かったよ。本当に死にそうな時に使わせてもらう。ありがとう」

「ではこれで」

 ハエトリはまた一礼をして宿の部屋を出て行った。一同はふうっとため息をつき、室内の思い思いの場所に移動した。


 平穏だったのはハエトリが帰ってから三日後までだった。四日後の一同は酒場の入口で武装した教会兵に取り囲まれていた。

「あいつ知ってたな」

 ジークが言うとカーンが答えた。

「ああ。お前ら大丈夫か」

 なんとかね、とタリオンが地面の上から答えた。他の二人もその横でうずくまっている。いい気分で飲んで店を出たところに不意打ちを食らったのだった。

「動けるか、明華」

 ジークが言った。きっ、と明華が顔をあげて教会兵を睨みつける。

「やってくれたわね」

 ヤコブも深手は負っていないようだった。うずくまった姿勢のままさっと視界から消える。何か見つけたのだ。

「火の精霊王よ」

 明華の唱える呪文が流れる。ジークとカーンは防御にまわった。タリオンが回復治療の準備を始めた。

「我にその力を与えん!」

 呪文が終わり一帯に炎が上がる。同時にヤコブが手に巻紙を持って戻ってきた。ジークが受け取りその場で広げる。大司教が与えた指令書だった。

「なになに。魔王に協力した者達を殲滅せよだと」

 倒れた教会兵の一人をタリオンが回復させる。細かい話を聞くためである。カーンは手早く起こした教会兵を縛り上げるとその横に立った。

「協力してねえよ」

 いらだったようにジークが言った。カーンが教会兵をこづく。

「なんて言われたか言え」

「あっ、あの」

 怯えた顔の教会兵はまだ若かった。ジークと同じくらいであろう。明華が炎を揺らめかせながら近づくと観念したようにしゃべりだした。

「大司教に啓示が降りたんです。先日の王家が主催した陣取りゲームの参加者達に魔物が憑いていると。それで、魔落としのために……」

「もういい」

 カーンがさえぎる。タリオンが硬直した顔で言った。

「啓示って天使でも出たのか」

「あ、はい。出ました」

 明華が嫌な感じね、と言った。

「その天使、マッチョだったりしてね」

 教会兵が驚いたように言う。

「なんで知ってるんですか?」

 あああ、と一同は思わず言ってしまった。なんかもう読めたな、とカーンが言うとヤコブがうんうん、とうなずいた。

「アレクセイだっけ。あの可愛いカミサマ達が言ってたよね」

 驚いた後に教会兵は青ざめてきた。

「皆さん何者なんですか? 名前まで知ってるなんて」

 ジークが剣先を教会兵の鼻先に向ける。

「勇者様御一行だ。もうちょっと喋ってもらうからな」


 脅された教会兵は聞かれるままに全て話した。その中には陣取りゲームを主催した王家への襲撃や天界からの「全面的に教会をバックアップする」という言質も含まれていた。話を聞き終えた一行が「じゃあな」と教会兵を置き去りにして立ち去ろうとすると、教会兵は泣き顔でとりすがってきた。

「置いていかないで下さい」

「なんで」

 面倒くさそうに明華が言うと教会兵は言った。

「僕ここにいたら殺されます。あの、本当は絶対に喋ったらいけないって言われてて、喋ったら縛り首だって」

「あーそうなんだ」

 のんびりとヤコブが言った。

「大変だね」

 だからその、と教会兵が食い下がる。

「できれば捕虜に……」

「いらねえ」

 即答であった。教会兵は涙目でそう答えたジークを見た。

「ひどい」

 あきれたようにカーンが答える。

「不意打ちしてきたお前らはひどくないのか」

 カサ、という音が周囲から聞こえた。少し離れた場所ではガタガタという音も聞こえる。他の教会兵達が気づいたのだった。

「ほら、ダラダラしてるから」

 タリオンが言う。明華が金属製のホイッスルを取り出した。

「じゃあ使ってみましょ」

 そしてピイィと思い切り吹いた。次の瞬間、すさまじい突風が吹き荒れ、一同はその場から飛んでいった。

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