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アラウンド・ザ・シークレット 6  作者: 空谷あかり


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28/28

28 エンディング

 魔王とフーシャ姫は婚礼衣装を着て、かなり高い位置にある神殿の壇上にいた。目の前には杓を持った神官とギンメルリングを捧げ持った付き人がいる。神官の指示でリングの交換がなされ、祈りが捧げられた後にフーシャの指にかちりと三本のリングが固定された。

「ではお下がりください」

 数十段になる階段を魔王とフーシャは降りていく。途中、フーシャがよろめきそうになったので魔王は彼女を横抱きにして階段を降りた。下ではサーキュラーやセラフィムの他に父王やアルノの姿も見える。結婚式自体は身内だけなのだが、この後に続く披露宴では数百名の参列者が招待されていた。

「ふーちゃんよかったねえ」

「それやめろって」

 最前列を陣取り、派手なドレスで参列していたのはサーキュラーの母親のカノである。いつもと違ってにこにこと嬉しそうであった。サーキュラーが後ろで渋い顔をする。こちらも最上位の礼装であった。すらっとした長身に白い手袋が目立つ。

「次はあんただね」

「それもやめろ」

 その横には父王とアルノがいた。後ろにはセラフィムがつき、失礼のないように周囲を見渡している。魔王が気づいて抱きかかえていたフーシャを下に降ろした。父王とアルノがフーシャに話しかける。

「元気でやるのだぞ」

「魔王が気に入らなかったらオレに言えよ。ぶっとばしてやる」

 あきれたように魔王がアルノのことを見た。

「それは冗談にならんぞ、王子。頼むからやめてくれ」

 くすくす、という笑い声が空中から聞こえる。魔王は空中に向かって話しかけた。

「そこにいらっしゃったか。この後に宴席がしつらえてある。ごゆるりと過ごされよ」

「ありがとうございます」

「感謝しますわ」

 そしてフーシャの手を引き、長い通路を歩いて神殿から出て行った。魔王とフーシャが少し離れた場所にいた四大将軍達の前を通り過ぎる。

 一番前にグランデがいたが、さすがに今日はジャージではない。パールのアクセサリーに紺色の上品なドレスを着ていた。ほかの四大将軍達もそれぞれ場にふさわしい格好をしている。ファイはいつもと同じローブ姿だったが、そのローブには朱金で一族に伝わる紋章が描かれ、特一等の礼装となっていた。

「素敵ねえ」

「……うん。いいな、ああいうの」

 ファイとワンダがその後姿を見ながらしゃべっている。そういえば、とグランデが思い出してサンダーに言った。

「あのドレス、デザインしたのサンダーなんだって?」

「えーと、まあそう」

 返答に困りながらサンダーは言った。他の二人もサンダーを見た。

「いやラクガキのつもりだったんだけど、姫様に見せたら気に入ったから採用するって。なんか、姫様に合うちょうどいいのがなかったんだって」

 サンダーは一人だけ魔王城の備蓄倉庫前に配置されて腐っていた時に、暇つぶしにセラフィムが持っていた資料に勝手なデザインを書きなぐった。全部が終わって片付けをしていた時にセラフィムがそれを見つけ、フーシャのところに持って行ったのである。

「サンダーさんの案を採用させてもらいました」

 そうセラフィムに言われた時にサンダーは心臓が止まるかと思ったほど驚いた。

「へ? 何? なんで? っていうかあれ使うの?」

「ええ」

 セラフィムは上機嫌であった。婚礼衣装については伝統的に決まっているデザインがあるのだが、それがそのままだとフーシャには合わずに困っていたらしい。少々のアレンジは可なので服飾担当の方で直そうとしていたのだが、どこをいじるべきか検討しているだけで先に進まずどうにもならなかったということであった。

「それから今後、サンダーさんに姫の衣装について相談してよろしいですか」

「いや、いいけど。なんで? 担当者いるよね」

 魔王妃なのだからちゃんとしたアドバイザーがつくはずだとサンダーは思っていた。魔界の者でなくても父王の城から誰か呼べばいい話である。サンダーがそういうとセラフィムはこう説明をした。

「実はこちらに来られる人間がいないのです。いなくはないのですが、父王の城の業務を一手に引き受けていてとてもお願いできそうにないので」

「あー」

 これはある程度予想できたことでもあった。プロトコルや礼儀についてはどうにかなっても、服そのものについての知識はまた別である。

「それで人界と魔界の衣装のすり合わせができる者がいないのですよ。サンダーさんなら人界の衣装についての知識もありますし、人間用の素材を入手できる先もご存知です。正直あのメモを見たときにほっとしました」

 ついでにセラフィムは彼女が置いていったチラシを見てアパートの契約もしていた。そして資料として買い込んだ服などの倉庫として使っていいとも言ったのだった。

「魔王軍とは別にその分の依頼料をお支払いします。怪我等でもし魔王軍を辞められても、そちらのほうは続けられるようなら続けていただきたいのです」

「え? そうなの?」

「はい」

「これからの姫のご公務での衣装のご相談などもお願いしたいので、受けていただけますか」

「……ま、いいけど」

 ごり押し気味ではあったが、サンダーはこの話を承諾した。魔王軍の他にも自分の居場所ができたことが嬉しかったし、以前のキャリアを認められたということも大きかった。

「へえー」

 話を聞いて意外そうにグランデが言った。うん、とサンダーは答えた。

「人間って体重とか体型とか全然違うから分かんなかったみたい。姫様のドレスってみんな実家から持って来てるし、こっちで仕立てたことないんだよね。姫様に鋼鉄のボーンとか無理だよ。だからそういう説明もした」

 あー、とグランデは言った。

「そういや私の服も人界から持って来てるわ。こっちの着づらいんだよね」

「グランデは人界出身だもんね。体型と皮膚が完全に人間だから合わないでしょ。素材もあるし」

「うん。変なの着ると肌荒れするよ」

 へえー、という表情でファイとワンダがその会話を聞いていた。ファイは耐火素材でないと駄目なところもあるし、ワンダは薄手の生地以外は基本的に受け付けない。属性により細かい部分はそれぞれかなり違うのであった。ちなみにサンダーは何を着ても大丈夫である。

「みなさん移動をお願いします」

 父王とアルノを先導しつつ、セラフィムが声をかけてきた。婚礼の儀を取り仕切るのはすべて彼である。グランデなど四大将軍達もそれなりに協力をしたが、ぜひとも自分がやりたいということでセラフィムは煩雑な雑務まで一手に担っていた。しかしもちろん彼一人では手が回りきるはずもなく、見かねて会場警備と通信、伝達はサーキュラーが「魔王軍がやる」と言い出し、なんとかなったのである。

「……あー、父ちゃんと母ちゃんだ」

 神殿を出た正面にファイは見知った顔を見つけた。父親のラバウス伯と母親のイラプである。

「行ってきなよ」

「……うん。またね」

 ファイはほかの四大将軍達と離れて両親のところへ行った。訥々とだが嬉しそうに両親としゃべっている様子を見てグランデが言った。

「楽しそうだね」

 ワンダが答える。

「まだ十四よ。最初見たときびっくりしたわよ」

「そうか、そうだよね」

「いきなりサーキュラーちゃんとケンカしてるし、どうしようかと思ったわ」

 グランデとサンダーは驚いてワンダを見た。

「そうなの?」

「仲よしじゃん、あそこ」

 ワンダはため息をついた。

「今はね。サーキュラーちゃんがずいぶん面倒見たから」

「そうなんだ」 

「十才くらいで親元を離れて火精将なんて荒れないほうがおかしいわよ」

 それはそうだな、とグランデとサンダーは思った。そんな三人の視線の先にサーキュラーが見えてきた。

 彼はきちんと礼服を着込み、大きな花束を抱えた誰かと話していた。どうも披露宴会場に移動する際に捕まったようであった。

「あ、来たぞ」

 サーキュラーはグランデを見て言った。彼と話していたのはグランデが砂漠で対戦したハンデラであった。サトーシュ公国の騎士、巨漢の斧使いハンデラ・バナージである。グランデは彼と激闘を繰り広げ辛うじて勝った。彼女の足には今でもその時切り落とされた痕がくっきりと残っている。

「俺から何か言うことじゃないから。じゃまたな」

 サーキュラーはそう言うと行ってしまった。グランデは挨拶だけして通り過ぎようとしてハンデラに呼び止められた。

「なんでしょうか」

 ワンダとサンダーも立ち止まる。ハンデラはうやうやしく花束を掲げ、グランデに言った。

「失礼つかまつる」

 はい、とグランデは答えた。それ以外に言いようがなかったからである。

「あの時はなんとも強く素晴らしい戦いぶりだった。あれからグランデ殿のことが頭から離れない」

「はあ」

 何を言い出すのか分からないが時間を取るのはやめてほしい、そうグランデは思った。なので思いっきり気のない返事をした。一方、グランデの気のない返事とはうらはらにハンデラの顔は大真面目であった。

「あれほどの強さの女性は見たことがない。よってグランデ殿を我が妻にお迎えしたい」

「は?」

 大きな花束を彼女の前に突き出し、うっとりとハンデラは言った。

「そのドレス姿もあでやかなものだ。よければこのハンデラの伴侶となってくれまいか。強くて美しいそなたにこのハンデラ、一生を捧げよう」

 真面目も真面目、大真面目にハンデラは言った。グランデは呆然としてその場に立ち尽くした。 

「え、なに?」

 そしてあることに気づいた。

「姫は? もういいの?」

 確かあの時の戦いはフーシャ姫をめぐってのものだったはずである。いくら結婚してしまったからとは言え、こんなに簡単に他の女に求婚するとはどういうわけであろうか。真っ先にグランデの頭に浮かんだのはそんな疑問であった。

「荒くれどもと旅をする姫など聞いたことがない。さぞかし強者なのだろうと思って私はあのゲームに参加した。しかし思っていたのとは違う姫だった。可愛らしい見かけによらず強い心を持っていたが、私の求める妻とは違っていた」

 ハンデラは言った。

「サトーシュでは女は強ければ強いほどよいのだ。そしてこのハンデラが見るに、グランデ殿ならば必ずサトーシュ最強の妻となろう。ゆえに私が真っ先に迎えにきたのだ」

「理由そこなの? 強いから?」

 そうだ、とハンデラは真面目に返事をした。やや顔が赤くなっているようだった。

「不自由はさせぬ。魔王軍の仕事も続けて構わぬ。ただ私のそばにいて欲しいのだ」

 ハンデラはさらにたたみかけた。

「強い上にその美しさ、そなたにかなう者はサトーシュ中探してもいまい。ぜひとも我がハンデラの妻となって欲しい。頼む、この通りだ」

「え……」

 当惑するグランデをよそにワンダが笑いだした。

「やだもう、わたし先に行くから。頑張って」

「じゃーねー」

 ちょっと待ってよ、と言うグランデを放置してワンダとサンダーは先に歩いて行った。その先にはサーキュラーとセラフィムがいる。二人を待っていたようであった。

 みなさんこちらへ、とセラフィムが披露宴会場の席案内をした。ワンダはささっとセラフィムの隣に並んだ。

「ねえ従者」

「なんでしょうか」

 うふふ、と彼女は色っぽく笑った。

「今度飲みにいかない? 魔王様も結婚したことだし、暇ができるでしょ」

 セラフィムが困った顔をする。

「あの、わたくし酔わないんですよ」

「そうなの?」

 ええ、と歩きながらセラフィムは言った。

「なので飲んでももったいないので……」

 さすが元神々である。初手をくじかれたが負けずにワンダは食い下がった。

「なら時々私につきあってくれない? もちろん魔王様が優先だけど」

「え、ええ。いいですよ」

 なぜ自分なのか分からずにセラフィムは答えた。そこへ割り込んできた者がいる。ハエトリだった。

「すみません、セラフィムさんに天界からの書状です」

「なんですか」

 言いながら彼は受け取り、封筒を開封した。ほかの面々もその書面を覗き込む。



 ゼラフへ


 私はお前が戻ってくるのを待っているぞ

 ずっと待っているから

 必ず戻ってくるのだぞ 



 あまりのことに一同引きつった顔で黙ってしまったが、やがてしばらくしてハエトリが言った。

「どうします、これ」

「捨てて下さい。もうラファエルさんとガブリエルさんから以外の文書は持ってこなくていいです」

 即答であった。


 魔王とフーシャは寄り添って魔王城の中庭にいた。やっと結婚式が終わり、招待客らも親族以外は帰ってほっとしたのである。衣装はまだ着替えていなかったが、もう少しで夕食なのでそれまでこの服のままだった。

 イベントの当事者というのは意外とすることがないものだ。まわりではサーキュラーやセラフィム、それにハエトリなどが走り回っていたが二人は時間までひまだった。なので中庭で残った身内や親族達とたわいのない話をして時間を潰すこととなった。

「今後はどうするのだね」

 父王が魔王にたずねる。

「落ち着いたらそちらに出向こうかと考えている。一月後くらいになろうかと思うが」

 アルノはぼけっとそこに突っ立っていたが、急に空が暗くなりバサバサという音がしたので上空を見上げた。

「ぱぱー!」

「おめでとー!」

「来たよ! おめでとー!」

 賑やかな声が上空から降り注いだ。なんとルーセット達が全員、煉獄から出て魔王城に来たのだった。

「え……なにコレ」

「なんじゃこの子供達は」

 父王とアルノの当惑をよそに、ルーセット達は中庭に下りると魔王とフーシャを取り囲み、てんでに手に持ったプレゼントを魔王に向かって差し出した。ちなみにこのプレゼントは、ウリエルが飲んだ缶ビールの空き缶を売りさばいた収益で買ったものである。

「ぱぱおめでとー!」

「ひめかわいい! さいこー!」

「ぱぱ! ぱぱ!」

 あっという間に中庭は小学校の校庭のようになってしまった。魔王は初めの数個のプレゼントを受け取り、彼らに言った。

「ありがとう。しかしなんでここにいる。ウリエルがいいと言ったのか」

「ウルもくるよー! 許可もらったー!」

「ブレンるすばんー! だからくるよー!」

 話をしている間にフーシャもプレゼントを受け取っていた。事情が分かっているので特に怒ることもなかったが、あまりの騒々しさに少しびっくりしていた。

「少し聞きたいのだが」

 父王の声がした。魔王ははっとして父王のことを見た。だいぶ顔が険しかった。

「この子供らはなんだね。見たところ君を父と言っているようだが」

「あの、違うのです。父君が思われているようなことではない」

 ルーセット達からは万歳三唱が始まっていた。不穏な空気を感じ取ってアルノの衣装が変わる。例の銀製の甲冑と傍らにドラゴンキラーが現れた。

「もしかして、ほかに彼女がいたんですか」

「待て、そういうことではない。王子よ、その剣はしまってくれ」

 魔王はフーシャを見た。フーシャはルーセット達をかまいつつ、にこにこと笑いなら魔王のことを見ていた。

「魔王様、ご自分で説明したほうがいいと思いますわ」

「姫、その言い方はやめてくれ。あらぬ誤解を生む」

 魔王は周囲を見回したがみな忙しくてセラフィムもサーキュラーもいなかった。仕方なく彼は腹を決めて父王のほうを向いた。

「聞いて欲しい。この子らは私を父と呼んでいるが、すべて私の子ではない」

「なるほど」

 汗だくになりながら魔王は父王とアルノに向かって説明をした。その窮地は祝福を持ってやってきたウリエルが目の前に現れ、彼の話を補足して肯定するまで続いたのだった。

Thank you for reading!


これで本当にアラウンド・ザ・シークレットはおしまいになります。

よければ何か一言ご感想などいただけると嬉しいです。

最後まで読んでいただき、ありがとうございました。


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