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2 魔王の自室から

 魔王とサーキュラーの間にはなんとなくぎくしゃくした空気が漂っていた。フーシャもそれを感じ取っており、城に戻ってきたものの居心地がよくない気分であった。唯一セラフィムだけが通常通りに業務をこなし、何も気づかないように振舞っていた。

 口火を切ったのはサーキュラーである。気分的にも仕事上でも大変やりづらいために、彼はとうとう魔王の自室を訪れてこう言ったのだった。

「すまなかった」

「何をだ」

 セラフィムは室外に控えていた。普通ならばまるで聞こえないはずだが相手はセラフィムである。筒抜けであることを覚悟しての会話だった。

「闘技場のことだ」

 ああ、と魔王は鷹揚に構えた返事をした。実際、闘技場で暴走した彼を止めに入ったのはサーキュラーであるから怒る理由は何もない。臣下としての身体を張った行動である。その後に続くセラフィムと少女神を巻き込んだバトルも世界が滅ぶ瀬戸際であったので、魔王としては文句を言うつもりはなかった。

「気にしておらん」

 しかし魔王の機嫌は悪かった。感情と理屈は別物である。プライドを傷つけられ、それで自分のことを許しきれないのかもしれないとサーキュラーが思った時だった。

「なぜウリエルに頼んだ」

「えっ?」

 一瞬サーキュラーはぽかんとしてしまった。魔王は続ける。

「ルーセット共がいたせいで姫に疑われてえらい目にあってしまったではないか。どうしてくれる」

「あっ、あれ……か?」

「そうだ」

 ふるふると怒りがこみあがってきた様子で、魔王はサーキュラーに言った。

「せっかく姫とうまくいっていたのに奴らがいたために台無しになってしまった」

「えっ、あっ、いや……」

「サーキュラー、どうしてくれるつもりだ!」

 魔王が爆発した。

「あ……ごめんな魔王。俺そんなつもりじゃなかったからさ。俺ら戻る前に帰そうと思ってたんだけど、魔王だけ先に戻っちゃったから間に合わなくて……いや、ごめんなホントに。すまなかったよ」

「いや許さん!」

「ごめんよ本当に。悪かったよ」

 平謝りのサーキュラーと駄々っ子のように怒りまくる魔王を見かねて、セラフィムはタイミングを見てドアをノックした。内心あきれていた。

「失礼いたします、魔王様」

 セラフィムが入っていっても魔王とサーキュラーは相変わらずであった。そのうちにいくら謝っても許さない魔王にサーキュラーは腹を立ててケンカしだした。

「もういいじゃねえかよ。いいかげんにしろよ」

「いや許さぬ。赤恥をかいたではないか」

「うっせえな。女ごときでぎゃあぎゃあ言うな」

「なんだと」

(またですか)

 いつ割って入ろうかと様子を見ながら、セラフィムは安堵しつつもため息をついた。何はともあれ本気で不仲になったわけではなかった。そこは喜ばしいことだったが、そろそろセラフィムの苦労もわかって欲しいものである。

(しかしいつまでも……二人とも子供ですか)

 こんなトップでも魔界は回っているのである。天界とは大違いだと思いながらセラフィムは電撃の用意をしだした。つかみ合いではなく双方が魔力を使い出したら文字通りカミナリを落とすのである。それができるのはここではセラフィムしかいない。

(あー、始まりましたか)

 もっとも魔界ではケンカの仲裁くらいにしか城内で電撃は使わない。過去のことを思うと気楽なものであった。


 サーキュラーが帰った後、魔王はセラフィムをその場に呼びつけて言った。ずっと気になっていたからであった。

「聞きたいことがある」

 セラフィムははい、と答えた。やや緊張しているようにも見えた。

「なんでしょうか」

 巨大な、しかし座り心地のいい椅子に腰かけたまま、魔王は彼のことを見た。

「自分が何者なのか思い出したのか」

 は、とセラフィムは答えた。しばしの沈黙が漂う。それからゆっくりと話し出した。

「思い出しました」

「そうか」

「ですが……」

 ここで言葉が途切れたので、魔王は彼が話すのを待った。

「断片的にしか今は分かりません。完全に思い出せたのはどうやらあの時だけだったようです」

 魔王は顔をしかめた。

「助力がないと無理ということか」

「おそらく」

 自分で不要であると判断して記憶を封じてしまったのだろう。長命な精霊、神霊の類にはよくあることである。そうでないと現在の変化についていけないからだ。

「覚えていることはあるか」

「たいしたことは覚えていないのですが……」

 少しためらいながらもセラフィムは答える。人界にある巨大な水系の出身であること、そこの主神であったらしいこと、無尽蔵とも思えるエネルギーはその広大な流域から得ていること、などである。ある程度は今までに他者から指摘され、分かっていることもあった。それをセラフィム自身が理解し肯定した部分である。

 そのことを聞きながら魔王は思った。「彼」は創世神に戻るのではなく魔王の配下でいることを選んだ。それは誰にも口出しできないことである。「彼」の決定は絶対だ。たとえ魔王であってもその決断を翻すことはできない。

「そうか」

 魔王はそう一言だけ言うとセラフィムに下がっていいと言った。疲労が溜まっているのを感じていた。

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