19 行軍
対人では魔界の草の実は効き目が薄い。しかしそれでもいくぶんかは使えた。物理的な部分では結構な打撃になったからである。
「突っ込め!」
先頭でメタトロンががなりたてている。兵士達は門前で立ち止まり隊列を作った。兵士達の格好はここへ来た当初のブレンと同じである。
「本当だったか」
ウリエルはバリケードの影からその様子を見ていた。となりにブレンもいる。彼らの周囲にはルーセット達が数人うろうろしていた。ウリエルの指示待ちである。
「あの天使、見たことがあります」
おっ、とウリエルはブレンの顔を見た。
「そういや呼ばれて魔界へ行ったんだっけな、お前」
「はい」
半死半生だったあの時と比べるとずいぶん元気になったようだった。天使って回復早いんだな、とそんなことを思いながらブレンはバリケードの影からメタトロンを見ていた。
「それと司祭様がいます」
「ほんとか」
ブレンは隊の中に見知った顔を見つけて言った。はい、と彼は答えた。
「後ろのほう、白いひげのおじいさんです。いつも教会の奥のほうにいて、ちょっとだけ最後に出てくるんです」
「あの服装はだいぶ上位だぞ。メタトロンのヤツ、よく引っ張り出したな」
かなり大げさに、あることないことデタラメに喋ったのかも知れない。ウリエルはそう思った。でないとこんな高位の聖職者は現場に出てこない。もしかしたら魔王退治だと言ったのかもしれなかった。
「武器は全部聖別してあるみたいだな。当たり前か」
人間どもはバリケードの手前に設置してある巨大な草の実に気づいた。近寄ってきて斧で叩き割る。すると中から凄まじい速さでバラバラと砲弾のような種が飛び出てきて、無差別に教会兵達に襲いかかった。あわてて教会兵達が撤退する。
「すごい」
「まあな」
御使い相手ならもっと威力が高い。飛んでいる状態なら撃ち落とすことだって可能だ。ルーセット達が奥の倉庫からしまってある草の実を担ぎ出してくる。
「門の中に並べろ」
「はい」
ブレンとルーセット達は協力して門の中にそれらを並べた。おっかなびっくり先頭の教会兵が近づいてくる。
「叩け」
ブレンはさやの繋ぎ目の部分を手で叩いた。するとさやがはじけて大量の種を空中にまき散らかした。教会兵が逃げていく。
「いつまでやるんですか」
「やつらが諦めるまでだ」
ルーセット達を直接戦闘させるのは避けていた。教会兵が全滅してしまうからである。根気よく相手をして帰ってもらうのを待つしかなかった。
「ガブリエルめ、どれだけいいことを言ったんだ」
ウリエルが言うのを聞いて、ブレンは巨大なさやから顔を上げた。
「ここを取れば人界も魔界も侵攻は思いのままだ。なんたって全ての中継地点だからな」
なるほど、とブレンは思った。
「だから俺がいるんだが。メタトロンは本当に何も分かってねえんだな」
確かこの人は武闘派扱いだったな、とブレンは教会神話を思い出しながら思った。あながち間違ってもいなかったらしい。
「出てこい! ウリエル!」
教会兵の後ろから怒鳴り声がした。ウリエルがそっちを見ると、真新しい曲刀を持ったメタトロンが真っ赤な顔をして彼を睨みつけていた。
「裏切り者め! 刀の錆にしてくれるわ!」
「かったるいな。早く帰れ」
思わず出てしまった本音にメタトロンが激昂する。
「かったるいとは何だ!」
ぼそっとウリエルが言った言葉をブレンは聞き逃さなかった。
「だるいもんはだるい」
そういう人だったな、そう思いながらブレンはもう一回、目の前にある巨大な草の実を適当に叩いた。ばしっといい音がして種が飛び散り、メタトロンの胸の辺りに当たる。するとメタトロンはばたりとその場に倒れた。
「あっ」
あわてた教会兵達が門前から退く。最後尾にいた司祭も驚いた様子でメタトロンのそばに近寄った。
「やっと帰るな」
「すごい効き目ですね」
教会兵達は倒れたメタトロンを担ぎ上げ、司祭の指示を仰いだ。司祭は煉獄の門を見てその奥にいるウリエルとブレンを確認し、退却の指示を出した。メタトロンを連れて地上の教会に帰るのであろう。メタトロンがいなければ煉獄に押し入っても意味がないからだ。
「やれやれ」
「よかったですね」
本当に地上に戻るのか確認するため、数人のルーセットが後を追っていった。ウリエルは残ったルーセットに追跡していった仲間が戻ってくるまで門を見張るように命じ、自分はブレンとともに煉獄にある建物に帰った。
地上は地上でまた大騒ぎであった。中央教会の者達がフーシャの父王がいる城にやってきたからである。父王は使者を丁寧にもてなし、その一方で魔王のところに伝令をやった。
「少しお待ちいただきたいと言っておる」
フーシャを出せと迫る教会の使者に、父王はにこやかに答えた。
「娘は外出しておる。今戻るように伝令を出したので少々待たれよ」
「どこへ行かれた」
しれっと父王は答えた。
「買い物じゃ。女の買い物は長いでな。産地まで見に行ったのでしばらくかかろう」
疑いの視線で使者がたずねる。
「何を買いに行かれたのだ」
「壇の木じゃ。香の原料になる木を見に行った。気に入ったら買い付けてくるじゃろう」
半分ウソで半分本当であった。フーシャは魔王城にいるが、魔王城には壇の木も植えてある。ハンスが世話をしているのだが、その木をフーシャが気に入っていて、動かせるようなら何本か父王の城に持ってくるという話も進んでいた。
「そうであるか」
何とも真偽のほどがつかないので使者はそう答えた。すぐにフーシャが出てこないのだけは確からしい。
「まあ使者殿もごゆるりと待たれよ。急いでも仕方がない」
言いながら父王は使者を自室に呼び、貴重品である東方の果実酒を使者にすすめた。もの珍しさに使者はその果実酒を口に含んだ。
「東のほうにしか実らぬプラムの酒じゃ。ぜひとも使者殿に味わっていただきたくてな」
にこにこと父王は言った。この酒はグランデが里帰りした時に大量に買って持ち込んできたものである。あまりに多いのでセラフィムがハエトリに頼み、父王の城に届けさせたのだ。
「うまい酒ですなあ」
「そうであろう。使者殿にぜひとも味わっていただきたくてな」
確かにうまいのだが、実はそのまま飲む酒ではない。かなり強いので現地では水で割って飲んでいる。しかし父王はそれをストレートで出したのだった。
「フーシャ姫もお年頃ですなあ」
探るような使者の質問である。
「お相手はあの、ジークとやらなのか」
笑顔を崩さずに父王は答えた。
「いやそれはフーシャから破談にしてくれとあって、今はまだ何も決まっておらんよ」
「そうであるか」
使者が疑ったのは言うまでもない。司祭のもとにあらわれた天使のお告げによれば、この国のフーシャ姫は魔王のところに輿入れが決まっているはずだからだ。
「もう一杯いかがかな」
杯が空いたのを見て、父王はオリエンタルなデザインの瓶を取り出し中身を注いだ。うっかり使者が受ける。
「あまりにうまいので飲んでしまいましたが、これでもう」
「いやいや」
急に言葉が切れ、使者の頭が垂れた。父王はしばらく待つと従者と使用人を呼び、使者を離れにある客人用のベッドに寝かすように命じた。
「明日の夜まで起きんよ」
使者の朝食についてたずねる使用人に、父王はにやっと笑って答えた。それからさっき取り出した酒瓶を眺め、ごそごそと自分のキャビネットにしまって鍵を掛けた。




