17 返却
返されてきたメタトロンに唯一神は一顧だにともくれなかった。あまりの扱いにほかの御使い達が諌言したほどである。
「あの、恐れ入りますが」
「なんだ」
いかなお気に入りでもこの後の言葉によっては火球が降る。なので勇気を持っての発言であった。
「負傷したとはいえメタトロンは御言葉により行動しました。かの者に何かお声掛けくださってもよいのではないでしょうか」
明らかに不機嫌に、唯一神はふんと言って諌言した御使いを見た。
「魔界の者に手当てされたなぞ御使いの名折れだ。捕虜になったならば自死してくるのが当然だ」
それをすると天界の御使いは半分になってしまうだろう。そんなことは言わなかったが、この御使いは慎重にこうも言った。
「しかし御身のためにあの者は二度も骨を折りました。旧世界者の遺物を手に入れられたのはあの者の働きがあってこそのことです。少し斟酌してやってもよいのではないでしょうか」
「そんなことは分かっておる」
じろっと唯一神はその御使いを見た。ひっ、と御使いが縮こまる。
「あれはもういらぬ。ゼラフを呼びメタトロンを断罪せよ」
あの、と御使いは言葉を続けた。
「ゼラフはもうおりません。降魔しました」
そうだった、と唯一神は思い出した。
「ではウリエルでいい。あれにやらせよ」
「ウリエルは追放されてルーセットとともに煉獄にいます」
それも自分がやったことだった。その次点がメタトロンである。
「ミカはどうした」
「魔王の瘴気により負傷して動けません」
あと残っているのはガブリエルとラファエルくらいであった。ラファエルは事務官なので問題外である。
「ガブリエルに後始末をさせろ」
絶句した後にその御使いは「承知いたしました」と言った。彼から見てもほかに適当な者がいなかったからであった。
ガブリエルは薄暗い洞窟にいた。メタトロンが年若い友人から取り上げ、唯一神に献上した旧世界者の化石が眠るあの洞窟である。その時に使った刀は化石の間に突き刺さって挟まり、一緒に天界まで上げられてきた。
その傷跡を眺めながらガブリエルは考えていた。メタトロンを処分してしまうのはまあいい。今後自分が御使いらを仕切るのならば特に問題あるまい。
(しかし)
あのメタトロンがおとなしく処分を受けるだろうか。野心のためなら人殺しもいとわぬ輩である。今度は唯一神に牙を剥くかもしれない。
(いや、もしそうならば……)
ガブリエルは思いついたことを実行するため、その洞窟を出た。彼なりに考え抜いた結論でもあった。
メタトロンが処刑されるという一報は魔界と煉獄にも届いた。魔王は渋い顔になり、ウリエルは煉獄の門前にバリケードを築いた。
「念のためだ。押し入ってこられると困る」
彼は一緒に作業をしたブレンに言った。
「ここは中立なんだ。あいつらを引き取る場所じゃない」
「そうなんですか」
ではなぜ自分はここにいるのだろうと思いながら、彼はそう返事をした。そうだ、とウリエルは続けた。
「魔界の連中は捕虜のやつらをここに捨ててくけどな、本来は直接天界に送り届けるのが筋だ。もっともやつらだってそうそう天界なんぞに行けやしないからそれは仕方がない。かなり耐性がないと消耗して消えちまう。直接乗り込めるのはサーキュラーと魔王ぐらいのもんだ」
なるほど、とブレンは思った。同じことは天界の住人にも言えるのだろう。だからここでいろんな話し合いが行われるのだ。公式なものからアンダーなもの、雑談のようなぶっちゃけ話まで天界と魔界の者達はよくここで話していた。
それはウリエルが煉獄を仕切っているからかもしれない。どちらからも疎ましがられ、どちらからも信頼されている、そんな存在は彼しかいなかった。ある意味真に中立なのは彼しかいなかったのだ。
「悪いがそれ並べてくれ。俺はさわれないからな」
ウリエルが指示したのは魔界に生えるつる植物の実である。人の背ほどもある大きなさや状をしていて、指定の場所以外をさわるとはぜて中の巨大な種がでたらめに飛ぶ。ウリエルはそれを門から外に向けて並べさせた。
「何ですかこれ」
魔界にあるぶんにはどうということはない。生命力の強いただの雑草の種だ。しかし天界の住人からすると爆発物に等しい。いつはぜるか分からないし当たったらただでは済まないからだ。
ウリエルはこれをハンスに頼んで集めさせた。もちろんサーキュラーやセラフィムの許可を取ってである。煉獄の環境では育たないので二人とも二つ返事で許可を出した。
「魔界に生える草の実だ。当たったら天界の連中には大ダメージだからな」
それで自分がこの作業をさせられているのだとブレンは納得した。あの、と彼は作業をしながら疑問に思ったことを聞いた。
「ウリエルさんは魔界に行ったことはあるんですか」
「あるぞ」
嫌そうにウリエルは答えた。やっぱり、と思いながらブレンは質問を続けた。
「大丈夫だったんですか」
「何がだ」
「その、体調とか」
ああ、とウリエルは言った。
「天界ほどきつくない。魔王がゆるいからな」
「そういうの関係あるんですか」
さやを並べ終わり、ブレンは煉獄の門をくぐって中に入った。ウリエルが答える。
「ジジイが仕切る前は天界ももっとゆるかったんだよ。いろんなヤツがいたし下位魔族でも即死ってことはなかった。神々もずいぶんいたしな。今はもうジジイだけだ」
「なんで神々は減っちゃったんですか」
ちら、とウリエルはブレンを横目で見た。
「それ、俺に聞く?」
「え……はい」
しょうがねえなあ、とウリエルは言い、周囲を見渡して作業が終わったのを確認した。
「じゃ、ビールでも開けるか。終わったら来い」
それから落ちている道具を片付けるようにブレンに言いつけ、自分はぶらぶら歩きながら建屋に戻っていった。




