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アラウンド・ザ・シークレット 6  作者: 空谷あかり


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14/28

14 尋問

 サンダーが復帰してきたのは一ヵ月後のことであった。しかしまだ戦闘には参加させられない。なので彼女はもっぱら城内の魔王軍統括総司令部のデスクで事務仕事をすることになった。

「やっぱ辞めればよかった」

 完全に体調が整うまでこの部屋からは出られない。半日座り仕事をしては命令された三時間休みを取り、残りの時間も座って書き物である。サンダーはもうすっかり飽きてしまっていたのだが、体が動かないのでなんともしがたい。救いはセラフィムが気を遣って、時々食堂から菓子を持ってきてくれることであった。彼は彼なりに負い目を感じていたのである。

「ありがとう」

 ワンダに知られたら絶対殺される、そう思いながらサンダーは今日のスイーツを受け取った。今日は大流行中のフルーツサンドである。サンダーは薄切りされたパンをぺりっとめくって中の果物がぶどうであることを確認し、口に運んだ。ちゃんと一緒に彼女の好みに合わせた甘めのミルクティーもついてきている。従者のスキルってすごいんだな、とサンダーはフルーツサンドを食べながら思った。彼女が流行りものを大好きなことを知っているのだ。

「今ってどうなってるの。バルバラとか」

 戻ろうとしたセラフィムにサンダーは声をかけた。戦況がどう動いているのか知りたかったのである。一日の終わりに上がってくる報告書でもだいたいは分かるのだが、彼女はリアルタイムの動きが知りたかった。

「バルバラの天軍は今朝方撤退しました」

「ふーん。早かったね」

 バルバラはここしばらく小競り合いが続いていた地域である。天軍のしつこさに腹を立てたファイが隠れ場所をすべて焼いてしまったので、広大な焼け野原が広がっているとのことだった。分が悪くなったので御使い達は引き上げていったらしい。しかしまた来るかもしれないとのことであった。

「スバルの水場は」

 スバルの水場とは大き目の池を挟んだ山沿いのエリアである。通常はトラップと見張りの兵士で間に合うのだが、ゲリラ的に上級御使いが来るので面倒くさい場所だった。

「ワンダさんとわたくしで追い払いました。しばらくはないでしょう」

「最強じゃん」

 サンダーはフーシャ姫の城で見た、彼ら二人の協力戦を思い出した。凄まじい威力であった。あれを食らったらしばらくは手出ししようとは思うまい。

「いえいえ」

 では、とセラフィムはその場から去って行った。食べ終わった皿を置かれた盆の上に戻し、ミルクティーは手元に置いてサンダーは書類仕事を続ける。と、そこへサーキュラーが戻ってきた。やれやれ、と自分の椅子にどかっと座る。しばらくするとドアがノックされてハンスが顔を出す。

「サーキュラーさん、今日の分です」

 ハンスは虫の詰まった箱をサーキュラーに渡し、また自分の持ち場に帰っていった。戻るんだったら遠話で連絡くれればいいのに、などとサンダーが思っているとサーキュラーが話しかけてきた。

「サンダー、お前に仕事がきた」

「なんでしょうか」

 怪我人に何をさせる気なのだろうか。そう思いながら彼女は帳面から顔を上げてサーキュラーの顔を見た。渋い表情だった。

「メタトロンに尋問しろ。お前だけじゃなくて煉獄から呼び戻した教会兵も一緒に業務につく。勅命だ」

「はい?」

 言われたことの理解ができず、しばらく彼女はサーキュラーの顔をながめていた。そんな気持ちを読み取ったのだろう、サーキュラーは話を続けた。

「もしもの時のためにセラが別室に待機する。たぶんお前と教会兵が一番情報を引き出せる、そう魔王が判断した。できるか」

「……いえ、やれと言われればやりますけど。事務苦手だし」

 サーキュラーの表情は晴れなかった。

「何か必要なものがあれば言え。用意する」

「あー」

 サンダーはメタトロンとの戦闘中に頭に浮かんだ物品の名前をありったけ答えた。サーキュラーはややあきれた様子だったが、とりあえず真面目にそれを聞いていた。


 メタトロンはベッドごと魔王軍の基地にある隔離室に移動されていた。彼の容態はやっとベッドに半身を起こせるようになった程度で、数時間も話をすればまた動けなくなるだろうことが予想できた。実際に今現在、メタトロンは目を覚ましていない。その状態のところへサーキュラーはサンダーと教会兵を送りこんだのである。

「えっと、名前は?」

 名前が分からないのは不便なので、サンダーはメタトロンの枕元で教会兵に名前を聞いた。教会兵はがちがちに緊張していた。

「え、あ、ブレンです」

「ふーん。あたしはサンダー。よろしくね」

「は、はい」

 教会兵のブレンは袖のない軽い作業着とふくらはぎまでの短いズボンに着替えさせられていた。足元はサンダルである。ウリエルが履いているのと同じものであった。これしかないのであろう。

「仕事の中身聞いてる?」

「は……はい。この人にこれに乗っ取って質問しろって言われました」

 ブレンはここに来る前に渡された二枚の紙を取り出した。そこには彼ら尋問する内容がびっしりと書き込まれ、順番も記入されていた。ちなみに彼らがするのは聞くことだけである。記録は別室のサーキュラーやセラフィム、それにハエトリが担当することになっていた。

「あーじゃ大丈夫だね」

「はい」

 やや緊張がほぐれてきたところで目の前のメタトロンが身動きをした。気がついたらしい。まぶたを開けると何かおかしなものを見る目でサンダーとブレンを見た。

「おはよ」

「……ああ」

「起きられる?」

 言われてメタトロンは緩慢な動作で身を起こした。本当はまだ動くだけで辛いのだろう。御使いのプライドである。

「何の用だ」

 サンダーは手に持った紙を突き出してぴらぴらさせて見せた。

「質問があるんだけど、いい?」

「……早くしろ」

 そう言うとメタトロンはまたベッドにどさっと横になり目をつぶった。ブレンがこわごわと後ろから覗き込む。じゃあいくよ、とサンダーは紙に書かれている質問を読み上げた。

「お名前は」

「メタトロンだ」

「もういっこあるって書いてあるよ」

「……エノク、だ」

 しぶしぶという感じでメタトロンは答えた。サンダーが続ける。

「年齢とご住所を」

「天界に来る前はエルタバにあるメドウ山沿いの村にいた。年は三十五と……分からん」

「まっ、しょうがないね」

 さらっとサンダーは流し、次の質問に移った。

「『神の代理人』とかすごいあだ名があるけどホントなの?」

 ここでメタトロンは薄目を開けてサンダーを見た。その後ろからブレンが顔を出す。

「あ、僕それ知ってます」

「そうなの?」

 はい、とブレンは答えた。

「メタトロンは神を称えた功績により地上より天に召し上げられ、その身を御使いに変えられた。その栄光は神に真実をもたらし、やがて神はメタトロンを自らの代理とするようになった」

「へえー」

 一言一句間違わずに暗唱するブレンにサンダーは感心したが、一方のメタトロンはなにやら落ち着かない様子だった。ホントなの、とサンダーはベッドでもぞもぞする彼に聞いた。

「本当だ」

「ほんとに?」

「本当だって言ってるだろう!」

 怒鳴られてびっくりする二人にメタトロンは、すまん、と短く言った。質問内容以外にも、このサンダーとブレンの組み合わせは何かメタトロンの心を苛立たせるものがあった。それが何か分からないのがさらに彼の心をざわつかせていた。

「……分かった」

 なんとも不審なさまであったがサンダーとブレンはそれを見過ごすことにした。彼らの仕事はたずねることだからである。細部は壁の向こうの上司達が記録しているだろう。サンダーはそう割り切り、次の質問に移った。

「えっと、あの刀なんですが」

 さっき怒鳴られたので慎重にサンダーは言った。

「人を斬った痕があるとドワーフ達の分析結果が出ましたが、誰の血でどういう状況でついたんでしょうか。昔のことですしうちらには関係ないので殺人自体は不問とします」

「おまえら……」

 メタトロンは憎々しげにサンダーを見た。もっともサンダーらは、その後ろにいる魔王ほか上位魔族の意を受けて動いているにすぎない。そのことはメタトロンにも分かり切っていることであったので、今度は怒鳴ったりはせずおとなしく答えた。

「地上で誰かを斬ったのは覚えている。誰かは覚えていない。本当だ。場所はメドウ山中の岩場だった」

「なんで? 覚えてないの?」

 サンダーはそうたずねた。純粋に不思議だったからである。物事の是非はともかく、人を殺しておいて相手を覚えていないなどといったことがあるのだろうか。誰なのか知らないのなら仕方ないのだが、メタトロンの答え方はそうではないような気がした。根拠はない。ただのサンダーの勘である。

「……ああ」

 サンダーは質問を変えた。この質問は渡された用紙には載っていない。単純に気になったので質問したのだった。

「場所は覚えてるの?」

「メドウ山の切り立った崖沿いの岩場だ。石灰岩で……」

 ここでメタトロンは口をつぐんだ。今まで忘れ去っていたことを思い出したからだった。

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