13 御使いと穢れ
魔王はメタトロン以外の御使いをすべて釈放した。彼らは城門前で信じられないという顔をし、それからてんでばらばらに飛び去った。メタトロンのことなど一言もなかった。
「終わりました」
セラフィムが魔王の自室へ報告に来る。立ち会っていたサーキュラーほかサンダーをのぞく四大将軍の面々も一緒だった。
「いいのか」
「かまわん」
サーキュラーがそう言うのに魔王は答え、続けた。
「ウリエルは何と言っている」
サーキュラーはセラフィムとちらっと目を合わせた。サーキュラーが言う。
「知らなかった、と。招集はかかったが面倒なので行かなかったと言ってたな。本当かどうか知らんが」
セラフィムが口をはさんだ。
「まあそうでしょうね。ウリエルさんの立場上知っていても何もできませんから。どちらからも裏切り者としてそしられますからね」
煉獄は中立地帯として機能している。その建前を押し通すにはそう言うしかないのだ。教会兵を預かるくらいなら問題ないが、それ以上のことをウリエルはやる気はなかった。
「で、あの狂信者のおっさんはどうするんだ」
ファイがサーキュラーの顔を見上げる。メタトロンの見張りは兵士達のほかに数匹のサラマンダーが請け負っていた。火傷がひどくていまだにメタトロン本人はベッドから起きてこないが、それでも四六時中サラマンダーを派遣するのはファイにとって負担であった。
「いつ頃起きられそうだ」
「あと半月ほどかかると思われます」
セラフィムが答える。ファイがげっそりした顔になった。もう勘弁して欲しい、そんな表情である。
「……仲間達から苦情が出てる」
サーキュラーがファイを見た。
「……いいかげん家に帰りたいって。あと半月もできないと思う」
うーん、とサーキュラーはうなった。困りましたね、とセラフィムも言った。
「水籠もそろそろ限界よ」
ワンダが言った。
「こんな長時間はやったことがないわ。水籠だけならいいけど他の仕事も同時でしょう。ミスが出てもおかしくないわ」
魔王が考え込む。グランデが言った。
「あの、メタトロンが持っていた刀ですが」
一同はグランデに向き直った。彼女に分析を頼んでいたのを思い出したのである。
「御使いの持ち物なのに聖別されていないのでおかしいなと思ったのですが、あの刀、人の血を吸っています」
そこにいた全員に衝撃が走った。うそでしょ、とワンダがつぶやいたのが聞こえた。
「ドワーフ達に検査と分析をさせました。ふき取ってはありますが、刃の部分に人血がついたあとがあります。かなり古いものなので、おそらくメタトロンがまだ人間だった頃についたものだと思われます」
「どうやって持ち込んだんだ」
思わずサーキュラーは言った。はい、とグランデが続けた。
「天界の地自体が穢れを嫌いますからいくら持ち主であっても持ち込めないはずです。何か特別なことをしないと無理かと思います」
セラフィムが言った。
「天界の物質と同化させたのかもしれません」
「そんなことができるのか」
サーキュラーが言うと魔王や他の四大将軍達も同意した。セラフィムは話を続けた。
「唯一神は『旧世界者』の化石のありかを知っています。その場所を教えたのがメタトロンです。なのでおそらく『旧世界者』の化石と一緒に持ち込んだのでしょう。『旧世界者』のものはすべての世界を貫通して存在します。化石の間に挟んで持ち込み、そのまま放置して天界の物質と同化させたのでしょう。やってやれないことではありません」
ただ、とセラフィムは言った。
「聖別は不可能です。聖別すると真っ赤に血痕が浮き出てくるでしょうね。だからしていないのでしょう」
魔王が考え考えに言った。
「唯一神がそんな者を手元に置くことをあの御使い達がよく許したものだ。信じられん」
はい、とセラフィムが答える。
「御使い達は唯一神に反抗することは許されません。どんなに不満があっても従うほかないんです」
「なるほど」
故の狂気なのであろう。魔王はかつて天界で見た御使いの忠誠を思った。滅びが分かっていても突き進むしかないのだ。考えながら魔王は言った。
「刀はドワーフに預けておけ。仮にメタトロンが正気づいてもそれなら取りに行くのは難しかろう。地底の金庫にでもしまっておけばいい」
「了解しました」
グランデはほっとした表情になった。彼女自身が管理するには荷が重過ぎたし、正直触りたくもなかった。ドワーフ達は細かいことを気にしないし、彼らの持つ巨大金庫は何をしまっても壊れないし壊せない。こんな場合にはうってつけの保管場所であった。
「本人はどうする」
サーキュラーが言った。
「傷が治ったら話を聞くことにする。それまで監視を続けよ」
魔王の答えに一同は黙り込んだ。
「準備をしておけ。セラフィム、サーキュラー」
一瞬の間を置いて二人は答えた。
「はい、かしこまりました」
「……分かった」
解散の合図を見て取り、セラフィムは魔王の部屋のドアを開けた。セラフィムとサーキュラーが一礼をして室外へ出る。四大将軍達も挨拶を述べ、その後に続いて出て行った。




