1 アフターヘヴン
メタトロンは荒れていた。好き勝手をして天界をかき回したウリエルが抹消されなかったためである。彼はこともあろうに魔界の連中と結託して唯一神を非難し、さらにメタトロンを大罪を犯した者として告発した。しかも本来ならば反逆罪として消滅させられるところを、唯一神と他の上級御使い達はウリエルのことを魔界とのパイプ役として残したのである。
「まあ落ち着け」
そう言ったのは御使い最年長のガブリエルであった。
「我らが父はいまだにゼラフのことを気にかけておられる。ゼラフを取り戻すためにも魔界と交渉のできる者は必要だ」
「あんな奴はもう放っておけばよいのです」
実際のところ唯一神のセラフィムへの執着ぶりは凄まじいものがあった。ふん、とメタトロンは鼻を鳴らすとガブリエルに噛みついた。
「魔界と通じ、魔族に堕ちた者はもはや神ではありません。なのに我らが父はいまだに迷っておられる。我々だけで充分です」
ガブリエルの顔が翳った。
「お前はゼラフが何者なのか知らぬのだな」
その顔にうっすらと嘲笑が浮かび上がる。だがその表情はすぐ消え、メタトロンには気づかせなかった。
「人間だった者よ。ならば教えてやろう」
ガブリエルはメタトロンに自分についてくるように言った。彼はいぶかしく思いながらもその後に従った。
時を戻せる者はそう多くない。創世から数多の神々が生まれたがそれでも世界の理を知る者はごくわずかだ。そして唯一神には時を戻す力はなかった。
「どういうことか分かるか」
薄暗い洞窟の中でガブリエルが言った。明かりの向こうには化石となった巨大な骨が見える。その下のほうは削り取られてなくなっていた。
「創世からいたということですか」
メタトロンが答える。ここは旧世界者の化石が存在する洞窟だった。彼が唯一神に教え、その功績をもって天界に引き上げられた場所だ。
「そのものだと言ったらどうする」
一瞬理解できない表情をしたメタトロンを、ガブリエルは憐れむように見た。
「そのもの?」
ふう、とため息をつき、ガブリエルは言った。
「あのちからと異形を見てお前は何も思わなかったのか。何も知らず何も分からず、しかし的確な判断を下し瞬時に敵を抹殺する。時を戻し時空を越え、真に理のある者を見つけてその傍に立つ。それがまことの神のありよう」
あっけにとられ、メタトロンはガブリエルを見つめた。
「まさか……」
ガブリエルはこう返した。
「なぜ気づかない。すでに我々に理はないのだ」
言葉も出ないメタトロンにガブリエルはさらにこう続けた。
「だからこそゼラフに戻ってきてもらわないと困るのだよ。世界は我々のためにあるのだ。断じて人間や魔物共のものではない」