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隠語  作者: 鷺岡 拳太郎
第2章
11/13

田代がK町派出所に姿を見せたのは、深夜の1時12分だった。


 田代がK町派出所に姿を見せたのは、深夜の1時12分だった。

 その時、K町派出所には松永巡査長と藤田巡査がいた。同じくK町派出所に勤務する片岡巡査は、N交通からの110番通報を受けて見回りに出ていた。

 松永巡査長の証言では、その時の田代は、何かをひどく恐れているかのように落ち着きがなく、幽霊のような白い顔をして、目も虚で、ただ、

「女が……、女が……」

 と呟いていたという。

 それはちょうど、先ほどバス通りまで見回りに出た片岡巡査がなかなか戻ってこなくて、心配になった松永巡査長が確認のためにバス通りに向かおうとしていた矢先だった。

 田代に状況を問いただしても回答は要領を得ず、このままでは埒が開かないと考えた松永巡査長はK町派出所を出て、バス通りに向かう。そこで、片岡巡査が胸から血を流して倒れているのを発見する。すぐに救急車を呼んだが、すでに息は無く、心肺停止の状態だった。

 片岡巡査は、田代が乗り捨てたタクシーのすぐ横に仰向けで倒れていた。

 胸からの血は道路に大量に流れ出しており、タクシーにもその返り血はかかっている。現場写真を石川も見たのだが、本当に凄惨な光景だった。

 そのタクシーから5メートルくらい離れた路上に一本の柳刃包丁が落ちていた。

 刃渡りは約20センチ。刃には片岡巡査の血が付着しており、片岡巡査の胸に残る刺し傷の形状とも一致する。これが凶器と考えて間違いない。

 タクシーから5メートルくらい離れていたということは、犯人がその包丁で片岡巡査の胸を刺した後に、そこまで行ってその包丁を路上に落としたということになる。その包丁が落ちていた場所は、タクシーから逃げ出した田代が入ったと供述した小道と、タクシーとの間の直線上にあった。

 田代がタクシーの中で、N交通にスマホで電話をしたのが0時52分。

 そして、田代がK町派出所に姿を現したのが1時12分。

 その間に20分の空白があった。

 その20分の間に、一体何があったのか。

 その20分については、田代の供述しか状況を説明するものはない。

 田代の供述によると、女が包丁の柄で窓ガラスを打ちつけ続けていて、ガラスにひびが入りガラスが破られそうになる。そこで、意を決して助手席からタクシーを抜け出し、そのまま走って逃げた。

 そしてK町の中をひたすら走り続ける中で、気がついたらK町派出所にいたという。タクシーを抜け出した後の供述はひどく曖昧だった。

 田代はすぐに重要参考人として身柄を確保され、その日のうちにK町派出所からK県警に移送された。

 そしてこの二日間、取調室で長時間の取り調べが行われていた。


 石川は再び、マジックミラーの向こう側の田代に視線を送る。

 俯きながら、相変わらず視点の合わない目で机の上を見つめて、そしてぼそぼそと何かを呟き続けている一人の中年の男の姿がそこにはあった。

 田代の乗るタクシー。そしてタクシーから少し離れたところに落ちていた凶器と思われる柳刃包丁。

 この二つは重要証拠として押収され、すぐに鑑識に回されて入念な調査が行われている。そしてその調査結果の一報が、つい先ほど石川の元に届いていた。

 田代は、タクシーに戻ったときにその後部座席を確認すると、ちょうど女が座っていたあたりが血のようなもので汚れていたと供述している。

 だけどその報告書には、タクシーの後部座席には血はおろか、何かしらの液体のようなものの付着も見られなかったと書かれていた。そして、返り血で赤く染まった運転席の窓ガラスについても、ひび一つ入っていなかったという。

 何よりも決定的だったのが、柳刃包丁についての調査結果だった。

 その包丁の柄からは、一人分の指紋が検出されている。そしてその指紋は、田代のものと完全に一致したのだ。

 この事実が何を意味しているのか。

 簡単な話だった。

 誰も柳刃包丁を窓ガラスには打ちつけてなんかいない。

 そして、その柳刃包丁を握っていた女なんて存在していない。

 嘘をついているのは、田代の方だった。


挿絵(By みてみん)


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