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お宮さま  作者: 御鎌倉
8/8

夏は思い出

暑いですねぇ…

「じゃ、帰ろっか、ことは。」


待ち合わせに現れた北条さんは、変わらず手を振って

やって来た。


五山が赤く染まるここ最近、振られてからも北条さん

との関係は続いている。


が、近頃の多忙の中でも、それは変わらない。

中間考査、運動会、泊まりがけの行事。優先すべきことが多いというのに、なかんずくをつけて、北条さん。

である。


変なことについ北条さんばかりを考えて、同期に

ほっぺたをつつかれてしまう。


要するに、こりていないのだ。私は。

そう、熊みたいに執念深い、ドキドキしながら探りを

入れては、北条さんに近づく日々だ。 



歩き始めて数分、準備万端で思い切った質問を繰り

出した。

 

「ちょっとお聞きしたいことがあるんですけど…」


「ん?どしたの?」

 

「清原さんとは10年来のお付き合いってお聞きしましたけど、清原さんはどんな感じだったんですか?」

 

「幼年院…えっと、付属幼稚園から、昔からあんな感じでね、ふわっとしていると言うか、達観しているところあるね。」


「へー、水泳でもご一緒だったんですか?スポーツ

とかって。」

 

「小学校まではね。でも、沙希が一番速かったかな。

お父様が海上自衛隊の幹部らしくてね、総合格闘技

チックなのも銃剣道も、スキーもできるらしいよ?

でも、本人はさわりだけって言って、多くを話さなかったけど、連日うつろな目をしている時期が一時期あったっけ…でも、今でこそ帰宅部だけどね、脱いだら

すごいよ?」


脱いだらって…そんな…

 男の人の所謂マッチョは想像にかたくない。では女の人のマッチョとは…。


いや、ちがう。それよりもだ。


とてもなスポーツタイプじゃないか。あの見た目からは想像ができない。


「まー、想像できないよね、はたからでもどこからでも見てもお嬢様だもん。」


「なにかこう…やばくないですか?」


「うーん…おばけ…?いや、褒める意味でよ?」


北条さんが「そうだろうそうだろう」自身に言い

聞かせるかのように、うんうんと首を縦に振った

のち、ふと、ため息をした。 

 

それが何を表すか。私には分からない、

何か大きなものに思えた。いわゆる、クソデカ感情…

と同期のオタクの言葉を借りれば―。であろう。


そしてそれは、おそらく愛を示すものか、あるいは愛を超えた何かであろうが。


北条さんは、言うまでもなくあの人しか、

眼中にないのだ。そうであろう。そうに違いない。


「それに、昔から成績はよかったかな、80点以下を見たことがないし…最近は刀剣の研究をしているっぽいけど…」


話す口調とそれた話にもそれは表れていた。どこか

うれしそうにする北条さんの傍らで絶望におちいる。

それは、弱点を探しているからに他ならない。

 

「完璧じゃ……盛ってたりします…?」


「んなわけ!今度本人に聞いたら?」


「ちなみに北条さんは、今清原さんのことをどう思ってます?」


 聞いた途端に黙り込む。強く否定した先ほどとは対照的すぎるほどには。それは少し思案しているように見えて、そしてこう言った。


「ちょっと遠いところに行っちゃったかなって。」


物悲しげにそういった。そして辺りには

微妙な雰囲気が。


「あぁ。しゃべりすぎたかな。残暑って嫌だね…」

 

といいつつ北条さんは高架下の自販機に食いついた。

そして水を買った。


こういう時、お母さんが言っていた。「他人と同じ事を

しなさい。」


 ふと財布を確認した。なけなしの150円…があるわけもなく、100円しかなかった。微妙に足りない。


鎌倉は残暑、年がら年中半袖の外国人はさておき、

日本人や市民は長、半袖を着て携帯式の扇風機を片手に、もう片方で日傘を持つ頃合い。それだというのに私の財布は冬だ。極寒の、永久凍土かもしれない。

 


「私おごるよ?何がいい?」


唐突の雪解けにドキッとした。私の財布が見える

距離ではなかった。顔に出ていたか。一瞬の沈黙、

図星。好意を踏みにじる選択肢はなく、指をさし、首を縦に振った。


音を立てて出てきたのは同じもので、

お礼を言ってから蓋に手をかけた。

…開かない。いつもなら開くというのに、開かない。


力んで、歯を食いしばって、顔を赤らめて、

力いっぱい回したが、手のしびれに近い感覚を残して

蓋はそのままだった。


ふと北条さんの方を見る。ぽかんとしてこちらを

見ている。

 

「開かないの?かわいいねぇ〜」


ムスッとする暇もなく私の背後に回って、頭一つ分高いところから、両手を私の両手にそわせた。


「そう…雑巾を絞るときとは反対に小指球と小指の付け根で力を入れて…そう、ねじるように…―!」


声も体も密着して。


パキパキッ


心地よい音が、僅かに、ありえないながらも

高架に反響したような気がした。 


「もういいよ〜…あれ?聞いてる?おーい…」


ハッとして蓋を取る。少しこぼれる。冷や汗がほおを

伝う。


そしてふとしたいよかんらしい、残り香。

掴もうとしても掴めない。残せないそれは、後に私を

赤面させるのに十分だった。


「やはり欲しい。この匂いが。」


 悪い女だと、私は思った。


ただし総合格闘技に似たやつ、テメーは駄目だ。

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