夏は思い出
暑いですねぇ…
「じゃ、帰ろっか、ことは。」
待ち合わせに現れた北条さんは、変わらず手を振って
やって来た。
五山が赤く染まるここ最近、振られてからも北条さん
との関係は続いている。
が、近頃の多忙の中でも、それは変わらない。
中間考査、運動会、泊まりがけの行事。優先すべきことが多いというのに、なかんずくをつけて、北条さん。
である。
変なことについ北条さんばかりを考えて、同期に
ほっぺたをつつかれてしまう。
要するに、こりていないのだ。私は。
そう、熊みたいに執念深い、ドキドキしながら探りを
入れては、北条さんに近づく日々だ。
歩き始めて数分、準備万端で思い切った質問を繰り
出した。
「ちょっとお聞きしたいことがあるんですけど…」
「ん?どしたの?」
「清原さんとは10年来のお付き合いってお聞きしましたけど、清原さんはどんな感じだったんですか?」
「幼年院…えっと、付属幼稚園から、昔からあんな感じでね、ふわっとしていると言うか、達観しているところあるね。」
「へー、水泳でもご一緒だったんですか?スポーツ
とかって。」
「小学校まではね。でも、沙希が一番速かったかな。
お父様が海上自衛隊の幹部らしくてね、総合格闘技
チックなのも銃剣道も、スキーもできるらしいよ?
でも、本人はさわりだけって言って、多くを話さなかったけど、連日うつろな目をしている時期が一時期あったっけ…でも、今でこそ帰宅部だけどね、脱いだら
すごいよ?」
脱いだらって…そんな…
男の人の所謂マッチョは想像にかたくない。では女の人のマッチョとは…。
いや、ちがう。それよりもだ。
とてもなスポーツタイプじゃないか。あの見た目からは想像ができない。
「まー、想像できないよね、はたからでもどこからでも見てもお嬢様だもん。」
「なにかこう…やばくないですか?」
「うーん…おばけ…?いや、褒める意味でよ?」
北条さんが「そうだろうそうだろう」自身に言い
聞かせるかのように、うんうんと首を縦に振った
のち、ふと、ため息をした。
それが何を表すか。私には分からない、
何か大きなものに思えた。いわゆる、クソデカ感情…
と同期のオタクの言葉を借りれば―。であろう。
そしてそれは、おそらく愛を示すものか、あるいは愛を超えた何かであろうが。
北条さんは、言うまでもなくあの人しか、
眼中にないのだ。そうであろう。そうに違いない。
「それに、昔から成績はよかったかな、80点以下を見たことがないし…最近は刀剣の研究をしているっぽいけど…」
話す口調とそれた話にもそれは表れていた。どこか
うれしそうにする北条さんの傍らで絶望におちいる。
それは、弱点を探しているからに他ならない。
「完璧じゃ……盛ってたりします…?」
「んなわけ!今度本人に聞いたら?」
「ちなみに北条さんは、今清原さんのことをどう思ってます?」
聞いた途端に黙り込む。強く否定した先ほどとは対照的すぎるほどには。それは少し思案しているように見えて、そしてこう言った。
「ちょっと遠いところに行っちゃったかなって。」
物悲しげにそういった。そして辺りには
微妙な雰囲気が。
「あぁ。しゃべりすぎたかな。残暑って嫌だね…」
といいつつ北条さんは高架下の自販機に食いついた。
そして水を買った。
こういう時、お母さんが言っていた。「他人と同じ事を
しなさい。」
ふと財布を確認した。なけなしの150円…があるわけもなく、100円しかなかった。微妙に足りない。
鎌倉は残暑、年がら年中半袖の外国人はさておき、
日本人や市民は長、半袖を着て携帯式の扇風機を片手に、もう片方で日傘を持つ頃合い。それだというのに私の財布は冬だ。極寒の、永久凍土かもしれない。
「私おごるよ?何がいい?」
唐突の雪解けにドキッとした。私の財布が見える
距離ではなかった。顔に出ていたか。一瞬の沈黙、
図星。好意を踏みにじる選択肢はなく、指をさし、首を縦に振った。
音を立てて出てきたのは同じもので、
お礼を言ってから蓋に手をかけた。
…開かない。いつもなら開くというのに、開かない。
力んで、歯を食いしばって、顔を赤らめて、
力いっぱい回したが、手のしびれに近い感覚を残して
蓋はそのままだった。
ふと北条さんの方を見る。ぽかんとしてこちらを
見ている。
「開かないの?かわいいねぇ〜」
ムスッとする暇もなく私の背後に回って、頭一つ分高いところから、両手を私の両手にそわせた。
「そう…雑巾を絞るときとは反対に小指球と小指の付け根で力を入れて…そう、ねじるように…―!」
声も体も密着して。
パキパキッ
心地よい音が、僅かに、ありえないながらも
高架に反響したような気がした。
「もういいよ〜…あれ?聞いてる?おーい…」
ハッとして蓋を取る。少しこぼれる。冷や汗がほおを
伝う。
そしてふとしたいよかんらしい、残り香。
掴もうとしても掴めない。残せないそれは、後に私を
赤面させるのに十分だった。
「やはり欲しい。この匂いが。」
悪い女だと、私は思った。
ただし総合格闘技に似たやつ、テメーは駄目だ。