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お宮さま  作者: 御鎌倉
6/7

はかなげなゆめ

お ま た せ

 約半年ぶりの再会が夢の中とは、なんと物語的で

あろうか。事実は小説よりも奇とでも言うべきか。


そういうわけで、驚喜の渦中に溺れ、身体を硬結させる

私をよそに、三浦さんは滑らかに唇を動かした。


「元気してた?」

 

「はい…会いたかった…です」


問に非対称で単純な言葉とは裏腹に、心臓は音を

高鳴らせ、有象無象の感無量で複雑な心情が心の内を

舞う。


専ら正反対だ。親しいながら、しかし心がこわばる。


「…ありがと。さあ、行こうか」


 行く先は知らない。ただ歩き出した三浦さんを追う

うちに、気づけば稲村ヶ崎の鎌倉湾が一望できる

公園に着いた。


 白く丸いテーブルと椅子。三浦さんは私に着席を

促し、鮮やかな赤色のアルバムをめくりつつ、

構えよく座り、赤色で独特な香りの紅茶を喫する。


「いい色と香りでしょう?さぁ、この紅茶の名前は?」そう言わんばかりにこちらを見た。

  

「ウバ…ですか?友人と飲んだことがあります」 


正解か不正解か。笑いつつ何口かした後、

私にアルバムを手渡した。

 

一体何か。一言入れ、ゆっくりゆっくりと一枚一枚

めくる。すれば、セピア色の写真達…低山が、しばらく

して軍人の写真ばかり。次に鎌倉時代に出てくるような

武士たちが。


 何かはわからなかった。何らかのイベントだろうか。

我事のように感じる、既視感と、親近感は要らぬ勘だろうか。

 

「…ご家族のものですか?」

 

問えども問えども、三浦さんは笑うばかり。


内心悶える私。 

 

なにかどこか、もどかしい。でも、わからない。 

白黒はっきり求めるのは、関東人の性であろうか。


「そう言えば、今は相州のことを調べてるって?」


「はい。結構興味があって。身幅といい、反りといい、

 平安時代のものとの比較も面白いんです」


「なんで、そこまでして?」


「…なんと言いましょうか、その姿に…惚れたからです。」


 殊勝ね。と言うように、首を縦に振った。

そうして、不意に足元を触り、長い棒状のものを置いた。

  

「三浦さん…それは…?」


「相州。貴女の大好きな、例のね」


拵袋を解きながら姿を現したのは、ここにあるはずの

ない、あってはいけないものなのだ。


当然、驚きよりも先に疑問が膨れ上がった。


「どうしてそれを?盗まれたんじゃ…」


「ええ。真に盗まれた。事の経緯を説明しましょうか」


そう言いつつ、太刀を眺める。


「あの太刀はあなたのおじいさんが大陸にいた頃に

使っていたものらしくてね」


佩いた時の左側面を冑金から石突金物へ。続けて右側面に。


「次いで鎌倉時代にまでさかのぼるのだけれど、1333年、鎌倉が新田勢によって攻められたとき、一人の御家人があそこに太刀を埋めた。すぐに掘り起こされたけど…。それが貴女のご先祖さまね」


次いで縦に同じく。


「はい?」


話を遮るに値する情報。


 待ってほしい。埋めたとしても、製作時期をそこに

求めるのは納得がいく。しかし、自然科学的手法を駆使

しても知り得ない情報をなぜ。


 変な冷や汗がつらつらと全身から流れ落ちる。


「待ってください!私の祖父は確かに相州伝の本を見せたとき、知っているふうでしたけど、どうしてそうも数代どころか、数十代前の話をご存じで?私も父も母も

知らないのに…」


「まぁ、そう落ち着いて。後で話すから。鎌倉には

たくさんの武家がいた。三浦、鈴木、和田、石渡。清原は中流貴族の家で、少し特殊だけど、武家……であろうね」


「でも、武士の時代は終わり、その間も何回かの変化があった。政治体制のほか、一つ一つのものに至るまで、様式等が変化した…それは刀剣類に同じことが言えた」


「使うものから、観るものに、一周回って使うものへと変化した。ではなぜここまで知っているのか。私は…」


三浦さんは見回すのをやめ、こちらを見た。


「そのものだから」


冷や汗は固まった。凍結する水の如く。

太刀を置いた三浦さんの視線が、蛇の目のように

どこか鋭い。


「それは一体、どういう」


「相州正宗が本当の私の名前。展示ケースにもあったけども…あぁ、あと、貴女は私のご主人さま?の子孫…になるね」

 

動揺を隠せない。当時を知らないが、敗戦の時程では

ないだろうか。と思うほどである。


 人や世間、色々あるが、その存在に対しての

 印象、付き合い方が大きく変わる。


 目の前にいるのは私と同じ―。動物学的分類では

ヒトだ。が、正体が刀とは。男子小学生が自分をキャラクターに重ねるように、彼女は―。


 歪む認知、否定を望む脳、なんとか姿勢を保つ体。


「本当…なんですか?」 


「ええ、でなければ貴女の前から消えなかった。

話を戻しましょう。犯人の名前は足利たかし。文化財

窃盗犯…とでも言いましょうか」


 事実の列挙。犯人とその性質。

先程とは弱いながらも、一向に変な酔いは

頭をぐるぐるしている。

  

「65歳で、元学生運動の構成員。最近は活動資金に困っている…よくわからないけど、資金のために私を狙ったと言ったところね。いまは私を携えながら転々としている」


「だから姿を見せなかった。では、今なぜここにいるか。それは私が今、鎌倉市街地の何処かにいるから…と推測される……とかく色々話したけど、実は、お願いしたいことがあるの」 


あっけにとられていたか、三浦さんが気づけば手を

伸ばせば届く距離に。それも太刀の柄に手をかけ

ながら。


「危ないから、この件…私から離れてくれないかな」


 語尾とともに現れた一閃。

少し揺れる体。末端神経の働きとともに

徐々に伝わる痛み。次いで脱力、そして返り血が、

三浦さんを染めた。


 視界を徐々に空が占めていく中で、走馬灯のように

アルバムの写真が、解と共に浮かび上がっては消える。


 あれは源氏山で、祖父で、遥かなる先祖だ。

 

 痛みにあえぐ体。

季節以外に起因して寒くなる体、経験したことのない

痛みと、不思議な死への恐怖。


 乱呼吸と迫る死を感じながら、僅かながらの再会を

喜び。次を所望した。


とおに失われた視界。私は天を仰ぎながら、首に

冷たい感覚を感じつつ、ふと沸いた力を出し切り

言った。


「また、会います…から…!」


そして一瞬の痛みを感じて、私は目を覚ました。

 

難産すぎた

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