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お宮さま  作者: 御鎌倉
5/8

だれしらぬやま

おひさ〜(Twitterで悪魔が流行りし頃)


窓から差し込む日陽の天陽、そして暖気で満たされた

車内。


眠気に襲われ、桃源の夢の世界へ。

当地の湖上に浮かぶ舟のように揺れる電車の座席で、

私は船を漕ぐ。


それを幾度となくぷつぷつと。気づけば残すところ

数駅、首都、大東京のさなかにいた。

 

景観条例により守られた緑の多い鎌倉に比べ、

人工物の木々が織りなす大樹林。その中にコンクリートのハイキング道が雑に整備された街は、あたかも下手な

条坊制…区画整理に失敗した京都のようだ。


そんな多様な生態系を織りなす街の中で、いまや目立つ

ものと言えば、かつての人々が各地から距離の有無問わず拝んだ宮城、そして有名人くらいである。


永遠とも思える水平線、その彼方まで広がる大樹林。

そこを流れる川を渡って、すぐに車内からある程度の

光が消え、車窓の風景は「両国」の文字を表して停止した。


 中途半端で気疎い眠気を、麦藁色のベレーが

蓋をして逃さず、10度という気温の中途半端さは、それらを打ち消すこと能わず。


気温を頼った自分の浅薄さに呆れつつも、

国技館を右手に捉え、続き旧安田庭園の黒板塀を視界に

捉えた。一方左手は隅田川の岸で、延々と均一的で

代わり映えのしない風景が続く。

 

他にも、歩けば様々な言語や方言を耳にする。

まさに狭い静かな小町通りのよう。なにかしらことはなく、まったく味気ない。


今すれ違った同年代の女の子二人だって

関西弁で、その前は壮丁なるロシア語話者だ。

よくある日常と言えばそこまでだが、土地柄ゆえそう

であるだけかもしれない。


変わったことは、つたない英語で狸穴への道案内を

ロシア語話者にし、つかの間の国際交流をした程度で。


 ちょっとばかりの善行と思ったのもつかの間、

途中の小休憩で少しばかり勢いをつけて座った、

座布団を模した椅子のせいで、お尻が痛い。


満身創痍な心を抱きつつも目的地が見えたのは、東京への不満を踏みめながら、5分弱歩いた頃。

 

角ばって殺風景な見た目の色合いが刀剣のそれ。

そう。目的地の刀剣資料館である。


その建物の地味さは、不択手段で言うなれば、水墨画の

よう。現に駐車場をL字に囲う普遍的で、名も知らぬ唯の常緑植物の緑がその風景で映えている。

 

ベレーを脱ぎつつ、館。

外見とは正反対の、温かみのある館内。

暖色系の意匠を凝らした照明と、少々青みがかかった、硝子の種類を知らぬ仕切りのようなもの、他、木目調と灰色のカーペットが混じる床など、初めて見るものばかりだ。


諸事を済ませ、3階へ。展示室は広々とし、

御文庫付属庫の天井を高くしたような。とでも言うべきかそれは、私唯一人故だろうか、心音や装飾の音と一定の

足音などが明らかである。

 

故に一歩一歩、歩を進めるごとに高まる緊張感や高揚感

などは、私の心の隙を埋めるがごとく強さを増していく中、唐傘連判状のような、主役が居ないかのような

配置の展示室で、出会いは唐突だった。

 

則重。目の前に現れたのは突然にして、かつ、大胆な姿。

わたしをはっとさせる、なにか。

それはあの時の、唯一無二の相州伝に酷似している。


鳥肌立てて感動する私。脳の一部が一種の快楽に

溺れる。見入るごとに、三浦さんが近くなる気がする。

鮮明に、姿形や仕草、そして匂いまで鮮明になる。


しかし、だが、そこまでである。明確に

ここにはいない。明らかな事実。


今覚えば、物理的に視界の利く右側。

貴女さえいれば…もっと楽しいだろうに、今はなく。 

気づけば、私は三浦さんを求める。懐かしさと恋情らしきを抱きて、闇夜の心の内を恋の蛍が舞う。


相州伝を見ると、三浦さんを感じてしまう。これが私の

恋煩いかもしれない。


 階段を降りつつの思考の末、気づいたことがある。

やはり、相州伝は…あの太刀や則重などは、私にとって、

特別な存在であるらしい。帰ってきたって感じ…

数日前に北条がそう、ご機嫌斜めで言っていたことにも。


 今までの私を振り返れば…言葉のとおりだ。

今まで、多くの本を読んできた。しかし、忘れていることも多い。ただ、目に焼き付いた知識のみがどんどんと蓄積され、今日、現物経験を積む為に遠路はるばるやってきた。

 

 しかし、それら云々よりも、大切なのは、

それが私にとってどうであるか、ではないだろうか。

家族同然の友人にそう言わせるほど、のめり込むそれが。


 基礎知識は確かに必要だ。ただ、追究の原理とあたつか、前段階の再認識というフェーズが前提。そこを確固たるものにする。緊要の天秤が傾いた。 

 

 ようやく、一階に降りた時、

見落としたと思しき展示室を見つけた。そこには

同年らしき女の子が、微動だにせずケースの前に

立っていた。


よほど好きなのだろうか。じっと眺めている。

時々ため息などを吐くことを思えば、

彼女にとっての淑景舎なのであろう。


 一体何があるのだろうか。

 長丁場に渡って彼女を惹きつけるそれとは。

 

 ありがたきもの。舅にほめらるる婿。

清少納言が枕草子でこう書いたならば、

ありがたきもの。刀にとらわるる女。

 そう日記に私は書くだろう。


近づくけば、部屋が顕になっていく。

どうも製法の展示らしい。 


例の女の子は、姿を固めて、一点をじっと見つめている。横から覗き見たそれは、私にとっても第二の桐壺で

あった。

 

兵庫鎖太刀

 

名前を知るまでは早かった。


今まで見てきたものとはまた違った様式。

かつて大河ドラマで見た…等と愚考を広げつ、

至近に佇んだ。


儀礼用又は奉納用と思われるだけの見た目を備えた

それは、鎌倉国宝館の螺鈿太刀など、装飾の限りを

とは言わないまでも、金色に輝いて。

  

 日本刀が産声を上げた時期からあまり離れていない姿は、あの相州伝の先祖には見えなかった。


「いいですよね、この『こ』」


 不意に話しかけられ、私は豆鉄砲を食らったかのごとく真顔で彼女を凝視した。


「ええ、なかなかに…ご興味が?」


彼女は少し黙ってから、ちぐはぐな答えをしたのち、

口を開いた。


「人並みには…多少なら知識もあります。」

 

さらさらと空也上人像の阿弥陀のように流れ出る知識は、わかりやすく、相当量の裏打ちを示唆した。


話を聞くに、将来は学芸員になりたいらしい。

 ここにきたのは遥々静岡からとのことだ。  


 さんざん話し合って後は、享楽の極みであった。

 そればかりか連絡先も交換したのだ。


帰宅する中の電車でもベッドに転がり込んで後も、

それは抜けきれずに続き、そのまま夢に落ちた。


  

朝、私は得も言われぬ感情を気味悪さ伴って、

バネかのごとく飛び起きた。

 

体表をつらつらと流るる汗と、過呼吸らしきを伴った動悸。人型のと少し臭う染み。

至極、存在しえない状況の記憶にそれは表れている。


大変な私をよそに、社会は今日も尋常だ。

一安心して落ち着いた頃、途切れ途切れな夢を回想した。


砂埃拭きすさぶ若宮大路、その道路の南端近く。

時刻は夕暮れ時だろうか。私は車道の白実線の上に

立っていた。


動かぬ私と、すれ違いに徐々に姿を消す人や車。

 鎌倉湾の西に日が沈み、海には日光が映える。

 見慣れているはずの、平凡にしか映らないはずの、

 美しい光景に見惚れる中、右手から微かな足音。


 そして私は大きく目を見開く。

 

夕陽、それすなわち後光の如く。

呂色の絹のような髪、気品ある仕草を持つ、

博識で、私が恋煩った、罪で穢無き憧れの人。


誰そ彼。問うまでもない。夢にまで見た、いや見ているあの人。


そう。三浦さんだ


 

 

オチ弱い、山場はまさに平地

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