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候補地

作者: ドナルド酒井

イージス・アショアの拠点候補地として、秋田県、山口県、それぞれの自衛隊基地が候補になった、とテレビや新聞で報道があった。地元、と言っているのは、秋田県にある自衛隊基地だ。新聞などの報道には、地元の名称が難読漢字なのか、必ず名称にルビが振られている。正確に言うと、候補地のある自衛隊基地は、川を隔てた隣町の地域で、地元と呼ぶには多少の違和感がある。しかし、自衛隊基地の近くにある高校には、サッカー部の部活の練習試合で何度か訪れたこともあるし、土地勘が全く無い地域ではない。あの土地名を悪い噂以外で聞くのは、地元を離れてから、ほぼ初めてに近い。


イージス・アショアとは、要するに、諸外国からのミサイル攻撃を迎撃する機能を持ったイージス艦の陸上版らしい。最近、日本海を挟んだ大陸にある、2つの共和国が軍事力を増大させており、特に1つの共和国は、自国に不利益が生じる度に、日本海に向けて頻繁にミサイル発射を実施している。この前は、共和国からの飛翔体が日本列島を超えて太平洋沖に到達した影響で、久々にJアラートの警報が発せられた。イージス・アショアは、左記の脅威に対抗するための設備らしい。


秋田県知事、山口県知事、共に、陸自イージスの拠点となることに、反対しているようだ。特に、秋田県知事は、候補地が、中心市街地から15分程度の所にあり、小学校、中学校、高校と教育施設があることから、候補地から外して欲しいとの見解を述べていた。確かに、隣町の自衛隊基地近くには、地域の小、中学校、公立の高校が密集しており、有事の際、何らかの2次被害を受けても仕方のない立地条件である。この公立高校は、学業もさることながら、部活動に力を入れており、野球部は甲子園に何度も出場しているし、特にサッカー部は、全国大会での優勝経験もある、全国でも古豪と呼ばれる存在である。私も学生時代、サッカー部に所属しており、その高校のサッカー部への憧れはあったが、自分がそこまでサッカーの才能が無いことに中学生の時点で気づき、その高校への進学を諦めた。その高校出身の知人から聞いた話では、昔はバスケット部もあったらしいが、当時、所属していた部員が、卒業後、東京に上京、アダルト業界のAV男優として一斉を風靡し、ゴールドフィンガーの異名で巷を賑わし、その絶頂期のインタビューで、なんとなく高校名が分かる受け答えをしたため、高校側が対面を気にして、バスケット部を廃部にしたとのことであった。確かに、サッカー部の他にも、野球部ではプロ野球選手を何人も排出、レスリング部では金メダリストやプロ格闘家を排出、と強い部活は沢山あるのに、バスケット部だけはその噂を聞いたことがなかったことに、合点がいった。また、この高校は、俗に専門高校(商業高校、工業高校など)と呼ばれる高校である。秋田県の場合、高校で進学校に進まない場合は、普通高校に進むよりも手に職をつける意味で、専門高校に進む場合が多く、この高校にも学力が平均よりも高い学生が集まる傾向にある。この高校は、地元からの信頼も厚く、高校卒業後に就職を希望した場合、この高校の卒業生であることが優位に働き、優良な就職先へ就職できる可能性がある。私の知人にも、この高校を卒業した者がいるが、高卒で就職を希望した際、高校から優良な就職先として役所を紹介してもらい、役所に入るための公務員試験の成績も優秀であったため、その役所に入り、健全な収入を得て、現在も社会人生活を送っている。


私の実家は、秋田県の自衛隊候補地の半径10kmに収まる地域に居を構えている。今でも健在な父、母は、地元へのイージス・アショアの設置に、反対のようだ。父は、以前、別件で電話をした際、当時の総理大臣が山口県出身、官房長官が秋田県出身であることから、秋田県、山口県が候補地として選ばれたに違いない、と確信を持った口調で、電話口の私に話しかけていた。


地元を離れて10数年経つが、あの土地にあまりいい思い出はない。私の母の実家が近く、マイホームが欲しく、手頃な値段と場所を探していた両親には、格好の土地だったらしいが、10歳から20歳頃まで、私が住んでいた10年間の間に、商店はほぼ潰れ、本屋も、レンタルビデオ店も潰れた。住民の生活があるので、スーパーはなんとか営業している。何故か居酒屋だけは、中学校の近くに、潰れたコンビニの居抜きで、オープンしていた。私は、法律には詳しくないが、中学校のほぼ真裏に居酒屋があるので、風営法に引っかからないのか、勝手に心配している。JRの駅から徒歩30分のところに、普通科の公立高校があるが、私が実家に住んでいる間、駅から高校までの間に、商店はおろか、コンビニすらなかったと記憶している。あの高校に通っていた生徒は、どこで食料や飲み物を調達していたのか、とても疑問に思う。


住民の気質は、自分より能力の高い者の足を引っ張り、自分より劣る人間を見て気休めとするところがある。誰それが、どこでどうなった、との噂話が耐えない。逆に言うと、人の噂話くらいしか、話題に上がる事柄がない。政治も、文学も、スポーツも、芸術活動も、大きな話題には上がらない。全く生産性が無い土地柄だ。秋田県は全国的に見ても、私立中学校、私立高校の数が圧倒的に少なく、学生は、公立中学校、公立高校に進学するのが一般的とされている。私も特別な思い入れはないので、地元の公立中学校に進学した。地域の子供達が集まる公立中学校で、私は、熱心に勉強した訳ではないが、それなりに学業成績がよく、所属したサッカー部で、最後の大会で県大会準優勝という、それなりにいい成績を収める、俗に言う、文武両道の生徒だったようだ。個人的にその事を鼻にかけた行動はしたことも無いし、むしろ腰が低い態度を取っていたように自覚しているが、周囲からは浮いた存在で、それなりに疎外感は感じていた。私が周囲に合わせ、少しオシャレに気を使い、変形の制服を買ったり、サッカーをするときに、人気サッカーチームのゲームシャツを着たりすれば、お互いの距離は、少しは縮まったのかも知れない。しかし両親が共働きで働いており、特に母親がパートで毎日疲れ切って帰ってくる様を見ていて、標準以上の贅沢品を親にねだる気持ちは、私には起こらなかった。したがって、私は、標準の学生服で学校生活を送り、部活のときは、無地のスポーツウェアで練習に参加していた。私の同級生達も、私の両親と所得はあまり変わらないはずだが、変形の制服なり、人気サッカーチームのゲームシャツなりを、どうやって入手していたのか、私は今でも不思議に思う。周りの同級生の音楽の趣味も画一的だった。私が中学生の頃は、ちょうどヴィジュアル系バンドが流行し始めた時期で、学校での音楽の話題は、それらのバンドに関する事ばかりだった。ロックが好きか、嫌いか、その2択しか、選択肢がなかった。私は、そのバンドの奏でる音楽が好きになれなかった。また、高尚なクラシックは、私には意味が分からない。そのため私は、当時、音楽自体があまり好きではなかった。20歳頃に自分の好きな音楽が、リズム アンド ブルースや、60年代~70年代のブラックミュージックを源流に持つ音楽だと気が付くまで、私の音楽に関する迷走は、止まることはなかった。高校時代、一時期、意味も分からず、海外のラップを聞きまくっていた時代もある。ラッパーのファッションは、お金が無かったのでしていないが、今、振り返ると、ギャングスタのラッパーの背景にある、絶望するしかない貧困や苦しみを理解しないまま、上辺だけラップを聞きまくっていた事に、赤面するような、恥ずかしい気持ちになる。


中学の時に文武両道であったという自覚も、進学した高校で、よりレベルの高い先輩、同級生、後輩と自分を比較することや、大学進学や就職で、東京都、宮城県、静岡県といった違う土地で生活し、異なる価値観を持つ人々と交流することで、跡形もなく消え去っていった。自分は凡人だから、人並み以上に努力しないと、自分が望む結果を得られないことを、外の世界に出てから、骨身に染みるまで叩き込まれた。この土地の住民気質は、自分のコニュニティに関連する人々以外には関心を示さず、人間をまるでモノのように扱う、都会の気質とは、対極にあるものだと考えられる。


そんな土地柄だから、近所に大きな働き口はなく、地元に残った者は、職を求めて、秋田市内へ通勤することになる。以前は、川に架かっている橋が2本しかなく、朝や通勤や夕方の帰宅時、橋の周りで大渋滞が起こっていた。私が進学した高校は、自宅から進学した高校まで、距離にして約10kmの所にあり、自転車で約40分の移動だった。朝が弱い私には、朝40分の自転車漕ぎは、地獄に近かった。雪が降ると、自転車での移動は不可能になるため、JRの普通電車を利用することになるが、雪のため、電車が10分遅れることはよくあることで、酷いときには、1時間以上、電車が遅れていた。その度に、高校に着いては、担任の先生から小言を言われ、私は、遠方からの通学、通勤が、トラウマになってしまった。高校生の頃、父の職場が高校と近かったため、朝、何度も車で送ってもらっていたが、渋滞に毎回引っかかり、非常に息苦しい思いをしたことを憶えている。そのトラウマは酷く、大学に進学して以降、社会人になっても、私は、自分の居住地の第1条件として、大学、会社に近いことを挙げ、最大でも会社から自転車で30分圏内の所に賃貸住宅を借りることにしている。通勤のために早起きする苦行は、もう2度としたくはない。たまたま、大学も勤めた会社も、大都会の中心にはなかったため、賃貸住宅の家賃は、通常、または通常よりも少し高いくらいの範囲で抑えられている。当然、家賃は、自分の給料で支払いができ、その他の生活を圧迫しない金額だ。現在住んでいるとことも、勤務地から自転車で約30分くらいで通えるため、朝、余裕を持って支度をし、会社に着いてからも心穏やかに仕事に取り組んでいる。

あの土地に残って、まともな職にありつける者は、まだマシな方だ。地方創生の真逆をいくように、秋田市内では産業の縮小化が進んでいる。地元に残って、都会と同じくらいの給与水準の職業と言えば、国家または地方公務員、銀行、教師、放送局、伝統工芸品の職人と、数えるくらいしかない。有能でなくとも、職を求めて、土地を離れる者は多い。私もその1人だ。左記に挙げた職業につけず、土地を離れない者は、それなりの職に就き、それなりの人生を歩んでいく。噂話が好きならば、また、自分の自意識や価値観といった、面倒くさい事に気を回さないのであれば、意外と住みやすい土地なのかも知れない。


地元を離れて20年近くになり、唯一、評価できると個人的に思っている事は、美味しい日本酒の酒蔵があることだ。その土地は、いろいろなところから、飲料水として十分な基準を満たす、湧き水が出ていることで、秋田市内では有名な土地である。私が住んでいた頃は、2、3蔵、日本酒の酒蔵があったように記憶しているが、現在、1蔵だけ、日本酒を製造している。他の蔵は、日本酒の製造を辞めて、事業を整理し、賃貸アパートを建てることで、生計を得ているらしい。この日本酒は、非常に飲みやすく、後味もスッキリしているのだが、小さな酒蔵で製造しているため、全国はおろか、秋田市内であっても、居酒屋でお目にかかることは滅多にない。以前、秋田出身の友人と、秋田駅前の居酒屋で飲んだ際、この日本酒を見つけて、私は狂喜乱舞し、何杯もおかわりした挙げ句、前後不覚になり、記憶を失った失敗談を持っている。


ここまで読んで、私が、秋田県全体が嫌いと思われる方もいるかも知れない。しかし、私は、秋田県の事は、どちらかと言うと好きな県であり、自分が生まれ育った県でもあるので、愛着を持っている。ただただ、自分の実家のある地域が、嫌いなだけなのだ。昨今のコロナの影響で、ここ数年は帰省できていないが、私は、実家を出てから、仕事の繁忙期が長期休暇に当たらない限り、最低年1回は、秋田県に帰省している。新幹線を利用して帰省することが多いが、秋田駅に降り立つと、地元に帰ってきた気分にはなる。秋田県は人口減少が激しく、今の人口は、政令指定都市である、千葉県千葉市と同じくらいだ、とよく言われているが、県庁所在地の秋田市にある秋田駅近辺は、一応、商業施設もあるし、徒歩圏内に大きな本屋がある。私が学生の頃よりは、秋田駅前に居酒屋が多くなった気はするが、食事を楽しめる場所もある。食事の種類は、秋田名物の稲庭うどん、きりたんぽ鍋からファストフードまで多種多彩だ。また、私は大学から他の土地に移り住んだ関係で、昼間その辺を通った記憶しかないのだが(同級会などは、秋田駅前の居酒屋で行われることが多い)、秋田市の歓楽街である川反までも、秋田駅から徒歩圏内だ。また、バスで10分ほど移動すると、サッカーJ2に所属するブラウブリッツ秋田がホームスタジアムとしている、八橋という地域に到着する。八橋は、秋田市内の運動施設が集約されており、その他のスポーツも、ここで楽しむことができる。ブラウブリッツ秋田は、今季でJ2に昇格して2年目になるが、10月の時点でJ2残留を決めている。熱心なサポータではない私としても、降格しないだけでも、十分な活躍を見せてくれていると感じている。同じ八橋の地域には、バスケットBリーグに所属する秋田ノーザンハピネスの本拠地としている、秋田市立体育館がある。私はバスケットにそこまで詳しくはないが、プロ化はブラウブリッツ秋田よりも早く、熱心なブースター(サポータ)がホーム、アウェイ関係なく、声援を送っていると聞く。流石にプロ野球チームはないが、東北楽天ゴールデンイーグルスが定期的に試合を行いに秋田にやってくる。この場合は、ナイター設備が充実した、秋田県営球場で試合が開催されることが多いようだ。秋田県、なかでも秋田市は、プロのチームが複数拠点とする、スポーツが盛んな街だ。最後に伝統的な祭りだが、秋田市では、短い東北の夏の間に、秋田竿燈祭りが開催される。ろうそくの付いた提灯型の灯籠を20mはある竹竿を取り付け、頭、手、腰などに乗せて、秋の五穀豊穣を祈る祭りである。私が住んでいた頃は、竿燈祭りの4日間だけ、県外から人が押し寄せ、それは大変な賑わいになっていた。また、当時、個人的な竿燈祭りの見どころとしては、竹竿を持ち上げた際、バランスを取ることに失敗し、持ち手が右往左往した挙げ句、竹竿が電線にぶつかり、電線から火花が散るところを観覧することだった。個人的な見どころはさておき、秋田に住んでいた時は、竿燈祭りは夏の風物詩で、それ以上に珍しい祭りではなかったが、県外で住むようになり、いろいろな祭りを見るようになると、竿燈まつりは、見どころがある、意外としっかりした祭りだったな、と感心させられる。


しかし、そこから在来線や車で、実家のある地元に戻るとなると、毎回、昔の事を思い出して、急に気分が沈んでくる。両親が高齢のため、将来、介護のため、秋田市に戻らなければならない可能性もる。個人的には、家族が暮らしていけるだけの収入を得られる職があれば、秋田市に戻ることに、特別な嫌悪感はない。(配偶者の意見も考慮にいれなければいけないため、私個人の意見だけでは、決定できないが。)真冬の雪は久しぶりだが、秋田市育ちの私は、そのうち慣れるだろう。ただ、その場合でも、実家のある土地には極力近づかず、職場から徒歩30分圏内に賃貸住宅を借りて生活の拠点とし、実家へは、仕事終わり、または週末に顔を出すだけの生活になると思う。小説、実用書、専門書を含めた本全般や漫画が好きで、できれば実物を一度確認してから購入したい派の私としては、近くに本屋もなく、コンビニまで車でいくような実家で、両親と同居する不便な生活には、拒絶反応を示してしまうだろう。


はじめ、私が、地元がイージス・アショアの有力な候補地になったと聞いた時、悪い話ばかりではないな、と思った。イージス・アショアが建設されることで、工事などで地元企業にお金が落ちる。また、イージス・アショアを定期的にメンテナンスする人員が、私の地元に居住し、生活を共にすることになる。その人員にも生活があり、地元の消費が拡大する。すなわち、イージス・アショア建設を起点に、秋田の経済が回りはじめる可能性がある。イージス・アショアは、アメリカ製だから、当然、外国人も居住するだろう。テレビでしか見たことはないが、米軍基地のある、東京の横田、神奈川の横須賀のように、アメリカの文化が秋田の地元に流れ込むかも知れない。イージス・アショアが完成してから10年、20年後に、スカジャンや横須賀バーガーのような、秋田とアメリカの文化が融合した、これまでにない新しい文化か、秋田で芽吹く可能性がある。主だった産業がない地元からすれば、ある意味、有り難い話のようにも思える。


しかし、コロナ対策でもそうであったが、経済を優先して、安全な生活が守られない、そんなことはあってはならない。今回の場合は、前述の公立の専門高校の安全を絶対に守らなければならない。未来のプロ野球選手、Jリーガー、オリンピックの金メダリストが生まれるかも知れない高校が、イージス・アショアの2次被害を被って破壊されてしまっては、目もあてられない。そこで、私なりに、イージス・アショアに反対する方法は何かないか、空想してみた。その空想で思いついたのは、前述のAV男優に地元へのイージス・アショア建設反対の声を上げてもらうことだ。そのAV男優は、レジェンド化しており、30歳以上の男性でお世話になっていない人を見つけるのが難しいくらい、知名度がある。AVの世界を離れて、テレビの討論番組などで、姿を拝見したことがあるが、非常に含蓄のある話をされていたのを憶えている。巷で有名な学校に入学して卒業しなくとも、深い人生経験があれば、人生の深淵にたどり着ける、という好例だ。母校の公立高校との確執はあるかも知れないが、あの方が先頭に立って反対の声を上げてくれれば、少なくとも30歳以上の全国の男性は、みんなこの問題に関心を示してくれる。その熱を上手く取り込み、全国規模での市民運動が各地で勃発すれば、それが大きなうねりとなり、イージス・アショア建設の取り消しを求める社会運動にまで発展できるのではないか、と、勝手に妄想していた。この社会運動のアイコンは、もちろん、そのAV男優だ。ただ、実際に行動したかと言われると、行動はしていない。そのAV男優が個人事務所を開設しており、講演依頼等を受け付けているところまでは確認が取れた。しかし、その後、いつか連絡しなければ、という思いだけが残り、社会人としての日々の業務に追われ、いつの間にか思いは霧散していた。


私が日々の業務に追われている間も、世の中は粛々と進んでおり、イージス・アショアの建設計画も秋田県知事達の反対の声も虚しく、国の関係者から地元住民に対し、秋田市内での地元説明会が開かれることになった。私はたまたま、そのニュースを帰宅後のテレビで見たのだが、唖然とした。画面では、国の関係者と地元住民との真剣な質疑応答が行われていたのだが、中年の男性住民が、質問のあと、一呼吸置いて、怒気を含めた声で、こう言った。


「そこの、後列の一番端にいる人、居眠りするんじゃないよ。こっちは真剣に話しているんだ。そちらも真剣にやってほしい。」


国の関係者席にカメラが切り替わり、指摘を受けた一番端の席の職員を見ると・・・

頭皮が少し薄くなった頭上を前に向けて、確かに下を向いているではないか。地元住民からすれば、イージス・アショア建設反対が大多数を占め、国がどういう経緯で地元を選んだのか、真剣に意見を聞く場であるはずなのに、その緊張感の中で居眠りとは。その説明会の議論の経緯がどういう方向に進んだのか分からない私であっても、流石にその場面には、少し怒りが湧いてきた。国の関係者からすれば、急遽説明会が開催されることになり、連日深夜までその準備に時間を掛けたかかも知れない、もしかしたら、前日、徹夜をして秋田に乗り込んだのかも知れない。でも、居眠りをすることで、そういった努力は全て水の泡になり、地元住民の心は、ますます建設反対に揺り動かされていくのである。今日日、親の庇護下にある、大学生であっても、所属するゼミで教授、准教授に対する発表会があれば、前日は徹夜しても、当日はなんとか体面を取り繕い、その場をやり過ごすことに全力を投じる。つまり、居眠りをしていた職員は、大学生以下のことを、社会人になって実行していることになる。そう考えていると、怒りを通り越して、少し呆れた気分にもなってきた。こんな職員のために、私が苦労して働いた上で納めている税金が、給与として支払われている。細かいお金の流れはよく分からないが、大枠で間違いはないだろう。居眠りしていて給与がもらえる会社は、世の中には存在しないと考えたい。(実際、大企業だと、居眠りをしていても注意されない職場がある、と噂で聞いたことがある。)テレビ画面でアナウンサーとコメンテータがいろいろやり取りしている姿を、私はそんなことを思いながら眺めていた。


居眠りのニュースが流れて数日後、イージス・アショア関連で、さらに驚くニュースが私のところに飛び込んできた。イージス・アショアの候補地は、秋田県・山口県以外にも全国30箇所ほどあった模様だが、その約30箇所から秋田県・山口県に絞り込みをする際、実際の地形を計測して判断したのではなく、Google Mapのデータをそのまま流用して判断したとのことであった。地元説明会の時に、国から提示された資料を見た地元の高校の先生だか大学の先生が、候補地の実際の傾斜と資料に記載された傾斜が異なる事に気づき、国の関係者に質問したところ、データの流用が発覚したらしい。このニュースを聞いて、私は流石に笑ってしまった。今日日、大学生がレポートや卒業論文で、自分の頭を使わず、Googleを含めたインターネットの情報をそのまま転記し、成果として発表したら、間違いなく単位を落とす。酷い場合は、厳重注意の上、留年も有り得る話だ。どこかのデータを流用したのであれば、注釈キャプションをつけて、引用元を明記する。大学でレポートや卒業論文を書いた事のある人間なら、必ず学ぶことだ。私は、理工系の大学、大学院で、それぞれ別々の指導教官の方だが、かなり厳しく指導を受けており、社会人になっても、その指導を受けていた場面を夢に見て起きるくらいには、卒業論文、修士論文の作成に苦労している過去を持つ。引用元を間違えることがあれば、1時間程度、直立不動で指導教官からお叱りを受けても、仕方ない事象である。私は特別、優秀な学生ではなかったが、今日日、大学生でもそのくらいの注意力を持って、論文を作成する。左記が守られていないということは、国の該当機関が、大学生レベル以下の機関であることを自ら晒しているのと同義である。また、公正なデータに基づかない候補地の絞り込みということであれば、まず候補地に秋田県・山口県ありきでスタートし、その2県が適正であることを後付するデータとして、Google Mapのデータが流用された、と地元住民に勘ぐられてもおかしくはないレベルの失態である。国の機関なので、職員は必ず難しい公務員試験を突破して、その職についているはずなのに、高々、大学生レベルで必須のことが実行されていないとは、この国の行政レベルが分かる事象であった。


この事態が発覚した後、国は、イージス・アショアの候補地から、秋田県・山口県の自衛隊基地を一度はずし、白紙撤回して、候補地を再検討することを発表した。その後、イージス・アショア建設に掛かる費用が、当初の予算からかけ離れた額になることが判明、イージス・アショア建設に向けられる国民の目は、更に冷ややかなものになった。最終的には、当時の防衛大臣が、独断でイージス・アショア建設を断念することを国民に向けて発表する事態になった。


世の中、根回りをして摩擦を少なくし、真面目に物事に取り組んでいても、思わぬ障害が発生して、物事が上手くいかなくなることは、多々ある。しかし、最初から投げやりで真摯に物事に向き合わないと、後で取り返しがつかない事態に発展する。使い古された言葉ではあるが、今回の事例は、そんな事を我々に教えてくれる。

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