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クリートとネイトの二人は、少女を抱えて学生寮に戻ってきていた。少女はまだ眠ったままで意識は戻っていない。
少女は教会のシスターが着るような僧侶服を着ていたが、あまりにも汚れていたため、ネイトの手で寝衣に着替えさせた。
少女は小柄で、十歳前後の顔立ちをしていた。
所々がまだ大人になっていないように思える。
栗色をした毛はシニヨンの髪型でまとめられていた。
「この子の意識が戻ったら、まずお風呂に入れてやってくれるかい?」
「はい、ご主人様」
ネイトが頭を下げながらそう答える。
「それと食事だね。この子が落ち着いたらどうするか決めよう」
「確か行方不明で捜索中の子でしたね」
「うん、だけどすぐに警察に相談するのもどうかと思ったんだ。この子が警察を拒むかもしれないしね。それに……」
クリートがネイトの方を向いて柔和な笑みを見せた。
ネイトは主人の言動がわからず首をかしげる。
「出会った時のネイトに似ていると思ったんだ。
だから僕たちでできることを考えて、この子にとって一番いい事をしてあげたいと思う」
ネイトは「そうですか」と答える。
ネイトに微笑んだ後、クリートは「おっとそうだ」と何かを思い出し、机に置いてあった金色の大きな懐中時計を手に取った。
それをネイトの前に出す。
「ネイト、時計を持っていなかっただろう。これをあげるよ」
「よろしいのですか、これほどの大きさのものを」
「うん、僕は別の懐中時計を持っているからね」
手渡された懐中時計はネイトの手のひらよりも大きなサイズであった。重さもそれなりにある。「大きくてわかりやすいだろう」とクリートは言葉を付け足した。
「ありがとうございます、大切に使わせていただきます」
ネイトは深々と頭を下げ、メイド服の胸ポケットに懐中時計をしまった。
「この子が目覚めるまで待つことにしよう。紅茶を入れるよ、ネイトも座ってくつろいでおいて」
「恐れ入ります」
同時刻、クリートの学生寮前。
「あれはここにいるのか?」
コートを羽織った男がもう一人の男に聞く。
「あぁ、間違いない」
もう一人の男がそう返事した。
「よし、しくじるなよ」
鉄の仮面を被った二人の男は同時にうなずくと、学生寮の中に一歩ずつ慎重に足を踏み入れる。二人の男の手には小型の拳銃が握られていた。
(今日の授業はサボりだねぇ……)
そう思いながらクリートは紅茶をすすった。
少女を助けた以上、身元がはっきりわかるまで付き添ってあげたいというのがクリートの今の気持ちであった。
授業を休むと、作成したレポートの件で多くの同期の人たちに迷惑をかけてしまうが、それは仕方のないことだ。事情を説明すればわかってくれるものと信じたい。
祖父メキングのことで頭がいっぱいなため、正直なところ大学院の事は後で考えることにしていた。
少女が目を覚ましたらどこの子なのかを聞いて、問題がなければ警察に引き渡す。
その次に祖父の行方を追うため、心当たりのある場所を手当たり次第に探す。
(じじい……)
祖父メキング・ウェルス・ジェインは巻車工場の代表取締役だ。
巻車の文化は今や世界中に広がっており、先進国を中心に文化が浸透しつつある。
その動きの始導者がメキングであり、世界中に多くの知り合いがいる。
メキングとはクリートが家にいるときにはよく食事を一緒にしていた。
「海外出張」と称して数か月間家に帰らないことも多かった祖父であるが、あのような手紙を送ってくることは一度もなかった。
だが、今回は送られてきた。
それがクリートを逆に不安にさせる。
祖父が消えてしまえば、巻車文化そのものが止まってしまうような感覚をクリートは持っていた。それほど祖父の存在感は大きく、世界に必要とされている。
「家に巻車通話機をかけてみるよ。その子を見ていてくれるかい?」
クリートが立ち上がりネイトにそう言った。ネイトは「はい」とうなずく。
巻車通話機は学生寮の共用スペースに置かれており、一人五分までしか話せないという決まりがある。とはいえ、今は平日の昼間であるし、多少長く話しても問題はないだろう。
家に祖父から何か連絡があったか確認してみようと、クリートは自室のドアに手をかけようとした。その時、コン、コンとノックの音が響いた。
「?」
クリートは誰だろうと思いながら、ドアを開ける。
「その子を渡してもらえるかね」
「ッ!?」