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私がご主人様に命を救われたのが十年前だった。
それからジェイン家のメイドとして働くことになり、そこで多くを学ばせてもらった。
学問、武術、知恵、知識、従者としての心得、そして生きるための術……
ご主人様が手を差し伸べてくれるまで、私は生きることで精いっぱいだった……と思う。
思うと言ったのは、理由がある。
私はジェイン家のメイドになるまでの記憶がほとんどない。
記憶の代わりにあるのは私の全身にある多くの傷。
何をしていたのか、何をされていたのか、どうしてこうなったのかもわからない。
身体を売っていたのかもしれない。
実験台にされたり拷問を受けたりしていたのかもしれない。
もしくは争いに自分から望んで足を踏み入れていたのかもしれない。
社会的地位も最底辺。
いつ死んでもおかしくないような私に、ご主人様は手を差し伸べてくれた。
衣食住を保障してもらい、全身の傷を治せるお医者様を紹介していただき、それに収まらず私のことをご主人様は気にかけてくださっている。
この眼鏡もご主人様からいただいたものだ。
顔の傷は以前と比べてほとんどなくなったが、それでも傷跡を見られないようにごまかすためとご主人様からいただいた。
ご主人様にはこれ以上ない感謝と恩がある。
ご主人様のためならばいつでもこの命を差し出すことだってできる。
そう思っているけれども、
ご主人様はまだ私に感情が戻っていないからそれを取り戻そうともしてくれている。
おそらく記憶を失くした時に欠落したのだと考えているけれども。
そこまでしてご主人様に何の得があるのだろう。
私はそこまでしてもらえて嬉しいのだろうか。
まだ私の感情が薄いため嬉しいのかどうかははっきりとはわからないけれども。
少なくとも、私はご主人様に感謝している。
それだけは間違いない。