(13)
辺りを取り囲む壮大で美しい景色など、今は何の慰めにもならなかった。
そして、精霊達の様に宙に浮かんで移動できている自分を気にする余裕もなかった。
「お母さん助けて! どうしたらいいの!?」
声は大きく反響する。
肝心の飾りも母の姿もあらず、まるで閉じ込められた様で涙が溢れだす。
こんな事なら漁船に残るべきだったと、後悔が震えと体温の冷えに変わって襲いかかる。
「どうしていなくなっちゃったのよ!
どうして私を、世界を、置いていったりなんかするのよっ! ねぇ、お母さ――」
冷たい何かが唇をそっと止めたと同時に、息が細く漏れる音が騒ぎを静めた。
不意に目の前に現れた母の指先が離れても、フィオはもう大声で騒ぎ立てる事はなかった。
声を絞り出すよりも、涙ばかりが零れ落ちる。
母は、仄かに緑の香を含んだ穏やかな潮風に、同じ黒い髪を靡かせていた。
肌や身体を守る鱗や鰭は、シャンディアそのものだ。
そして一族の筆頭ならではのものか、シャンと同じ鏡のマントが背中を覆っている。
フィオは共に宙に浮かぶ母に自分が重なり、目を奪われていた。
すると、母の頭の部分の物足りなさに気付き、飾りが脳裏を過ると、母の手を両手で強く握った。
「お母さんの大事なものを失くしちゃった……助けて、私どうしたらいいのっ!?」
母は、困惑して泣きじゃくる娘の頭を撫で、そのまま鏡の涙を拭ってやる。
そして再び、落ち着けと言わんばかりに細い息を漏らした。
母は胸が痛くてならなかった。
自身の選択が、目の前の事態を引き起こしている。
知った上での決断であり、謝罪の言葉を安易に口にできなかった。
「フィオ」
耳から胸に真っ直ぐ流れ落ちる優しい声を、ずっと前から知っていた。
海からも、夢の中でも聞いてきた勇気をくれる言葉を、その声で送り届けてくれていたと確信すると、顔が崩れてしまう。
「痛いのは大地も同じ……神は、とんだ過ちを犯した……でもそれは、人も同じ……共に始めたのだから、共に終えねばならない……」
涙を呑むのに精一杯の娘の額に、母は自らの額を当て、静かに続ける。
「先を見なさい……貴方や、貴方の大切な仲間達と共に。そして拓きなさい、未来を……見えるものだけに囚われるのではなく……」
ぼやけた優しい声が止まると、フィオは漸く落ち着きを取り戻して母を見つめる。
その微笑みが嬉しく、胸を擽られた。
触れられると冷たいのはミラー族だからであっても、確かな安心感がある。
その温かさが、頬に触れた母の唇からも伝わってくる。
「大丈夫」
母の顔が勇ましくなると、瞳を強い白銀に灯し、鏡の双眼にフィオを綺麗に映し出した。
「愛を繋げなさい、痛みや苦しみではなく。
赦しなさい、そうされてきた様に」
代表作 第3弾(Vol.2/後編)
大海の冒険者~不死の伝説~
シリーズ最終作
2025年 2月上旬 完結予定
Instagram・本サイト活動報告にて
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インスタではプライベート投稿もしています
その他作品も含め
気が向きましたら是非