(3)
敵は漁船内に着くや否や襲撃にかかる。
ビクターは状況を整理できないまま、とにかく逃げ回った。
身体に飛びかかろうとする敵達を、床を転げて躱していく。
その時、同乗するカイルに激突するも、石の様に動かない彼は倒れもしない。
衝撃に顔を歪めながら走り続けていると、端に置かれた樽や漁具類が纏まった木箱が目に留まる。
それらを激しく後方に投げつけた次の瞬間――傍にいた黒い陽炎が、投げ飛ばされる其々の物資に糸の様に絡みつき、そのまま、迫りくる敵達に次々と衝突していく。
いとも容易く弾かれた敵達は、怒号を上げながら道具類を激しく退かし、脇に飛散させた。
そこへ
『撃て!』
聞きつけたビクターは止まった。
確かに知っているその声は、邪魔な震えを取り除いていく。
黒い陽炎の言葉に誘導された両手がピストルを握った時、目と鼻の先に迫る敵達の顔を狙うと、引き金を数回引いた。
連続的に放たれた白銀の閃光が瞬く間に相手を打ち抜いた時、ミラー族の術が脳裏を掠める。
閃光を受けた敵達は、鏡で覆われた様に銀に染まると亀裂音を立て、粉砕しては煌びやかに散って消えた。
しかし、間髪入れずに黒い陽炎がビクターを包む。
ビクターが動揺するのも束の間、まるで厚い鉄と鉄どうしを激しく打ち鳴らした様な音が鳴り響いた。
「ビクター!」
髪と服が激しく靡くところに飛び込んだフィオの声に、はっとする。
高波の飛沫が肌を濡らし、周囲は床を這いつくばっていた。
だが、この様子に違和感を覚えたのは周囲も同じだった。
ジェドは陽炎の接近を海洋生物達から受け取り、その気配を実際に感じていた。
片やシェナが漁船の向きを変えるところ、他の皆はジェドの指示に沿って身の安全の確保に努めた訳だが、来る筈の陽炎はどこにもいない。
倒れかけていた見張り台はというと、何事もなかったかの様に垂直を保ち、亀裂すらなかった。
それが断たれる事を全員が認識していた筈だというのに、今や誰もそれを気にする事なく、陽炎の行方ばかりを気にしている。
この事態にビクターは、周囲とは違う違和感を覚えた。
皆は、各々の一瞬の動作の内に何が起きたのかと眉を寄せる。
先ほどまでなかった筈の漁具や樽が辺りに散らばり、破壊までされていた。
3人は訳が分からないまま見渡していると、ビクターの立ち位置に声を上げる。
「いつ、そんなところに!?」
奇妙な事に、ジェドとフィオの目の前にいた筈の彼が、数メートル離れた船室扉を背に立っていた。
ビクターは慌ててピストルの側面を見る。
理解不能な部品に混ざるのは、数字のゼロが1つの点を挟んで3つ並ぶ光景だ。
神々の眼の様に光って浮かび上がるそれに、首を傾げる。
そして、この状況を元に、目の当たりにした空間を振り返った。
どうも皆は、自分が陽炎を撃ち消した様子を捉えられていない。
何もかもが動かなくなったあの空間は、何らかの動きを止めたのだろうか。
石の様になった皆の様子からすると、命を止めたという事だろうか。
何にせよ、引き金を引く事で一時的に何かの流れを止められるのかもしれない。
代表作 第3弾(Vol.2/後編)
大海の冒険者~不死の伝説~
シリーズ最終作
2025年 2月上旬 完結予定
Instagram・本サイト活動報告にて
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その他作品も含め
気が向きましたら是非