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*完結* 大海の冒険者~不死の伝説~  作者: terra.
第四話 だから 必要だった
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(20)




※1580字でお送りします。







 幼児が声を上げると、陽炎を振り向かせる。

とはいっても、透けた身体は振り向いたというより、2つの光が、揺らめく陽炎の中で少しばかり手前に移動したというべきか。




 ビクターはこの時、陽炎に異変を見た。

先ほどよりも小さく、消えてしまうのではないか。

そう思うほどに足が落ち着かない。

今までに見てきた陽炎よりも圧倒的に違うのは、どうしようもない悲しみと、優しさを感じるところだ。

コアの赤い眼光とは違って穏やかで、鋭くなく、視線が合っている様な気がする。




 陽炎がまた高く伸びると、幼児は両腕を伸ばした。

ぐんと背伸びをし、求めている。

だが陽炎は、抱き上げるのではなく、幼児の向きをあっさりと変えてしまった。

そして、その先に広がる眩い朝陽が射す方へ、ゆっくりと小さな背中を押し進めた。




 ビクターは、朝陽に向かって不本意に進んで行く。

押す力は強いが、転ぶ様子は全くなかった。

ところで、そこに横たわる女性はどうするのかと振り返るも、背後は暗闇でしかない。




 戻りたい。

その衝動が全身を叩き上げ、背後の闇の壁に体当たりする。

離れたくなかった。

置いてけぼりにしたくなかった。

そのままそこにずっといたかった。

自分は抱えられて守られていたというのに。

まだ、その人を抱き締め返していないのに。




(母さん!)




涙に濡れた叫びは、外から響き渡る鈴の音に柔らかく掻き消される。




 サラサラと、リーンリーンと聞こえるにつれ、幼児の笑い声がコロコロと響いた。

その間、陽炎が小さな身体に優しく這って消えていく。

まるで、大気に溶けていく様だった。




 ビクターは笑い声を聞きつけると、幼児が見る景色に縋る様に覗く。

ざわついてならない胸は、笑い声に包まれていった。

次第に擽ったくなり、笑いたくないのに、泣き顔に笑顔が滲みだす。

身体と心境の相違が気持ち悪い。

なのにまた、笑ってしまう。

陽炎に背中を押されているのが楽しく、嬉しかった。

そして、歌われる様に聞こえる鈴の音に合わせて、小さくコツコツと何かが胸を叩く感覚に陥る。

何もない胸に手を当てても、そこに落ちるのは涙だけだった。

どう状況を整理すればよいのかと、大きく顔を上げる。




 そこに見たぼやけて揺れる世界は、あの日見た夢と全く同じものだった。

視界が左右に揺れ、倒れかかるのを背後から支えられているのが分かる。

それが心地いいから、自然と笑みが溢れてしまう。




 違う。

自分は今、悲しくて腹立たしいのだと首を激しく振った。

幼児を振り向かせ、母の元へ引き返したい。

だが、人の声がし始めた。




「子どもよ! こっちに来る!」




 幼児は瓦礫を踏みしめ、目の前の人だかりに向かって歩き続ける。

近付くにつれて騒ぎが増し、沢山の大きな手が伸びてきた。

その中から、1人の高齢者が迎え入れる様に両腕を広げた。

同じ様に怪我を負い、汚れた衣類を纏う彼は、青い目を見開いているのがやっとだった。




 ビクターは長老だと声を上げ、自分に気付いてもらおうと壁を叩く。

だが、手足も喉も限界に達し、整わない気持ちに心が潰れそうだ。

先ほどから自分を押している陽炎を、皆によく見てほしい。

背後にいるだろうと訴え続けるのだが、その周りにいるマージェスもグレンも、カイルやレックスも、アリーすら、陽炎に反応を示さなかった。




 幼児はやっと大人達の手が届くところにまで辿り着くと、足を滑らせたか――否、背中を大きく押されると同時に、ビクターは確かに聞いた。




“行け”




 ビクターは、実に温かいその声に涙を拭われ、困惑する心が包まれていった。

そして、大きくて分厚い腕の中にすっぽりと落ちた感覚がした時、暗闇を振り返る。

と、幼児もそこを向いた。




 世界の悍ましい姿が陽光に照らされるだけで、何もない。

陽炎はおらず、グリフィンやレオでもない、存在感がある別の誰かの声だけが、心の奥底に残った。

そしてそれは、最後、消えかかる声で追いかける様に“ビクター”と呼んだ。




挿絵(By みてみん)









代表作 第3弾(Vol.2/後編)

大海の冒険者~不死の伝説~

シリーズ最終作


2025年 2月上旬 完結予定


Instagram・本サイト活動報告にて

投稿通知・作品画像宣伝中

インスタではプライベート投稿もしています


その他作品も含め

気が向きましたら是非




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― 新着の感想 ―
すいません、先程、似ていた回想のキャラを間違えてシェナと言っていましたが、正しくはジェドでしたm(__)m
どうもです! ビクターの回想も悲しかったです( ;∀;) すぐ横に母親が居たのに助けられなかったどころか声も届かなかったなんて( ω-、) 陽炎が近づくにつれ幼児が進んでいくところはヒヤヒヤしました!…
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