(19)
ビクターは声に肩を弾ませると、反射的に胸を押さえる。
視界の先に現れた細長い大きな影に、鼓動が速まった。
射し込む光を背に受ける誰かは、真っ黒な影の柱になって分からない。
不思議な事に、それから逃げたいなどとは一切思わなかった。
ずっと待ち続けていた誰かの様な気がして、見えない壁に両手を貼り付けてでも見入ってしまう。
幼児はその影に夢中で両手を伸ばし、足元を全く気にしなくなった。
影が近付いてくるにつれ、幼児の視線は上がっていく。
ビクターは自然と見上げる状態になると、喉を詰まらせる。
向かいくるのは影ではない。
その、透き通って揺らめく大きな姿は、ここに転落する前にキューブ内で見たものと同じ、黒い陽炎だ。
淡い水色の光を2つ灯しており、時に、灰色や黄金色が混ざる青色に変わったりと、水色を基調に変化を見せた。
まるで目玉の様なそれに、吸い込まれそうになる。
だが何をするか知れないと、それから幼児を遠ざけたくなり、その場を叩きつけて気付かせようとした。
それでも、こちらの合図に幼児や陽炎が反応する事はなかった。
陽炎は声を上げる幼児を横に、ふわりと小さくなる。
透けた物体を通して瓦礫の地面が見えた。
背が高くて細い形から、今は丸い岩の様になっている。
そこから、細長い陽炎が地面に伸び始めた。
よく見ると手の形をしており、撫でる様な動きをする。
手は、1つ、また1つと瓦礫を力無く退け始めた。
幼児は自らの両手を弄りながら、その様子をじっと見守っている。
ビクターもまた同じ様に見つめていると、その下に何かがあると察した。
胸が徐々に熱くなり、動悸が激しくなる。
そこは、先ほど自分が這い出た場所だ。
何かがまだ埋まっているのだろうか。
だとすれば何があるのかと、思考が勝手に速まり、焦ってしまう。
共に瓦礫を退かしたくてならず、幼児を動かそうと辺りを叩いた。
尖った瓦礫はコンクリートの破片だろうか。
血痕が付着するそれを、陽炎が力無く落としたのが最後だった。
露わになったのは、半眼を開いて俯せになった女性だった。
陽炎は優しく彼女の背中に触れると、撫でる手を止めないまま、頭と思しき部分を垂れる。
折れた様な姿は、なかなか元の姿勢に戻らなかった。
ビクターの頬にふと、涙が伝う。
そこから這い出ようと踏ん張った際に、柔らかいものに触れた事を思い出した。
その感触が、拭っても拭いきれないほどに両手に残っていた。
微かに温かかったのは、彼女の体温だったのだろうか。
今は、この場に積まれている瓦礫と同じ様に固く、冷たくなっているに違いない。
自分はその人に包まれていたのだろう。
ならば今すぐにでも、この腕で包み返したかった。
早くそこへ行けと、ビクターは幼児を内側から暴れる様に叩き上げた。
代表作 第3弾(Vol.2/後編)
大海の冒険者~不死の伝説~
シリーズ最終作
2025年 2月上旬 完結予定
Instagram・本サイト活動報告にて
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インスタではプライベート投稿もしています
その他作品も含め
気が向きましたら是非