(16)
「無理だ、突き落せ! こっちが死んじまう!」
オールが飛んだ矢先、横から割り込んだ別の同乗者は、狂暴化した男性の頬を1発殴った。
男性はバランスを崩し、半身を海に沈めたものの、筏についた片手で再び身を持ち上げる。
そして片足を乗り上げた時、腰を抜かしていたエドと、オールを振ったカイルを掴みにかかろうとした。
その爪から滴る銀の液に、人々は悲鳴を上げる。
男性の耳には、それらが緩やかに脳内に響き渡っていた。
抗う人々の腕など容易く躱せてしまう。
どの動きも極めてスローに見える灰色の視界を、豹変した獣の瞳を通して見ていた。
そこへ、真横から力強い攻撃を喰らった。
太い両腕が男性に絡みついたかと思うと、そのままボートに弾き返されてしまう。
ジェドはその衝撃を受けて跳ね上がった。
全身の痛みと振動の恐怖に身を縮める。
外では赤ん坊の自分の激しい泣き声が響き渡った。
それに焦り、痛みを堪えて外の様子を見ようと飛び付く。
父がボートに戻ったが、またしても人々に襲いかかろうと中腰になり、威嚇の声を放った。
ジェドはその光景に声を失う。
人間からかけ離れている父の姿が、自分自身と重なった。
止めろと何度も声を枯らして叫ぶのだが、更なる揺れが伴うと、涙で霞む視界に別の誰かが割り込んだ。
男性は懲りずに筏に飛び移ろうとする。
それを見兼ねて止めようとするのは、先ほど男性をボートに突き返した恰幅のいい者だ。
相手の両肩を掴み、ボートで押し合いになっている。
「離れろマージェス! その液体に触れん方がいい!」
エドの叫びを横に、加勢しようとボートに足を掛けたのは、カイルとレックス、そして相手を殴ったグレンだ。
4人がかりで、猛り狂う男性を落ち着かせようと掴み合いになる。
だが男性は牙を剥くと、カイルの首筋を狙った。
ジェドは激しくその場の壁を蹴っては、涙声で吠え飛ばした。
(止めろーっ!)
懇願に被さる様に、1発の乾いた破裂音がした途端――大きな何かが海に落下する音が通過する。
耳を塞いで眩んだジェドは転倒した。
爆音は聴覚を狂わせるほどだった。
そしてこの音の事を、今聞くまですっかり忘れていた。
幼少期に見た夢でよく聞いていた、当時は例えようのなかった音だ。
そして焦げ臭さが鼻の奥に流れ込んでくるのも、全く同じだ。
ジェドは恐る恐る顔を上げると、震える手を闇の壁に当てて外を覗う。
横揺れするボートの中で、赤ん坊の自分の泣き声が響き渡っていた。
そこにはもう、島の人々を襲撃する父はどこにもいない。
ただ、代わりに目に飛び込んだものに青褪めた。
全身から血が抜き取られた様な感覚がする中、海面に銃口を向けたマージェスが鮮明に浮き上がる。
脳が状況を整理した瞬間、身体が崩れ落ちた。
(おっちゃん……父さんは……?)
闇に閉ざされかける手前、マージェスもまたその場に崩れ落ちた。
代表作 第3弾(Vol.2/後編)
大海の冒険者~不死の伝説~
シリーズ最終作
2025年 2月上旬 完結予定
Instagram・本サイト活動報告にて
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インスタではプライベート投稿もしています
その他作品も含め
気が向きましたら是非