(14)
だが男性は、子どもが再び泣き声を上げても振り向こうとしない。
瞬きもせず、そこら中に視線を細かく這わせている。
耳を研ぎ澄ませ、ボートの縁を掴んで身を屈めていく。
音という音に集中するため、一時的に子どもの存在ごと頭から掻き消していた。
そこへ大きく身を捻る。
遠くで聞きつけた騒ぎに一点集中すると、狭い範囲を舐める様に凝視した。
そして鼻をひくつかせた時、潮の匂いと、離れた被災地の臭いに混ざって人間の香りを嗅ぎつけた。
向かい来る筏は簡素で、単に大きな瓦礫を浮かべただけのものだ。
男性は、その上の人だかりに身構えると、呪いの血が騒ぐとオールを握った。
「おーい! 大丈夫か!? 怪我は!?」
気にかける声が押し寄せる。
まだ遠いそこから放たれる彼等の声は、男性にしてみれば目と鼻の先で叫ばれている様な感覚だ。
怪我人を含めた複数名を乗せた不安定な筏からは、血の臭いと、辛うじて集めた食料や物資の匂いがする。
こちらの無事を気にする人間達がそこまで近付いてくると、男性は僅かに唸った。
筏に乗る1人の高齢者は、それを見逃さなかった。
彼は、知り合ったばかりの者がボートの男性に声をかけるところを止める。
「おかしい」
その一言がその場の皆を黙らせた。
ボートの男性とは目が合うものの、話す様子がない。
ボートの縁を掴む両手は見るからに強く、身を捻った体勢で片膝を立て、上体は前傾になっている。
「おちつけ、怪しいもんではない。わし等は何もせん」
ジェドはこの時、外の騒ぎを共に感じていた。
仰向けになる自分の視界には毛布が半ば被さり、空の半分しか見えないのだが、聞き覚えのある声を確かに聞きつけた途端、自分の居所を伝えようと壁を叩く。
男性は一切の瞬きもせず、更に身を屈め、筏の人々が警戒を始めた事を感知した。
だが、ここからは逃げられない。
互いに弱っているとはいえ、強さはこちらが圧倒的だと、機会を更に探る。自身もまた腹が減っており、食料に鼻と目を引き付けられる。
「おい、子どもがいるのか!?」
ボートに近付くにつれ、1人の青年が赤ん坊の泣き声を聞きつけた。
それでもボートの男性は、態度を変えない。
「……聞こえておらんのかもしれん」
先ほど待ったをかけた高齢者が慎重に呟く。
冷静に分析するところから、まるで異変に向き合う事に慣れている様だ。
「聞こえてないだって? どういう事だ、エド」
この会話の最中にも、筏とボートの距離は縮まっていく。
エドと呼ばれた高齢者は胸騒ぎがした。
聞こえない者ではなく、聞こえなくできる者ではないかと、過去に耳にした事件から仮説を立てた。
代表作 第3弾(Vol.2/後編)
大海の冒険者~不死の伝説~
シリーズ最終作
2025年 2月上旬 完結予定
Instagram・本サイト活動報告にて
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インスタではプライベート投稿もしています
その他作品も含め
気が向きましたら是非