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*完結* 大海の冒険者~不死の伝説~  作者: terra.
第四話 だから 必要だった
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(12)




 男性の朽ちた黒いトレンチコートには、砂埃が多く付着している。

ボートの縁に顔を突っ伏しており、深い呼吸を繰り返しているのが、背中の上下で分かる。

疼く足をそのままに、乱暴にボートのそこら中に感情をぶつけた痕があった。

そうせずにはいられないのか、或いはそうしなければ、幾分でも正気を取り戻す事ができないのか。




 それだけ荒ぶった事で、共に乗る子どもが落ち着かなかった。

ボートの舳先の辺りに、砂埃に塗れた毛布の塊がある。

その中から、甲高い泣き声が溢れていた。




 男性がそれに振り向く。

汗だくになった顔は、未だ獣の様な表情を浮かべているが、激しい血の巡りは治まった。




 ジェドは、泣き声がする中で困惑しながら男性の顔を見上げる。

眼の色が淡い茶色に変わっていく様子から、彼が先ほどよりも落ち着いたのが分かった。

何故かその顔に触れてやりたい衝動に駆られ、手を伸ばそうとする。

頬に触れ、首に腕を回したくなる。

なのに両手は思う様に動かず、意識に反して小さく揺れるだけだ。

何故その様な動きが生じるのかと、疑問に眉間が寄る。




 男性は震える腕で子どもを抱き上げると、痛みに顔を引き攣らせながら、もう片方の手で毛布を退け、小さな顔を露わにさせる。

自分の腕に余裕をもって収まるその子の身体は、生まれたばかりに違いない。




 男性は惨事によって顔や頭にも傷を負っていた。

額の流血が細く肌に伝うと、力無く拭う。

その拍子に、目にかかる銀髪が先端から茶色く変わり始めた。

体温が下がり、トレンチコートの隙間に余裕ができていく。

変化していた体格が、みるみる元に戻っていった。




 震える瞳が徐々に濡れていく。

視線は抱える子どもから、何もない大海原に向いた。

輝きを届ける太陽以外に何もない。

皮肉にもほどがある景色が告げるのは、無だ。




 その時、大きく背後を振り返る。

何かが押し寄せる気配がした数秒後、余震がボートを揺らした。

離れた陸地が沈む音がする。




 ジェドの顔は強張っていた。

気付けば子どもの泣き声は止み、忙しない鼓動の音が、どこだか分からない闇の空間に大きく鳴り響いている。

先程の両手の不自然な揺れも止まっていた。

そこへ、生臭さを嗅ぎつけた。

明らかにその男性からだと察すると、眉を寄せては再び状況を観察する。




 虚ろな目を浮かべる男性は、子どもを胸に押し付けたまま呆然と水平線を眺めている。

そしてふと、トレンチコートのポケットに手を入れた。

(おもむろ)に持ち上げられた手元から紙の音がする。

いつから手にしているのか、すっかり脆くなり、そこら中が破れていた。




 数回振られて広がったそれは、数えきれないほどの折り目がついている。

くたびれたそこには“MISSING PERS(失踪者)ON”とあった。

皺と染みに塗れ、もはや誰を探してほしいのかが分からない。

印字も崩れて穴だらけのそれは、目に捉えられないほどに細い繊維が運よく繋いでいるだけだ。

血痕らしきものに泥水の染みが覆い、惨事の留めを受けたのだろう。









代表作 第3弾(Vol.2/後編)

大海の冒険者~不死の伝説~

シリーズ最終作


2025年 2月上旬 完結予定


Instagram・本サイト活動報告にて

投稿通知・作品画像宣伝中

インスタではプライベート投稿もしています


その他作品も含め

気が向きましたら是非




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