(4)
「着けるにはまだ大きいな」
オルガの髪飾りは赤ん坊のフィオの顔ほどあり、重さもそれと同等だ。
アランはそれに口づけると、フィオにもそっと触れさせる。
それから、寂し気に落ちたプルメリアの花を小さな耳に挿した。
「馬鹿な親を許してくれ……この世界と共に……お前には、長く生きて貰いたいんだよ……」
フィオは、それはこちらも同じだと言うのにと、拳をどこか分からない所に叩きつけた。
アランは目を見開く。
フィオの小さな手で胸を叩きつけられると、そのまま指先が頬に伸びてきた。
フィオは、小さな身体の中で涙しながら、息を荒げて手を打ちつける。
その動きは、父の頬を何度も叩いた。
「こら、痛いじゃないか……さぁ、そろそろ向こうに戻らないと……」
フィオは父に手を掴まれると、空との距離が近付く。
それに気持ちが徐々に鎮まるにつれ、父の動きを見守った。
アランは膝下まで海に入ると、手にしていたオルガの髪飾りを改めて見つめる。
彼女が消えた時、娘とこれに触れる事。
その約束を果たした今、次にする事は――
(頼んだよ……)
大して力を出せないながらも、遥か遠い沖に向かって投げた。
それは陽光と水面の光を受け、昼間の流星を彷彿とさせながら音もなく海に消えてしまう。
それからの時の流れは一瞬だった。
フィオは父の動きに揺られ、ボートに揺られ、東の島に帰っていく。
その間、視界はずっと父の顔と空模様が続いた。
時折見下ろしてくる父は、必ず笑顔だった。
へんてこな顔をして笑わせてきたりもしてきたが、それを心から楽しむ事などできなかった。
聞きたい事が山ほどあるというのに、赤ん坊の手を通じて触れるのがやっとだった。
何も心地よくないのに、赤ん坊の自分は瞼を閉ざしてしまったのか、視界は闇に包まれた。
そして遠くから、ほんの微かだが、何度も名前と愛を囁かれた。
程良く身体を叩く大きな手から、温もりが伝わってくる。
その揺れと温度が徐々に和らぎ、やがて動かなくなった時、フィオはやっと次の景色を見た。
(お父さん……? お父さんどこ!?)
真っ暗で寒さに覆われたここは、火が途絶えた家の中だった。
フィオは木の匂いを嗅ぎつけた途端、目を凝らすと、天井に杢目を捉える。
しかし父の顔が見当たらず、忙しなくそこら中を叩いて確かめた。
(お父さん!)
速まる鼓動に恐怖が増し、焦りが込み上げる。
押し寄せる不安は一気に涙に変わると、どこにいるのかと、父を求めて叫び続けた。
その叫びはいよいよ赤ん坊の泣き声に変わり、家中に響き渡る。
泣いても泣いても状況が変わらず、フィオは自分の幼い声に耳を塞ぎ、蹲る。
こんなに酷い夢は初めてだった。
一刻も早く醒めろと、疲れ果てた手を耳に当てたまま、今度は両足でそこら中を蹴る。
そして力も尽きかけようとする頃、多くの駆け足の音が飛び込んだ。
フィオは身体を激しく揺さぶられたかと思うと、浮遊感を得る。
誰かの温もりと焦りを感じた途端、見えたのは、涙を流すアリーだった。
後から、父や母の名前を呼びながら、何があったのかと騒ぐ島の皆の声が押し寄せる。
フィオはその場で反射的に身を起こすと、目にしたのは、寝床の壁に背を預けたまま目を閉ざし、ぐったりしてる父だった。
わざわざ触れなくとも分かる。
明らかに固く冷たくなっているその姿に、フィオは喉が裂けんばかりに泣き叫んだ。
泣き叫ぶ事しかできなかった。
代表作 第3弾(Vol.2/後編)
大海の冒険者~不死の伝説~
シリーズ最終作
2025年 2月上旬 完結予定
Instagram・本サイト活動報告にて
投稿通知・作品画像宣伝中
インスタではプライベート投稿もしています
その他作品も含め
気が向きましたら是非