(3)
「でも、友達がいるから……守ってくれる強い仲間が、フィオにはちゃんといるから……だから、大丈夫なんだよオルガ……この瞬間が残酷でも、未来はそうじゃない……今度こそ、愛がある世界になるように願う君の選択は、間違っちゃいない……君の仲間が今の僕等を受け入れたのだって、そう信じてるからなんだ……」
オルガは小さく頷くと、フィオを見下ろした。
小さな唇を時折動かしながら真っ直ぐ見つめてくる顔に、胸を締めつけられる。
赤らめた頬は、手にしている花と同じくらい柔らかい。
薄桃色に縁取られた優しい白色が、娘に重なってならず、離れたくない気持ちが押し寄せる。
やがて、透けたオルガに水面の光が揺れ、2人の身体に反射するまでになった時、彼女は忙しなく男性に口づけをした。
「さようなら……」
「……違うだろ。また後で、だ……
また……すぐ会えるよ……」
オルガは間を置くと、震えが止まらない眼に涙を溜めたまま微笑んだ。
フィオは、2人の表情の意味を会話から悟る。
病気を患う父も長くはない事を、母は分かっている。
今の大きくなった自分を見られないと諦めている2人に、何としてでもこの状況に気付いてほしかった。
赤ん坊の中に今の自分がいるのだと、拳が砕けそうになるまで叩きつける。
固くてならない空間は狭く、泣き叫ぶ声が籠る。
不気味な厚い壁が、一言たりとも届かせんとばかりに両親を遠ざけていた。
「大丈夫、フィオ……」
フィオは声を失い、暴れていた身体が不意に止まる。
「大丈夫だから……」
頬には確かに、母の冷たい唇が触れるのを感じた。
フィオはそこに触れながら、赤ん坊の目を介して母を見つめる。
目は燃える様に熱く、鼓動が全身を揺らしてくる。
こんなにも悲しく、腹を立てているのに、赤ん坊の自分はただ母を見つめる事しかせず、表情を変えようともしない。
「ありがとうアラン……愛してる……」
オルガの声が水に沈む音に変わった途端、アランと呼ばれた男性は咄嗟に彼女を抱き寄せ、唇に触れるのだが――水が、岩を打つ様に弾けた。
アランはフィオと共にすっかりずぶ濡れになり、フィオの手元に落ちた花を見下ろすと、再び視線を戻す。
オルガはもう、いなかった。
たった1つ、鋭利な反射光を放つ重い髪飾りだけを浜に残して。
フィオは幾度となく母を求めて叫び続けると、父の激しい動悸が空間を揺らした。
どうにか冷静さを保とうとしていたのだろうが、今になって、大きな衝撃が彼を襲った。
急に視界を閉ざされたフィオは困惑する。
身体が大きく傾き、顔と胴体が熱される様な感覚に陥る。
アランは、激しい動悸と胸痛に押し潰されかけると、フィオを胸に押し付けたまま浜に腕をつき、咳き込んだ。
なかなか治まらない発作は吐血に変わる。
酷い眩暈を抑えようと意識する中、ある事を思い出し、口を拭った。
そして、オルガが落とした髪飾りを拾った。
病的な痛みと、愛する者を失った例えようのない痛みを堪えながら、やっとフィオに向き直る。
母の水でずぶ濡れになったフィオは、こちらを真っ直ぐ見つめていた。
瞬き1つせず、複雑な気持ちを何もかも抑えて必死に笑いかける自分を、じっと。
代表作 第3弾(Vol.2/後編)
大海の冒険者~不死の伝説~
シリーズ最終作
2025年 2月上旬 完結予定
Instagram・本サイト活動報告にて
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インスタではプライベート投稿もしています
その他作品も含め
気が向きましたら是非