(1)
※大海の冒険者~人魚の伝説~
第十二話 断 (21) より
フィオは、太陽が燦々と輝く大空から、真下に広がる緑が生い茂る森に落下する様な感覚に陥る。自分が温かい風に姿を変えた様に、ある孤島を颯爽と駆け抜けた。その時、2つの優しい声が過ぎ去っていく。遠ざかってしまうそれらの存在は歪み、鏡の壁に切り替わる。
これに酷い胸の痛みを負うも、フィオは今の自分が映る鏡の向こうに、最後に見た2つの影を思い出す。そこに、もう1つの存在があったような気がしてならなかった。
※フィオの回想を4話でお送りします。
フィオは手足をばたつかせていた。
高い所から落下している様な感覚に声を上げながら、周囲を見渡してしまう。
広がりゆく合わせ鏡の空間を、ナイフや槍で壁を打ち砕く時よりも速く、瞬く間に違う景色が飛び込んできた。
キューブの空間が弾けると、太陽が燦々と輝く大空に放り込まれる。
そこからはまるで、風に変わったかの様に飛行した。
身体を水平にし、どうにかバランスを保つと、真下に美しい大海原が見えた。
そこにくっきりと浮かび上がるのは、東の島に違いない。
その目印として、皆とよく出かける孤島があった。
悲鳴を上げながら、緑が生い茂るそこに落下していく。
温かい風が全身を包むと、海面の上を颯爽と飛行した。
海鳥の様に突き進む先で捉えたのは、2つの影だ。
背が高いそれらは人に違いない。
しかし彼等は、時が止まっているかの様に動かなかった。
誰だか分からず目を凝らした瞬間、身体が忽ち翻ると仰向けになり、景色が空一色に変わる。
すっぽりとどこかに納まったかと思うと、全身に、先程まで感じなかった温もりが広がった。
窮屈さを感じない程度に小さく丸まった姿勢のまま、見上げる青空から誰かが覗き込んでくる。
見た事のない男性と女性が、優しく笑いながら頭を撫でてきた。
しかし2人は、微笑みながらもどこか寂し気な表情を浮かべている。
特に女性の目は、涙で潤むと見覚えのある瞳に変わった。
鏡と化したそこに、明確に映し出されたのはフィオ自身の顔だった。
それも今の自分ではなく、赤ん坊の自分だと悟ると驚きの声を上げる。
驚くほど甲高い声に、3人共が目を見開いた。
フィオは、自分の小さな両手に目を震わせながら、2人を確かめようと頬に触れようとする。
窶れた顔をした男性は温かく、女性の真っ白の輝きを放つ肌は酷く冷たかった。
フィオは何か言葉をかけようとするが、それは一切形にならなかった。
そのまま、更なる変化を目の当たりにする。
同じ黒い長髪をした女性の身体が薄れていくではないか。
細かな煌めきを持つ肌に、数々の白銀の筋が走る。
それらが象る様子から恐らく、鱗だろう。
それにどこか慌てる様子を見せる女性は、目の前の男性に向くと、大粒の涙を流した。
その涙は鏡の瞳を溶かす様に頬を伝い、顎から銀色に滴ると、フィオの小さな手に落ちる。
男性はフィオを強く抱きかかえると、女性の涙を何度も拭った。
女性はフィオと男性に視線を幾度となく往復させては、表情を崩していく。
フィオはその様子から、女性が涙を止めきれずにいるのが手に取る様に分かった。
見るからに透けていくその顔や首、肩は、海月を見ている様だった。
「辛いんだろう……同じだよ……無理に呑もうとしなくていい……そんな顔も好きだ……最期まで、色んな君を見せてくれ……」
男性のどこか痛みを堪えながら絞り出す声に、女性は結び目が解けた様に咽び泣く。
鏡の雫が雨となり、赤ん坊のフィオの顔や身体を打ちつけた。
代表作 第3弾(Vol.2/後編)
大海の冒険者~不死の伝説~
シリーズ最終作
2025年 2月上旬 完結予定
Instagram・本サイト活動報告にて
投稿通知・作品画像宣伝中
インスタではプライベート投稿もしています
その他作品も含め
気が向きましたら是非