(14)
テーブルに墨が転がる。
そう長い文章でもなかったが、随分と時間をかけた様な気がして、大きく息を吐いた。
ジェドは、肩越しにそっとフィオを振り返ると、書き上げた1ページを差し出す。
「何だよ」
急に現れたビクターの声に、2人の肩が跳ね上がる。
ビクターは、ジェドがフィオと同じ様に書き物に徹するので、気になってやって来た。
ビクターが先にそれを取り上げると、フィオは、追いかける様に彼の手元を覗く。
「何だっけ……詩って言うんだったか?
お前、洒落た事すんのな」
「いや、俺じゃない」
ジェドは、端の2人を見向きもせず、宙を見たまま静かに呟いた。
「……あんたが書いたわよ?」
フィオは、ビクターと共にジェドを見下ろし、目を瞬く。
ジェドは、何かを言おうと振り向くのだが、案の定、記憶は薄れてしまった。
忽ち、絶望が滲む目を逸らしてしまう。
ビクターは、昏くなる彼の肩をそっと取ると、笑いかけた。
「また思い出せる。そうやって繰り返してきただろ。
書き残せたんだ、こいつは残る」
刹那、突風がドアを軋ませ、部屋を大きく舞った。
フィオとジェドは倒れかけたランタンを押さえ、ビクターは手にする貴重な記録を力いっぱい掴む。
何の風かと、3人が入り口を振り返るや否や、声を上げた。
「シェナ!?」
不意に現れた彼女は、外を指差す。
「ねぇ、陸が見える。
でも、カイル達が言ってた停泊地と違うみたい。
どうする?」
「お前いつ来たんだよ!? 足音もしなかったぞ!?」
ビクターのそれに、フィオとジェドも呆気に取られながら頷く。
しかしシェナは、そんな事よりもと被せながら、皆を連れ出した。
そこは、秘密基地の孤島と広さが似ており、木々が生い茂っている。
事前に教えられている停泊地はもう少し先の筈であり、聞いている特徴とも違っていた。
「何だ? 所々が緑に光ってやがる」
ジェドが目を凝らすと、フィオが、何だったかと頭の引き出しを空け散らかす。
「ほら、お尻が緑に光る虫」
「ああ、蛍か」
ビクターのそれに、フィオは指を突き立てた。
4人は顔を合わせると、悪戯な笑みを浮かべる。
人が居るのか定かではないが、シェナの故郷とは思えない。
未開拓で、小さな場所であれば、下りてみてもいいのではないだろうか。
というよりも
「行こう!」
心細さも忘れ、好奇心が勝った4人は、停泊作業に入った。
彼等が、騒がしく通過していった時。
網や船縁、見張り台の柱にロープ、帆の端に、昆虫が羽休めに訪れた。
急げと騒ぎ立てる楽し気な声が、下の階から溢れるにつれ、蟲達の眼は、濃い緑を放つ。
空になった船室は、小さな足音でも、よく響いた。
突風で散らかったページや墨、驚いた拍子に倒れた椅子に、細い蔦が幾つも這い進む。
それらは、だんだんと太い根に変わると、散らかった物を定位置に戻していく。
そして、蔦が、ある1ページを持ち上げると、主に運んだ。
辺りに這い伸びた蔦や根は、主の身体に戻っていくと、手足に変わった。
テーブルを覗き込むほどの背丈が、植物が体内に戻るにつれて、そこを見下ろせるまでに伸びていく。
真下から、彼等の楽し気な声が、わんさか立ち込めた。
それらが、彩り豊かな声の光に変わると、忽ち身を擽られては、腹に集まっていく。
1つ1つが持つ温もりが力に変わる事で、その背丈は、大人に近付いた。
白い微光を散らす翅を、僅かに揺らすと、手にしたページを眺める。
読み進めるにつれ、淡い緑の眼光を灯すと、小さく指を鳴らした。
細い蔦が、残りのページを纏め上げると、主が手にする1枚が、最後尾に滑り込んだ。
蔦は、片端をみるみる縫い、幾多ものページを綴じていく。
一方で、主の腹から、虹色の光が引き出されると、仕上がった束の表面に落ちた。
優しい、小さな笑い声を溢した途端――翅を広げ、蟲の羽ばたきと共に、次の行き先へ向かった。
翼を持つ竜と共に刃を扱う飛行者と、海洋生物と人魚が遊泳する姿が描かれたそこに、蔦の文字で、
“Immortal Legend”と残して――
代表作 第3弾(Vol.2/後編)
大海の冒険者~不死の伝説~
シリーズ最終作
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