(13)
ジェドは、船縁に繋ぐ網に背を預け、うたた寝をしていた。
海に傾き、危うく落ちかけるところで網を掴む。
だが、もっと別の事に驚かされ、瞼を失った。
辺りを見回すと、船は安定して進んでいる。
フィオは船室におり、ビクターは舳先で何かを考えている。
シェナは、相変わらず見張り台の守だ。
誰1人、声を出していない様だ。
では一体、誰が歌っていたのだろう。
両足を海側へ放り出す。
夢を見てぼうっとする頭を起こそうと、冷たい潮風を深く吸い込んでは、そっと吐いていく。
そこへ、言葉が押し寄せてきたかと思うと、不意に縁を掴んだ。
風に身体を押され、仰け反ってしまう。
生きた様なそれは一瞬のもので、奇妙なあまり、首を傾げた。
すると、まるで小さな泡が沸々と上る様に、言葉の羅列が頭に浮かんだ。
ジェドは慌てて飛び降りると、船室に急ぐ。
開いたままのそこには、フィオが、ずっとテーブルで書き物をしていた。
アルミ缶のランタンが、淡い光の間を揺らしている。
フィオは、何度も書いては消してを繰り返さないよう、できるだけ、頭で文章を決めてから手を動かす。
見て感じたものや、知った事を人々に広めたいと考えており、グリフィンから聞いた、作家という職業に興味を持った。
ただ書いて伝えるのではなく、現在も皆で作り上げようとしている伝説の本の様に、手に取った人をその世界へ導く様に語る、という事をしてみたかった。
それがいかに難しいかを痛感しており、頭を抱える。
そのお陰で、隣にジェドが腰掛けた途端、飛び上がった。
だが、彼は構わず、目の前に積まれた真っ新なページを1枚取ると、尖らせた墨を取る。
「……何? 珍しいわね」
何も言わず、墨の先を走らせる彼に、フィオはうんと近付いた。
ジェドは身体の向きを変え、見られないよう、背中を盾にする。
「話しかけるな。忘れちまう」
そう言うと、急に作文に集中し始めた。
フィオは1文を苦労して落とし込むというのに、彼は、滑らかに何文も連ねてしまう。
これに信じられず、少し悔しくなるのだが、それも通り越し、現れる文面に釘付けになる。
ジェドには、前々から聞こえていた音があった。
夢を見る度に聞こえていた訳ではないが、聞こえた時は必ず、その音の出所や、音の意味を探りたい気持ちに駆られていた。
繋がりをもたないそれは、何年もかけて向き合っている伝説の本の様に、なかなか形になってくれなかった。
だがある時、生き物の鳴き声が、何を訴えているのかを理解する夢を見た。
その事を書き起こしてから、音が聞こえる夢では、搔い摘んでだが、自分達が話す言語として聞こえるようになった。
しかし、それもすぐには繋がらず、目が覚めた途端に忘れてしまうばかりで、苛立った事もある。
考える事を止めようとした時もあったが、そんな時に限って、それは再び夢に出てきた。
そして今、恐らく完成形であろう言葉の羅列が、一気に押し寄せた。
こんな感覚は初めてで、書き進める手は止まらない。
また見失ってしまう様な気がして、焦っていた。
何年もかけて、漸く鮮明になったこれらが、もう一度見られるとは考えにくかった。
代表作 第3弾(Vol.2/後編)
大海の冒険者~不死の伝説~
シリーズ最終作
2025年 2月6日 完結
当日は 以下の3投稿です
・第十話 最終ページ
・エピローグ 1投稿
・あとがき
Instagram・本サイト活動報告にて
投稿通知・作品画像宣伝中
インスタではプライベート投稿もしています
その他作品も含め
気が向きましたら是非