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※2680字でお送りします。
雲の流れが加速し、風に乗って太陽に導かれていく。
夜明けを忘れた長い闇が拭われ、迎えた朝焼けは、鮮やかな金色と澄んだ青を織り交ぜた空に変わると、大海に、濃い雲の影を落とした。
水面を、白く細い雷が這い、光に包まれた島の中へ消えていく。
人々は、僅かに静電気を感じた。
粉雪の様な青白い光の雨を見る内に、目が虚ろになっていく。
4人は、包んでくる様な歌声もそっちのけに、身体中を見回した。
全身から、竜の眼光を彷彿とさせる青い光の糸が幾つも這い出ると、降り注ぐリヴィアの声に誘われていく。
フィオは、糸が伸びていく先で、花の香りを感じた。
両親が失われた悲しみと寂しさに呑まれた、どうしようもなく苦しかった時間が、遠ざかっていく。
それらが、ふと、笑顔で自分を愛でる両親の姿を描いた。
声こそ聞こえないが、2人の唇の動きから何を伝えているのか、すぐに分かった。
瞼が重く、景色が霞ゆく中、今の自分を精一杯見せようと笑った。
父と母が消えてしまうまで、ずっと。
ジェドが見た糸には、灰色に燻んだ糸が絡まっていた。
どんなに払い除けても途切れず、自分がこのまま消えてしまうのではないかと、震えていた。
だが、次第に青い糸だけになると、引き出された灰色の糸が宙に溶けてしまう。
漂う光から聞こえるのは、多くの生物の声であり、ふと鼻腔を擽ったのは、これまで嗅いできた様々な匂いだった。
それらに誘われながら、微かに聞こえるリヴィアの歌声を探ろうと、空を仰ぐ。
遠くから降り注ぐ声は、とにかくぼやけているのだが、最後の一言まで聞いていたく、懸命に目と耳を研ぎ澄ませた。
なのに、瞼は思う様に持ち上がらない。
急に腰が重くなったビクターは、装備ベルトに触れた途端、ピストルが独りでに浜に落ちた。
拾おうとすれば、浴びた光に包まれ、接触を拒む様に目を眩ませてくる。
じきに、小さな亀裂音がすると、瞬く間に破裂し、鏡の欠片として散った。
声を上げるのが先か、身体から青い光の糸が引き出されていく。
力強いそれに、膝から崩れ落ちると、重いものが抜かれた様に、全身が軽くなった。
顔を上げると、あの黒い陽炎が、強い眼光を灯して見下ろしていた。
その眼は、黒や灰色、紺と紫からピンク、オレンジとあらゆる変化を見せ、まるで空そのものだ。
まだ、眺めていたい。
しかし、瞼は重くなるばかりだった。
どういう訳か、天から降り注ぐリヴィアの独唱は、ずっと聞かされてきた子守歌の様で心地よかった。
まるで辺りからの光を吸収する様に、シェナの喉は、輝きを放っている。
帯びていた熱が冷め、痛みが癒されていく。
だが、光はそのまま彼女自身を灯し続けていた。
温かい春を思わせる風が、全身を包んでくる。
それが運んで聞かせるのは自分の産声で、取り囲む誰かがそれに喜ぶ声もするのだが、何よりも喜んだ者が別にいたのだと悟った。
本来身を置く場所を失っても、その者だけはずっと、自分を見捨てず傍におり、守っていてくれた。
そして今も、この先も、自分の力になってくれようとしている。
リヴィアの視線が麓に落ちると、白く、細い稲妻が、島を駆け巡る。
これまでの苦しみや痛みを焼き切ろうと、渦を巻くそこには、すっかり眠りに落ちてしまった人々が見える。
そこから視線を一帯に向けた時、他の精霊達の声が導かれる様に加わり、斉唱に変わった。
緩やかで、大気に振動を来すリヴィアの声は、寂し気であれ、力強く旋律を紡いでいく。
1つ、また1つと仲間の声が重なり、魔力に圧力をかけると、光と雷の乱層雲を描いた。
雨と化す歌声は、今や、何重奏か知れない。
仕立て上げられた太い旋律は、打ち砕かれた家屋や、木々を繕っていく。
息を吹き返した植物は枝を伸ばし、葉をつけ、幹や茎に芯を宿した。
蕾が開花し、点々と蘇る茂みに実が揺れる。
蔦が地面や木を這い、どこまでも繋がろうと、木々を渡った。
重圧のある歌声に持ち上げられる家屋の残骸は、壁や屋根に変わりゆく。
悍ましい裂け目や破損の跡が、板と板が手を繋ぐ様に合わさった。
付着した血や汚泥が光に弾かれ、淀んだ惨事の空気は、声の振動に溶かされていく。
斉唱の波が引くと、リヴィアの孤独な声が、再び辺りに変化を及ぼした。
独唱は、河川の様に、水面や大気、地面を這い進む。
振動する穏やかな声は、微かな雷を辺りに奔らせ、自然が取り込んだ数多の荒ぶる感情や記憶を焼き、吹き消していく。
浜で心地よい眠りにつく人々の肌を、柔らかな雷が這い巡る。
1人1人に優しく語りかける歌声は、人々から更に、光の糸を引き出し続ける。
全身の傷を癒すと共に、心に穏やかさをもたらし、それぞれが抱く幸せを呼び起こしていく。
浮かび上がる温かい夢に、皆の寝顔が微笑んだ。
まるで、この場の神々を置き去りにし、旧い幸福を想いながら、新たな幸福を求めて未来を見ているのか。
そんな人々に見向きもせず、リヴィアは、独唱の最後に息を吸い込み、空を仰いだ。
零れ落ちた青い光の涙の筋に揺さぶられまいと、緩やかに伸ばす声に、再び仲間の声が押し寄せる。
女王の声の力を押し上げようと、竜の精霊達の再生の歌は、世界を包んでいった。
太陽に向かって流れ続ける雲が、金の光に覆われると、紡がれた斉唱が絡み、陽光の柱を幾多も立たせていく。
それらを受け入れる波は、葉や岩の間に、取り残された水溜りの様に静まり返った。
眩い柱の重みを、海中に身を潜めるミラー族は、最後まで受け止める。
彼等が見上げるそこに、空の神々による魔力の幕が下ろされ、互いの力が触れ合う水面に、オーロラが揺れた。
世界を包む歌声が間もなく消えると悟ったシャンは、肩の装飾に触れ、眼光を水面の外に放つ。
それに、シャンディアから後の仲間が続くと、白銀の光の筋が外を突き破り、数多の閃光が天を貫いた。
流れる雲が、空を夕焼けの色に変えた時、太陽に合わさりながら、生命の星の影を浮かばせる。
広大な鏡と化した大海原に映るそれは、呆気なく、風と光に拭われていった。
精霊達の声が大気に溶けていくと、空は、再び朝を取り戻していく。
失われていた自然の音が戻ると、風が、緑の香りで辺りを満たした。
リヴィアは、全ての鼓動の帰還を胸に握り締め、漸く瞼を開く。
と、頬に溢れ出る涙に、これまでを想う。
最後の短い一節のために、震えて重くなった唇をどうにか抉じ開けるも、止まってしまう。
緩やかに身体の向きを変え、白砂に埋もれて眠る彼等を眺める。
そこに、最後の祈りを届ける様に、怯える喉から唄が、とうとう零れ落ちた。
1粒の涙と化した想いはそのまま、島を包んでいた白い光と、雷の雲を一思いに打ち消すと、世界は現実に帰した。
代表作 第3弾(Vol.2/後編)
大海の冒険者~不死の伝説~
シリーズ最終作
2025年 2月6日 完結
当日は 以下の3投稿です
・第十話 最終ページ
・エピローグ 1投稿
・あとがき
Instagram・本サイト活動報告にて
投稿通知・作品画像宣伝中
インスタではプライベート投稿もしています
その他作品も含め
気が向きましたら是非