(4)
ビクターの身体からは、黒の陽炎が消えていた。
その原因が分からず、今はぼんやりと例のペンダントを見つめている。
そっと振ると、あの心地よい音が撫でる様に耳に流れ込んだ。
それをじっと聞きながら、身体に起きている事と向き合った。
陽炎が出現する事で、一時的に体温が上がっていたが、その様な感覚は、陽炎がピストルから出入りしていた時にはなかった。
ある時を機に体内から出入りするようになり、それからというもの、やけに自分が知らない記憶が思い起こされるようになっていた。
コアに見せられた世界で見た黒い陽炎からの目線なのだろうか。
瓦礫に埋もれていた母であろう女性を思い出すだけで、胸に強烈な痛みを感じる。
また、それに対してなのか、強い怒りも感じた。
特に射撃中がそうだった。
まるで、どうする事もできないという悔しさに等しい。
迫る敵の陽炎や、コアを撃ち、確実に消滅させていたにも関わらず、体内の黒い陽炎だけが満たされていない気がしていた。
顔が映る鏡のピストルに触れる。
細かく角度を変えながら眺めている内に、重みが圧し掛かり、鯱の背に呆気なく落ちた。
シェナは、グリフィンの腕の中で腹這いに力尽きていた。
何も言わず、ただ半眼を開いたまま、風を感じていた。
守護神の竜の飛行は穏やかで、浴びせられる風が、全身に籠る熱を放出していく。
声を出し切り、嗄れ声にしかならない。
喉も痛く、今は無口でいたかった。
たった独りで暗闇に挑んでいれば、自分は持たなかっただろう。
多くの負の感情の雷が身を撃ってきたのだから、グリフィンの支えがなければ、呆気なく引き裂かれていたかもしれない。
そう思えば思うほど、彼の背中の生地を握る手が強まった。
身体を包んでくれている彼の腕は重く、熱いのだが、心地よかった。
もう暗いところも、独りでいるのも懲り懲りだ。
その様な不安や寂しさは、できる限り短いものであってほしい。
そうするためにはどうすればよいのかと考えている内に、視線がグリフィンの背中を這い、僅かに見える横顔に辿り着く。
父親は、親というのはこういうものなのだろうかと、分からないながらも縋る様に、彼の背中の生地をまた、握り直した。
グリフィンは、そんなシェナを赤ん坊の様に思いながら抱いていた。
自分の足が腹に食い込み、見るからに寝心地が悪そうな彼女だが、その体勢を直してやるつもりはなかった。
ただ彼女のありたい姿のまま、居させてやりたかった。
子ども達が身体を張ってでも立ち向かおうと思える目標は、彼等が叶えたい夢であって欲しい。
ただ、戦い方や判断は勇敢なものであっても、過酷で痛みを伴うものが殆どだった。
それを繰り返されてはならないと、改めて思う。
疲れ切った腕が、自然と、自分の足から胴体にかけて俯せに沈むシェナの背中を擦る。
緩やかな竜の翼の動きが、身体を上下に揺らしていた。
朝陽を受けた銀の鱗は眩しいのだが、焼きつくまでに見入ってしまう。
頭に向かって視線を這わせば、濃紺の鬣が柔らかに靡いていた。
夢や妄想、幻想として描かれ、語られてきた彼等は、確かに存在している。
これに何を思い、どの様な行動を起こすかで、以前とは違う世界になるだろうか。
代表作 第3弾(Vol.2/後編)
大海の冒険者~不死の伝説~
シリーズ最終作
2025年 2月上旬 完結予定
Instagram・本サイト活動報告にて
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その他作品も含め
気が向きましたら是非