(8)
長老の疲弊した瞳は、瞼の隙間から、彼女を微動だにさせんと掴み止めた。
ライリーは彼から離れようと手を揺さぶるも、抜けきった力と震えが欲を阻む。
長老は、嘗て、集団で起こされた死体損壊事件を記憶の奥底から掘り起こしていた。
そしてその中から、当時、特徴的な背景を持つ容疑者達の偽名を、僅かながらに連ねていた。
逮捕までに時間を要するほど、韜晦の術を持ち合わせていた彼等だが、まるでこればかりは眩ませる気などなかったかの様に、偽名だけは統一性があった。
ライリーは目を見開き、肩での息が荒くなる。
事態を呑み込めないアリーやアイザック、そして再び戻っていたレオは、不安を滲ませながら彼女を気にかけていた。
だがライリーは、その様な感情も、眼差しも、まるで必要ないとでも言いた気に大きく顔を突っ伏し、己を隠す。
「お前さんを忘れては……それもまた、罪じゃからな……」
急な寒気がライリーを襲う。
自分は本来ならば、疾うに死んでいたのだ。
そうなるべきであり、そうなる方がきっと楽だと思って生きてきた。
生まれ落ちた環境に幸福を感じた事などない。
幸福が何かを、長い間知る事はなかった。
そんな資格もまた、自分にはないのだと思ってきた。
見向きもされない廃退地区に生じる負の連鎖は、地球がこんな有様になるまで、とうとう断ち切られる事はなかった。
「すまなかった……」
ライリーは耳を疑い、知らぬ間に涙で濡れた顔を恐る恐る上げる。
絡まって凝固した髪越しに、長老の、強さを含みながらも悲し気な顔を覗いた。
「公安の維持に当たる者として……こんなになった今だが……詫びる……」
ライリーは首だけで激しく否定する。
何も聞きたくなく、聞かれたくなかった。
それに、彼をそれ以上喋らせる訳にはいかなかった。
彼の様な人間こそ、こんなすぐに果ててはいけないのだからと、掴んでくる老いた手を剥がそうとする。
それでも、どちらの手も言う事をきかなかった。
強張る手に、2滴、3滴と冷たい涙が打ちつけられる。
「お前さんや……その仲間を通じて目にしたものは……我々にとっての罪……処違えど、対岸の火事として見るのではなく……同じ世界に生きる人類の課題として……向き合わんとな……」
「もういいっ! 息が無駄になるっ……」
ふと、長老の笑う息が微かに漏れた。
力無く面白がる様子はまるで、楽にさせたのは誰だと訊ねる様だ。
「世界は、これからだ……お前さんは、生かされた……立て……過ちであれ、力は与えられた……救え……失った者のためにも……」
こんな事態に、この察は何を言うのかと、声を張り上げたくなる衝動を呑む。
過去を掘り出される筋合いはない。
自分にとって、それをされる事を許せる存在は、一時を共に生きた者達だけだ。
その彼等は、今や、手の届かない所にいる。
それを思えば思うほど、涙声に溺れていった。
代表作 第3弾(Vol.2/後編)
大海の冒険者~不死の伝説~
シリーズ最終作
2025年 2月上旬 完結予定
Instagram・本サイト活動報告にて
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その他作品も含め
気が向きましたら是非