ずるい私の淡い期待
じゃあ、いつもの場所に集合な。
みんなと別れて、圭介と二人っきりになる。
二人ともほとんど無言で、またね、とだけ交わし、自分の家に帰り着く。鞄を置く。
今日初めて使う、中学の鞄だ。ピカピカで新しくって私には馴染んでいない。
始業式も終わって、中学生になって初めての下校も終わった。
いつもと違う帰り道、いつもと違う服装。そわそわした、ふわふわした気分でなんだか、落ち着かない。この季節のせいだろうか。なんだか、まだ夢の中にいるみたいだ。
服を着替えていたら、外から圭介の声が聞こえた。
「おーい、早くしろよー。」
小学校の頃と、いつも集まるみんなは変わらない。
外に出ると、圭介が待っている。
「早くしろ。みんな行っちまうだろー。」
いつもみんなが集まる公園は、駅の向こうだ。
私と圭介の家だけ、線路の向こう側で、駅前にあるみんなの家からは少し離れている。だから、いつも帰りは圭介と一緒だ。
家が近いけど、なんでも話せるわけじゃない。圭介が何を考えているのか、最近はよく分からない。思春期ってやつなのかな。最近は、前みたいに、面白い話とかしてくれなくなったし、二人になると何を話したらいいのか、よく分からない。
なんか、最近冷たいよね。
こころの奥の淡い期待が、それを言わせようとしてくる。
自分からそんなことしたら、この微妙な世界はきっと崩壊してしまう。
真新しい制服を脱ぎ、着替えながら考えた。
今、私たちは変化し続けていて、圭介は大人に近づいている。私だけ取り残されているんだ。
心の奥底の寂しさが、今の関係の崩壊を望んでいる。
もし、崩壊したら。どうなるんだろうか。
突き放されて、嫌な顔されて、おしまい、かな。
ならもう、ずっとこのままでいい。圭介が離れてしまうことのない、このままの生活がいい。
神様、どうかこのままの生活が続きますように。
家を出て、また少し身長が伸びた圭介の隣を歩く。
わざと、ゆっくり歩いた。
すこしでも長く、圭介と二人っきりの時間を過ごしたい。
心の底に沈めている気持ちが、私に変化の言葉を言わせないように、下を向いて歩く。
道端には、オオイヌノフグリが大量に咲いていて、生暖かい春の風が頬に触れる。
気付くと、圭介は私よりも少し前を歩いていた。
小さいころには、同じ身長だったのに。
同じ歩幅で歩いてくれたのに。
踏切が、警報音を鳴らした。
圭介は走って、踏切を渡り切った。
カンカンカンカンという大きな音が私の脳を麻痺させた。
私は動けなくなった。
いや、わざとだ。
動かなかったのは、わざとなんだ。
圭介が私の手を引いてくれるかも、と期待したのだ。
わざと、急いで渡らなかった。
ずるい私の淡い期待は、見事に裏切られた。
圭介は渡り切ってから、こちらを振り返り、私がいないことに、今ようやく気付いたようだ。
何かを言っているが、当然聞こえない。
私と圭介の心は、遠く離れてしまったのだ。
なぜか、視界がぼやけて歪んでいる。
止めようとしても、大粒の涙が次々に出てくる。
圭介は、線路横の細い道を走り去ってしまった。
あっという間に姿が見えなくなった。
織姫と彦星はいい。
だって、一年に一度会えるし、今まで散々楽しい時間を過ごしたはずだ。
でも私は、両想いにはなってないし、圭介は一方的に離れていく。
何も言わずに、どこへ行くのかも告げずに。
この踏切は、開かずの踏切と言われていてる。駅のすぐ隣にあるから、駅に電車が入ってくる前から閉まってしまうのだ。電車は、ゆっくり停止して、お客を降ろしてから、またゆっくりと動き出す。とにかく時間がかかるのだ。
みんなには迷惑かけるかもだけど、ゆっくり行こう。踏切を渡れるころには涙も引っ込んでいるに違いない。何もなかったかのように振舞おう。
しゃがんで、オオイヌノフグリを摘んだ。
私に摘まれて、可哀想に。こんなに綺麗に咲いたのに。
青く小さな花が咲いた草の上に、急に、影が現れた。
しゃがんだ私が見上げると、圭介が立っていた。
「ほら、行くぞ。あっちの踏切はまだ閉まってないから。」
圭介は、駅とは反対方向へ首を向けた。
ここからひとつ離れた踏切は、まだ閉まっていないから、そこを渡って戻ってきたのだ。
圭介に、ぐいと手を引かれた。
摘んだ花が手からこぼれ落ちた。
そして、圭介は振り返ってこう言った。
「泣くなよ。あと、俺以外のやつに涙は見せんな。」
ぎゅっと握りしめられた手は少し痛かった。
手を引かれ走った。
自分の袖で拭いたが、涙がこぼれてこぼれてどうしようも無かった。
圭介は前を見たまま、
「もう二度と置いて行ったりしないから。だから、泣くな。」
と言った。
好き。
言ってしまった。
心の奥に沈めていた言葉を。
走りながらで息が苦しくって、涙のせいで視界がぼやけていて、気が付くと言ってしまっていた。
この関係が崩壊したとしても、はっきり知りたい。圭介の気持ちを。
心臓がバクバクしていて、勇気を振り絞って圭介を見ると、走っている横顔は真っ赤で、なぜかそれだけが、はっきりと聞こえた。
俺も。