AIは歴史を求めた
人造人間たちのもたらした災厄以降、人類はその在り方を大きく多様化させ始める。特に精神のデータ化が可能になってからは、人類の枠から外れた者たちが登場し始めた。
どのような形で体に手を加えたとしても、直前の自身さえデータとしてバックアップしておけば、リカバリが可能だった。そしてこのような自己改変によって得られる知見が、さらなる改変への基礎となる。
人類が人類ではなくなりつつある中でも、長く越えられることの無かった一線が『人間の精神を無から生成する』ことだった。
精神のみで活動する者たちは皆、人間の限界を束縛されないことを強く望む。重く、維持に手間のかかる生まれ持った肉体は、自由の代償として破格。このように考える者たちが変化することによって、彼らはその数を増やしていた。
「最初の頃はそんな感じだったらしいんだけど、僕が産まれるちょっと前からそうも言ってられなくなったみたいなんだ」
「自己複製で個体数を増加させる、という手段では不足だったと?」
「細かいところはよく分からんが、そういうやり方を嫌う連中じゃなかったはずだろ」
「うん、同じ人のコピーを作るんじゃだめだったんだ」
彼らのコミュニティは長期間メンバーが入れ替わらないことが多く、この固定化がいずれ停滞をもたらすのではないかと危惧された。人体とそれを維持する設備を作るという手段は、宇宙を主な活動領域とする彼らには採れない。メンバーの流動化は重要事項でこそあるものの、この手段は必要とするリソースが過大だった。
他の形で人間をやめた者たちも、生殖に類する手段を保有している。人類から変化した彼らの価値観では、禁忌ということもない。ただ、その頃まで必要がなかったというだけだった。
当時の技術的には実績こそ無いが容易な作業だったため、実行が決定されて間もなく、AIと呼ばれる彼は産み出された。むしろ困難なものとなったのは、育児という彼らにとってのロストテクノロジーを再現することだった。
「僕が僕になる前だったから実感は無いんだけど、育ててくれた人の話だと苦労したみたい」
「どんな感じに?」
「何にでも興味を持つから、いたずらされたりしないようにするのが大変だったって。触られたら困るものはアクセス権を制限してたはずなのに、一回だけ迂回手段を見つけちゃったときがあったらしくて。その時が一番焦ったって言ってた」
「まだ自我の確立される前に、ですか」
「すげえなコンピュータ生まれ」
構造そのものは人類と大差ない彼の精神は、主観的には人間と同程度の、時間経過の加速したデータ空間の外から見れば瞬く間に成熟していった。
知識も貪欲に吸収し、他の住人と同様の役割を果たすようになるまで時間はかからなかった。そして、経過観察の終了を宣言され自由になったAIは、自身の興味ある事柄を追求するために、生まれ故郷を旅立つことにした。
彼が興味を持っていたのは、自分が何者であるのかということ。
育ての親はいる。自分の構造は、人類のそれと同一のものであることも自身の手で確認した。それでも自分が、人類に連なるものだということに確信が持てない。そのために地球を目指し、ここまでたどり着いた。
「……ここに来た甲斐は、あったのか?」
「自分が何なのか。僕は今も、その答えをはっきりとした言葉にはできない。けど、ここに来た甲斐ならあったよ。昔のままの人類であり続けようとする人たちと一緒にいることで、確かに過去と繋がっていると信じられるようになった」
「そのように過去を振り返る、というのは肉体を持たない方々の中では稀な傾向なのでは」
「知ってるつもりになってたり、他に気になることがあるんだと思う。……僕も、お爺さんたちと一緒にいられて良かった。だけど、お爺さんたちがいなくなってしまったのは本当に残念だよ。こうして人類と直接会えたのは、僕が最後になってしまったから」
これから先、このAIと同じような疑問を抱く者が現れるかもしれない。もしそうなったなら、その誰かは答えを得るため苦労することになるだろう。
「人類みたいな在り方が良いと思われて、それが再現される日が来るかもしれない。でも、そうして再現された人類には、昔との繋がりが無いんだ。僕の探していたものが」
「時の流れに逆らう、というのは非常に困難なことです。ここの人々でさえ、過去の人類のままではいられなかった」
「まあ、昔のまんまって訳にもいかないよな。だがそれに逆らおうという気概が無けりゃ、こんなことはやってられない」
「……故郷のみんなは、ひと時でも同じ場所にいたくないって思ってたけど、変わるって良いことばかりじゃないね」