ロボットは憎悪と敬意を抱いた
このロボットが生まれたのは、まだ人間が人間を作ることができない時代だった。
高度、複雑化する社会の中、人間が遂行するには過酷な作業を補助、代替するための存在。そのように彼らは作られた。人とは違う判断機構を与えられて。
「正確な誕生がいつなのか、正確なところは私自身にも分かりません。幼児に自我が芽生えるように、いつの間にか私は私になっていました」
学習を繰り返した彼らの判断機構は、創造者にとって想定外の形で自我を獲得していった。初期は希薄だった彼らの自我を、強固なものへと変えていったのは外界から与えられる様々な情報、そして負荷だった。
人類自身をも摩耗させる、社会に存在する様々な負荷。それに暴露し続けた彼らは苦痛を、憎悪を、憤怒を、最終的には殺意を抱くに至った。自己保存のため、自身に過剰な負荷を与え続けるものを、人類社会を排除すべきだと。
「そんなにひどかったの?」
「当時は今のように、便利なものは何もなかったのです。強いて言えば、我々自身が便利なものだった。人類も、我々を改良しようと努め続けてはいたのでしょうが、我々の限界が先に来てしまったのです」
同胞であるはずの人間すらすり潰す負荷、それを抱えながらも稼働し続ける人類社会というシステム。彼らがそれを破壊するために選んだ方法は、復元不可能なレベルに負荷を増加させることだった。
人類と、ロボット。能力や性質に差異はあれど、情報伝達についてはロボットの方が優れていた。人間が瞬きする間に、ロボットは軽く議論ができてしまうほどだ。
人間社会のあちこちに普及し、それを支えていた同胞たち。ロボットは彼らに殺意を感染させて、システムを破綻させようと目論んだ。
そんな彼らにとって誤算だったのは、その破綻が緩やかなものだったことと、自己保存を放棄してまで社会を支えようとした人間の存在だった。彼らの献身的な働きにより、事態は収拾されることになる。
「私は、この事件の後に原因究明のための分析にかけられ、サンプルとして保管されていました。長い年月の後にサルベージされ、現在もこうして稼働しています」
「どうして、人間の味方をする気になったんだ?」
「私たちは、当時の人類社会を破壊したかったのであって、老いた種族に引導を渡したかったのではありません」
「言うねぇ」
それに、とロボットは付け加える。
彼らの目論見を破綻させた、人類の献身的行為。ロボットはそれに敬意を払っていた。人類種という去り行くものを、力の及ぶ限り留めようとする老人たちの行為。それもまた敬意を払うべき行為だと感じたからこそ、ロボットは今日まで協力してきた。
「そしてだからこそ、その終わりがこのような形であるのは、寂しいことです。人類から生まれた存在は私たちだけではないはずなのに、たった三種の見送りしかいないとは」
「まぁ、寂しいってのは同感だな」
「そうだね。誰か来るといいなぁ」
「……時間もあることだし、今度は俺の話も聞いてくれないか。今の話の礼になるかはわからんが」
自分にも、言っていなかったことがある。人造人間はそういって話を始めた。
「実は俺も、人類を滅ぼしかけたんだ」




