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07 ピンクブロンドは第三の罠を切り抜ける

「いい加減にしなさい!

 いいじゃないの結婚してるって言うんだからそのままにしてしまえば!

 そうすればアンタは貴族の――」


 見苦しくわめきだしたかあちゃんをアタシは冷ややかに遮った。


「あの男は、このモンブラン侯爵家に婿として入ることになってたんです。

 婿として入るんですから、この家を継ぐわけじゃありません。

 婿として入らなければ、三男坊ですから継ぐ爵位もありません。

 マカロンお嬢様と結婚しなければ、あの男は貴族になんかなれないってわけ。

 実家に戻って飼い殺しにされるか、今回みたいな下手うって籍からはずされるだけ」


「うそよ! 貴族なんだから貴族になれるに決まってるわ!

 なんで母親をバカにするようなことを言うのよ!」


 バカだからよ。


 アタシが生まれた頃から十数年ずっと娼館で生きていて、

 素っ裸のお貴族様を腐るほど見てきたはず。それこそ暑苦しくて弛んだケツまで。

 裸になれば平民と変わらない、いや、なまじ権力があるから尚更ゲスばっか。

 あいつらの変態プレイで殺された子だって何人もいた。

 そんなのに幻想だの夢だの持ち続けられる方が、ちょっとおかしいと思う。


 んが。

 それは言わない。

 残念ながら情があるからじゃない。


 アタシは既にこの人がどうなろうとどうでもいいからだ。

 ……そう思い切らないと破滅する。


「……かあちゃんが幾らわめいても無駄。

 あのバカがこの人と結婚しないと貴族でいられないのは、

 事実なんだから」


 かあちゃんは、救いを求めるように、すがる目でおっちゃんを見た。


「ウソよねアナタ! この子、なにか勘違いしてるのよね!」

「そ、そうだ! そうに決まっている!

 だって、そんな理屈が通るなら、俺だってここの当主じゃないってことに――え……?」


 おっさんの目におびえが浮かんだ。

 ようやく自分で気づいた。

 でも遅い。遅すぎる。


 アタシは溜息をついてから、告げた。


「だからそういうコト。

 さっきから言ってますけど、マカロンお嬢様は今日から18歳。

 18歳になれば、当主の権限が生じます。

 そして、おっさんがモンブラン侯爵家当主だったことは一度もない。

 さっきの深夜の鐘までだってただの後見人だったのよ」

「う、うそだっ! 黙れ黙れアバズレ!

 そんなことありえないそんな戯言は聞きたくない!

 お、お前ら! この娼婦の娘と生意気な娘を黙らせろ!」


 奉公人達にわめいたが、誰も動かない。

 そりゃそうだ。こいつは当主じゃないんだから。


 マカロンお嬢様が静かな声で聞いて来た。


「……いつから知っていたのかしら?」

「家系をちょっと知りゃ判るでしょ。

 このおっさんは入り婿。

 お嬢様が18歳になって当主になるまでの後見人にすぎないって」


 ここも娼館と変わらない。

 奉公人達の噂話、ささやき、そういったものに聞き耳を立てて情報収集すればかなりのことが判る。


「うそだうそだうそだっ!

 畜生、この恩知らず! あんな汚物ダメから引き取ってやったのに!

 俺を侮辱しやがって!」


 もう頭では判ってしまっているくせに、現実を認められないおっさんは口から盛大につばを飛ばし激高して掴みかかってきた。

 自分の都合の悪いことは、相手の人格まで否定して認めないのね。ガキか。


 猪みたいに突っかかって来たのを、股間を蹴り上げてやった。


「うぎぃぃぃ」


 無様に転がるおっさんを見下ろして。


「都合が悪くなると自分の娘に掴みかかってくる父親とかいらないわ。

 おっさんには、この家の血は一滴も入ってない、

 そして、この家の血が流れているのはマカロンお嬢様だけ。

 血筋が大事なお貴族様の世界だもの。どっちが当主か、明白でしょ」

「アンタなにを言ってるのよ!

 この人は立派な貴族よ! アンタも立派な貴族の娘!」


 判るわ。

 それにしがみついて、あんな場所でいらないプライドを守ってたんでしょうから。

 いつか、この冴えないおっさんが、王子様として迎えに来る、それだけを希望にして。


 でもね、夢は夢のままにしておけばまだしも、現実に引っ張り出されると消えてしまうのよ。


「おっさんは、実家から縁切られて、入り婿に入った男。

 マカロン嬢という後継者をこさえた時点で仕事は終わりよ。

 だから、家の仕事をすることもなく半ばほっぽっとかれてたんでしょう」

「ふっふざけるな! 俺は当主として!」

「おっさんが娼館に入り浸っていた間、誰が領地を経営してたの?

 アタシここに来てからだって、おっさんが仕事してるところ見たことないもん。

 それに金勘定を引き受けてたんだったら、かあちゃんから貢がせないよね」

「う、うるさい!

 俺だって……」


 おっさんの目が泳いだ。


「書類にサインくらいは……」

「書類にサインするだけで領地の経営ができるんだ。へー。

 それじゃあ、小さな子供でもできちゃうわね。

 しかも、詐欺にだって簡単に引っかかりそうだし。

 で、その書類を作ってるのは誰なの?」

「そ、それは……」


 アタシはマカロン嬢を見た。


「この人が、取引先と商談してるのは見たことあるけど」


 マカロンお嬢様のお母様がご存命の間は彼女が。

 亡くなったあとは、何もしない何も出来ない何の能力も誠実さもない後見人に代わって、マカロンお嬢様が。


「いい加減になさい!」


 かあちゃんがいきなりアタシの頬を平手打ちしてわめいた。

 痛い。

 でもまぁ、切り捨てるんだから、これくらいは我慢しよう。


「そんなことあるわけないでしょ!

 このひとはね!

 ワタシとアンタのドレスや宝石のお金を全部払ってくれてたのよ!

 ちゃんと仕事してるのよ! このお屋敷の主なのよ!」


 アタシは溜息をついた。

 溜息をつくたびに幸せは逃げていくそうで、かなり逃げてしまった気がする。


「それは全部、モンブラン侯爵家の資金の不正流用だから」

「なに言ってるのよ! あんたアタシをバカだと思ってでたらめばかり!」


 またアタシを平手打ちにしようとしたけど、もう娘としての義理は果たした。

 足払いをかけて床に転がしてやった。


「ぎゃっ」


 その惨めな姿を見て、胸の奥からこみあげてくるものはあったけど、アタシは無理矢理抑えた。

 ことさら冷静に告げた。


「当主でもない後見人が、一族でもない人間のために侯爵家の資産を使って高価な品を購入したわけよ。

 後見人の裁量できる範囲を明らかに超えてるわ。不正流用と見なされて当然じゃない。

 いい? かあちゃんは、侯爵夫人として認められてなんかいないのよ。

 このおっさんは、単なる後見人で、それの内縁の妻に過ぎないんだから。

 つまりね、かあちゃんもアタシも、単なる居候にすぎないのよ」


 だから何度も何度も言ったのに。

 なるべく余計なお金は使わないように、勝手に奉公人をクビにしないように、マカロン嬢はいじめないように。本宅になんて乗り込まないように、部屋を奪うなんてもってのほかって。

 いじめととられかねないことはしないように。


「わ、ワタシが単なる居候……で、でもアナタはちゃんと養子になってるはずよ!

 この女に手続きをさせたわ! 書類だって見たわ!」

「養子じゃないわ。猶子」


 床に座り込んだままのかあちゃんは、ぽかん、と口を開けた。


「……同じようなものじゃないの?」

「ぜんぜん違うわ

 正式な養子なら、アタシにもこの侯爵家に対する権利が発生するけど。

 猶子だと、一時的に養われているだけ。しかも、当主が好きな時に追い出せる存在。

 だからアタシはこの侯爵家の人間じゃないのよ。

 かあちゃんにいたっては、その程度の法律的な裏付けもないんだから。

 だから居候」


 かあちゃんは口をぱくぱくさせて、何か言おうとしていたが何も言えないようだった。


「アタシとかあちゃんが離れに住まわされていたのは当然ってこと。

 当然のことだから、アタシは自分の待遇に文句を言ったことないでしょ?」


 つけくわえれば、アタシの扱いに全く心がこもっていない奉公人達にも文句言ったことないわ。

 だって、アタシはこの家の寄生虫だと思われてるんだから。


 それでも。

 男女のあやしげな声が聞こえない場所で、襲われる心配もなく眠れるってだけでアタシには天国に近い場所だった。

 そして、かあちゃんとおっさんの愚行を見なくて済む分、学園の寮のほうは天国そのものだった。


「ちなみに、アタシは、学費以外一銭も出して貰ってないわ。

 この家にいる時、食事は出して貰ったけど、特別なメニューなんて要求してないし。

 服は全部マカロンお嬢様や奉公人の古着を自分で仕立て直して着てたし。

 学費に関しては、きっちり書類を作ってもらったから不正じゃないし。

 かあちゃんが送ってきた宝石やドレスは、学園の寮の倉庫に手もつけず保管してあるわ」


 なぜかこのピンクのフリフリドレスは、マカロンお嬢様が正式に贈ってくれたけどね。

 なぜか、ね。


「マカロンお嬢様。

 アタシに関していえば、この家の資産を不正に流用してるとは言えませんよね?」


 マカロンお嬢様は、珍しい物でも見ている目でアタシを見ていたが。


「……言うのは難しいですね」


 ニヤニヤ少年が口を開いた。


「へぇ。難しいけど言えるんだ。

 それってどんな条文なの?

 法律にはかなり興味があるんで後学のため聞きたいなぁ。

 それともこれから作っちゃうのかな?」


 マカロン嬢は、仕方ない、という様子で言い直した。


「……言えません」


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