06 ピンクブロンドは第二の罠を切り抜ける
「み、三日前!? そんなことを勝手に!」
おっさんが喚いたが、マカロンお嬢様は平然としている。
おだやかな微笑みを浮かべてアタシを見ると。
「そして同時に、我が妹であるフランボワーズとザッハトルテの婚姻が正式に認められましたわ」
なるほど。婚約じゃなくて婚姻ね。
つまり、さっき殴って来たバカは、アタシの旦那だったらしい。
アタシは、マカロンお嬢様を見返してやった。
「それなら先程、お断りしてきましたが」
「……お断り? それはどういう意味ですか」
「先程、パーティ会場で、そんな戯言を聞かされましたが、
マカロン嬢の婚約者である方との不義に巻き込まれるなどまっぴらだったし、
公衆の面前で弄んで来ようとなさるので、その場で自衛のため断固として拒否して来ました」
気配を消していたニヤニヤ少年が、慇懃に続けた。
「お嬢様の仰る通りです。
申し遅れましたバームクーヘン男爵令息のハイドと申します。
お嬢様は、ザッハトルテの狼藉に懸命に耐えておりましたが、
ついに貞操の危機を感じ、自衛のため、見事なパンチを繰り出し、
ザッハトルテなる破廉恥男をノックダウンさせております。
その一部始終は、私を初めとするパーティ参加者一同が目撃しております」
マカロンお嬢様は、平然と。
「行き違いがあったようですね。
彼は既に私の婚約者ではありません。
既に貴女の配偶者です。これは決定事項ですわ」
この言い分が通されると、アタシは廃嫡されるバカとくっつけられてしまう。
唯一の取り柄である貴族ですらなくなったあの男と結婚などしたら、その先の地獄は目に見えている。
マカロンお嬢様は断固としてアタシを元婚約者ごと破滅させるつもりらしい。
「マカロンお嬢様。
貴女はなんの権限で、アタシをあの考えなしのバカと婚姻させたのですか?」
「わたくしがこのモンブラン家の当主だからです」
おっさんが立ち上がってわめいた。
「ふざけるな! 当主は私だぞ!」
「そうよ!? お前には何の権限もないわ!
その生意気な口が二度ときけないように折檻してやる!
屋敷の地下にでも閉じ込めて、スケベでヨボヨボの老貴族でも見つけてそこへ嫁がせてやる!」
アタシは冷ややかに両親を見てから、マカロンお嬢様に視線を戻し。
「なにか勘違いしてませんか?
いくら当主でも、つい先程当主になった方が、三日前に権限を行使出来るわけがないですよね。
つまり、婚約解消も、婚約成立も無効だと思いますけど」
「!」
マカロンお嬢様の目に僅かだけど、驚きの色が浮かんだ。
「それともお貴族様は法律を守らないでもいいのかしら?」
アタシは背後のニヤニヤ少年に質問を投げた。
「そうだねぇ。貴族でも守らなきゃいけないねぇ。
なんせ我が国はあんまりにも貴族がやりたい放題だったんで、景気のいい商人がみんな逃げ出しちゃって。
商業がひどいことになって国力がどん底に落ちちゃったから、彼らを守る法律を作るはめになったんだから。
守るポーズはしておかないとね」
「まさかマカロンお嬢様が不正を働くわけがありませんから、
今回のことは、少々の勇み足だったのでしょう。
当然、全てはまだ無効ですよね?」
マカロンお嬢様は唇を噛んだ。
「今朝、お役所が開いてから提出されるはずの書類が、三日前に受理されてるとかおかしいですね。
まさか、まさかとは思いますが、不正な行為を行うつもりだったんですか?
ちなみに、昨日の時点で当主が変わっていなかったことも、
婚姻相手の変更が行われていなかったのも確認済みですよ」
アタシの学園で唯一の友人であるアンヌ。
アンヌのお父様は、男爵で弁護士だ。
アンヌ経由で頼んで、法律方面で協力して貰っている。
ピンクブロンドでも権利と人権があると熱弁してくれるいい人だ。
少々うざいし、ちょっと上から目線のイラッとする人だけど。
使命感をもって動いてくれるのは、ありがたい。
「……わたくしの勘違いだったようですね。
貴方方の希望通りになっていれば喜ぶだろうと、
そうなる予定の事を話してしまいました」
「あのバ……ザッハトルテ様は、アタシの婚約者ではないということですね?」
「……現時点では、まだわたくしの婚約者です」
「では、他人の婚約者に言いよられて拒絶するのは正しいですよね?」
マカロンお嬢様は、アタシを一瞬だけ睨み、
「……正しい振る舞いです」
「沢山のお貴族様の前で、あんな非常識な行為をしたら、良くても謹慎、悪ければ除籍。
当然、マカロンお嬢様との婚約も解消ってことですよね?
そんな不良物件とアタシを婚姻させるとかも、当然なしですよね。
だってアタシは淑女として正しい行為をしたんですから」
「……貴女とザッハトルテの婚姻は成立しておりません。
お義母様が強くお望みだったので、そういう風に運ぶ準備をしていたのですが。
今回の件でそれは無しになりましたわね」
苦々しさの欠片もなく言う辺り、ほんとこのお嬢様スペック高いわ。
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