05 ピンクブロンドの浅はかな両親
「なっ殴っただとぉ!?」
「ななな、なんてことをっ!? ザッハトルテ様は、おっお前を婚約者に望んだのでしょう!?
それを、ななな、なんてことをっ!」
大事なことなので2度言うんですねかあちゃん。
「マカロン嬢の婚約者でありながら、アタシに手を出して来たので拒んだだけです。
拒んだのにも関わらず、しつこく迫って来て、ドレスの中にまで手を入れてきたので、
貞節の危機を感じ、やむを得ず自衛しました。
それがなにか?」
愚かな両親は目を見開き、ワナワナと震えていたが、アタシは平然としていた。
ニヤニヤ野郎は、慇懃な態度で。
「御嬢様の仰るとおりです。
自己紹介が遅れました、バームクーヘン男爵令息のハイドと申します。
オペラ侯爵家のザッハトルテ令息は、パーティ会場の中央でしつこくお嬢様に言いより、
お嬢様が拒み続けたにもかかわらず、話を聞こうともしませんでした。
しかも、お嬢様の体をいやらしく触りながら、マカロン嬢からお嬢様へ婚約者を変えるつもりだとまで……お嬢様が自衛のために手を出したのも、やむを得なかったかと愚考します」
慇懃すぎる! コイツ、面白がってやがる! そういうヤツって判ってたけど!
かあちゃんは、ピンクブロンドを逆立ててわめきたてる。
「なんてことを!
せっかくのチャンスを! お、お前は素晴らしい申し出をみすみす棒に振って!
どうする気ですかっ! うなずいておけば、あのお高くとまった女を追い出せたというのに!
このお屋敷の全てが手に入ったというのに! まるごと全部!」
乗っ取ろうとしてたとかゲロすんなよ。
アタシは肩をすくめた。
「なにを怒っているのかわかんないです。
侯爵だか伯爵だか知らないけど、未婚の若い女性に慣れ慣れしくボディタッチしてくる時点でアウト。
しかも、一応は婚約者の妹ということになっている存在に言いよるとか、終わってます」
判ってますけどね。
かあちゃん、あのボンボンをけしかけたりもしたんでしょう。
自分とアタシがマカロン嬢にいじめられてるとか。
アタシが影ながらあのボンボンを慕ってるとか。
でも、マカロン嬢が怖くて言い出せないとか。
さんざん吹き込み続けたんでしょうよ。
今夜のパーティで、婚約者を変えるという言質だってとってたんでしょう。
だからこんな夜中に、吉報を待っていたのよね。
察しはついてたわ。
急にアタシを学園の寮から呼び出して、パーティへ行かせたんだもん。
強い薬品で無理矢理髪の色を元通りにされるし、これからはいつでもこういうのを着てられるんだから嬉しいわよね、とかほざきながら、趣味の悪いドレス着せられるし。
アタシが帰ってきたのは、マカロン嬢からアタシへ婚約者がチェンジされたって話のためだと思ってたんでしょう?
残念でした。破滅すると判ってる事につきあいたくないもん。
お父様は……ああ、実感が湧かないわ……血が繋がってるだけの相手に対する適切な呼び方があればいいのに。
おっさんでいいや。
おっさんは、口をハクハクとさせ、なんとか言葉を絞り出し。
「だ、だが、ザッハトルテ君はお前の方が好きだと!
お前だってザッハトルテ君のことを慕ってたんだろ!」
現実と願望を混同されても困る。
「それに、お前もうちの娘なんだから両家の繋がりとしても問題ないんだぞ!」
「アタシはあの方のことを何とも思っておりません。
虐げられているお嬢様とか勝手に同情されて哀れまれて、勝手に騎士道精神を発揮されても、正直キモイだけです。
しかも、アタシの話は全く聞かないし、人が嫌がっていても都合よく解釈するしで最悪です。
体に触ってきたんで嫌がると『恥ずかしがってるんだね。初々しくてかわいいよ』とかほざくんですよ。正気とは思えません」
初対面でされたわ。さりげないつもりだったんだろうけど。気持ち悪かった。鳥肌がたったわ。
「それに、大事なことなのでもう一度言いますけど、
公衆の面前で婚約者の妹ということになっている存在に言いよって、しかも体を触ってくるとか、人間として終わってます」
「相手は公爵令息ですよ!」
「それが何か? 婚約者の妹ということになっている存在に堂々と言いよってくる破廉恥男です」
斜め後ろでニヤニヤ少年が小さく嗤った。
「アンタ判ってないでしょ!
昔から男あしらいが下手くそで愛想のない子だったけど、まさかこんなチャンスまでぶちこわしにするなんて! あーもう信じられないっ!
貴族様がたの前で暴力なんてふるったら、パーティに二度と呼ばれませんよ!
貴女だって玉の輿にのりたいんでしょう!? その機会をみすみす! 下手すれば未来永劫!
胸だろうが股ぐらだろうが触らせておけばいいのよっ! 減るもんじゃ無いんだから!」
娘に言う台詞か?
このお屋敷から追い出されて長い間娼婦だったからしょーがないけど。
乳どころかもっと色々アレコレされるのが普通だったもんね。
そのお金でアタシを養ってくれたとかなら感謝もするけど、
隣でハクハクしてるバカに貢いでたんだよね……。
アタシは物心ついた時からずっと、娼館の客の財布から抜いたり、娼婦達の世話をしたりで喰ってたんだ。
血が繋がってるだけの相手に対する適切な(以下略)
「何度も何度も言ってますけど。
そもそも貴族のお仲間の輪になんかになりたくないんで、玉の輿自体お断りです」
「うそおっしゃい!
貴族様の奥方や愛人になれば、どんな贅沢だってし放題なのよ!」
そんなわけないでしょ。
どんな家にも収入と支出のバランスというがあってね……。
「それに、お前はこの人の血を! 由緒正しい貴族の血を引いてるんだから、本来ならこのお屋敷のお嬢様なんだから!
悔しいはずよ! 憎いはずよ! あの頭が少々足りない男をたらしこめば全てが手に入ったのに!」
そりゃアンタはね。悔しいでしょうよ憎いでしょう恨むでしょうよ。
このお屋敷にメイドとして奉公している時に、このおっさんのお手つきになって。
んで、アタシを孕んだら、マカロン嬢の母親に泥棒猫めと無一文で叩き出されて。
生きるため&このおっさんに貢ぐために娼婦になって。
でも、それはアンタの気持ちでしょうがっ。
もう日付も変わってるから遠慮することもないや。
「前から思ってたけど、お母様、いいや面倒くさいかあちゃん。頭にウジ湧いてるんじゃね?」
「なっっ」
「アタシに玉の輿なんかくるわきゃないでしょこのコンコンチキが!
寄って来るヤツは、体目当ての勘違い野郎ばっかり!
ピンクブロンドは股がゆるいと思い込んでるアホバカアホ!
しかも、アタシは碌な礼儀作法も身につけちゃいない。かてーしーだかかーてすーだかも出来ないんだから!
あんな場じゃ珍獣よ珍獣! 珍獣のピンクブロンドよ!
そういうのがいいと思うバカもいるでしょうけど、そんなバカとどうかなったら不幸一直線じゃない!」
「バカでもいいじゃないお貴族様なら! お金持ちなんだから!」
あー。この人終わってるわ。
一番よく知ってる貴族が、隣でオロオロしてるおっさんじゃ仕方ないけど。
その時、応接室の扉がゆっくりと開いた。
「誰が入っていいと言った! 下がりなさい!」
かあちゃんがヒステリックにわめいた。
恐らく、アタシと同じように、誰も入って来るなと言っておいたのだろう。
でも、アタシは全く驚かなかった。
現れたのは、執事と屈強な奉公人四人を従えたマカロン嬢。
女当主である証らしき豪華なドレスを着て、一部の隙もない姿。
きっちり結い上げられた豪華な金髪。
知性にあふれた青い瞳。
ちいさく形の良い上品な唇。
豪華なドレスに負けていない気品と美しさ。
尊さすら感じちゃうわ。
流石は淑女の中の淑女。アタシの敵。
これぞお嬢様。
「なんでお前がここに入ってくるのよ! 部屋にひっこんでなさい!
しかも、なにそのドレス!? えらそうで生意気よ!
まだ、そんなの隠してたのね! その場で素っ裸になって、ワタシに渡しなさいよ!」
マカロンお嬢様は、哀れみを込めた目でかあちゃんを見た。
「なっ!? なにその生意気な目は!
もうアンタはこの家のお嬢さんでもなんでもないって、まだ判ってないようね!」
ヒステリックな声を全く無視して、マカロンお嬢様は部屋を見回した。
「御義母様、お父様、既に貴女方のお望みの通りになっていますわ。
わたくし、マカロン・モンブランと、ザッハトルテ・オペラの婚約解消は三日前に成立しておりますもの」
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