END アタシにはおねえちゃんがいる。
最終話です。
違和感に目が覚めると、見慣れたくない天井が目に飛び込んできた。
天井じゃない、ベッドの天蓋。
天使とか精霊とか、そんな感じの女の人が飛び回っている絵が描いてある。
おねえちゃんのベッドの天蓋だ。
ええと、アタシは……
夕食後、お風呂に入っていたら、おねえちゃんが裸で乱入してきて。
明日はアタシの入学式だから念入りにキレイにしなくてはいけませんわ!って凄い圧で迫られて。
いつにもまして丹念に隅から隅まで洗われて。
いつもと同じようにきもちよすぎて……。
……。
「! まさかっ」
ふわふわの掛け布団を慌ててめくると、アタシは裸だった。
またもキレイに整えられちゃってる!
「おめざめねフラン! 貴女の入学式にふさわしい素晴らしい朝ですわ!」
そこには上機嫌で満面の笑みをたたえたおねえちゃん――モンブラン女侯爵がいた。
「お、おね……マカロン姉様!
またアタシを眠らせて裸で運んで寝姿を見てたんでしょう!」
「眠らせたとか人聞きが悪いですわ。
フランがきもちよくて眠ってしまったのをベッドまで運んで来ただけですのに……」
口調だけは『責めないでくださいませ』って感じだけど。
顔はニッコニコで、全くしおらしくない!
アタシは今、モンブラン侯爵家のお屋敷に居候中。
新学期からはグリーグ高等学園の寮で暮らしてるはずだったのに……。
どうしてこうなった!?
色々あったのよ。
偶然だったり謀略だったりが!
グリーグ高等学園の学生寮が春の嵐で半壊したのは、アタシが中等部を卒業する直前だった。
当然アタシは途方にくれた。
高等部になれば中等部の寮には入れない。
次に入居する学生が既に決まっているのだ。
学園は、高等部近くの使われなくなっていたお屋敷を借りて臨時の寮にすることになった。
だけど、その改修の費用もバカにならないらしい。
ところが凄く金持ちの篤志家が現れたとかで、資金調達の目処が立ったらしい。
しかも、半壊した学園寮まで最新設備で新築してくれるらしいのだ!
だけど完成まで3年かかるとか。
聞いた瞬間、とても悪い予感がしたのよね。
臨時の寮は人数が限られ、全員を収容できないらしい。
そこで籤引きになった。
ますます悪い予感。
予感通り、アタシは落ちた!
ごく僅かな私物と共に行き場がなくなって途方にくれたアタシに、満面の笑みと共に手を差し伸べてくれたのはモンブラン女侯爵――おねえちゃんだった。
「フラン! なんて運が悪いんでしょう!
でも、大丈夫ですわ!
わたくし達のお屋敷には、幾らでも部屋がありますもの!
高等部は中等部よりうちに近くて良かったですわ!」
アタシは悟った。
「全部、おね……モンブラン侯爵様が仕組んだんでしょう!」
「ダメですわフラン。わたくしのことは、マカロン姉様と呼ぶと約束したではありませんか」
今のアタシとおねえちゃんの関係は、法律上では赤の他人。
アタシはモンブラン侯爵家の猶子ですらない。
でも、腹違いの姉妹である事実は動かないし。
お屋敷では『ふたりめの御嬢様』とか『妹様』とか『フランボワーズ御嬢様』って呼ばれてるし。
フランボワーズでいいのに!
だけど、そう言うと奉公人さん達はみんな哀しそうな顔をするんだよね!
最近では諦めてうけいれちゃってる……。
おねえちゃんにも、
「フランにモンブラン侯爵と呼ばれると……果てしない距離を感じて哀しいですわ……」
とか言われちゃって。
ほだされちゃって確かに約束した。
でもっ。
「2週間に1回ならいいかと思ったのよ!」
「そんなことは約束には入っておりませんわ」
「くっ」
契約をする時は、書類にきっちり残す。
それがどんなくだらないことでも!
って姉妹の口約束に書類残すバカはいないわよ!
「わたくしだって妥協しましたのよ。
本当は、あの時みたいに『おねえちゃん』って呼んで欲しいんですもの」
アタシは思い出して頭をかかえたくなった。
確かに、初めてふたりでお風呂に入った日。
アタシはマカロン姉様に、夢見たおねえちゃんの姿を重ねて、思わず『おねえちゃん』と呼んでしまった。
一生の不覚!
「マ、マカロン姉様!
籤引きに仕込みをしたのはアンタかっっ」
「おほほ♪ さぁ? なんのことかしら?
春の嵐で寮が半壊したのは災害ですし、くじが外れたのは運が悪かっただけですわ。
運を左右するなんて神にしか出来ないことですわよ」
「くっ」
春の嵐は確かに天災だけど、クジは仕込んでおけば左右できる。
だけど証明なんかできっこない。
ずっと後からニヤニヤ少年が『とっときの秘密さ』みたいな顔で、クジの秘密だの、協力者だのを教えてくれるかもしれない。
間違いなくそうなる。
でも、とっくに手遅れになってるから教えてくれやがるのだ!
「匿名の篤志家は……マカロンお姉様だよね」
「かわいい妹の通う学園を支援するのは、姉として当然ですわ。
あ、それからフランの親友も落ちてしまったそうですわね……」
メチャクチャ悪い予感がした。
アンナはパパである、タルト・ライスズッペ男爵の過保護っぷりにうんざりしてて、
高等部でも寮を希望してて……落ちたのだ。
「わたくしの屋敷には部屋が一杯あるのでどうぞ、わたくしの義妹も一緒ですわ。
とお手紙を差し上げたら。即日、大層喜びに満ちあふれたお返事がありましたわ。
新学期が始まったらすぐにうちに住むことになりましたのよ」
「うぐっ」
ここまでされてしまうと、どうしようもない。
アタシは新学期になる二週間ほど前に、モンブラン侯爵家のお屋敷へ戻るはめになったのだ。
それからのおねえちゃんのアタシへの溺愛っぷりは凄かった。
もちろん、おねえちゃんは頭がいいし基本的には理性的な人なので、アタシのひとりの時間は作ってくれる。
自分の仕事にだって手を抜いていない(執事のセバスチャンによれば、いつもより凄い集中力で片付けてるらしいけど)。
でも、当然、朝昼晩の食事は一緒だし。
三日にいっぺんは一緒にお風呂に入るし。
そうすると2回に1回は……こうなっちゃう。
そりゃね。
アタシ達、お互い夢見てた『おねえちゃん』と『いもうと』だし。
アタシだって、おねえちゃんのこと……今は、その嫌いじゃないし。
というか、どっちかと言うと好きだし。
どっちかでなくても好きになっちゃったし。
でも、眠っている妹の生まれたままの姿を愛でる姉! っていうのはなんか違う!
おねえちゃんに言わせると、アタシが初めてお風呂で倒れた日。
アタシが犯罪的に愛らしかったのがイケナイらしい。
イケナイって何よ! なんかアタシが悪いみたいじゃない!
慎み深いノックの音がした。
メイド長さんだ。
「侯爵様。フランボワーズ御嬢様。
朝食をお持ちしました」
って、アタシ裸!
「少しだけ待ってくださらない。
フランがまだおねむで、今、起こしてるところなんですの。
全く、ねぼすけさんで困ってしまいますわ」
「冤罪!」
扉の向こうから、押し殺してはいるけど笑い声が聞こえた。
「さぁフラン! これを着て!」
おねえちゃんの手には、ハンガーにかかったアタシの服一式。
つやつやで上等なシルクの下着上下と、これまたピカピカのグリーグ中等学園の制服。
それとこれまた新品のピカピカの革靴。
「アタシが買っておいた中古のがあるでしょう!」
もはや、手遅れっぽいと判っていても訊くアタシ。
「おかしいですわね。最初からこれでしたわよ?
勤勉で頑張り屋のフランは、入学記念に新品を買ったんですわ!」
「ご、強引すぎ!」
「ええ、強引ですわ。
でも、かわいい妹の入学式に着ていく服くらい、
新しいので揃えたくなるのが姉といもうものですわ。覚えておきなさい」
開き直った!?
アタシ、最初にこの人が張り巡らした罠から、よくぞ逃げられたモンだ。
「わたくしとしては、フランはずっと裸でも愛らしいからいいですけど。
人目にさらすのは耐えられませんわ」
この人、アタシがこれを着ないと他に何も渡さないつもりだ!
「わ、判ったわよ!
ありがたく着させて貰うわよ!」
そそくさと着ると、サイズぴったり。
お風呂へ乱入して来てからここまで、間違いなく計画的犯行。
「……髪は染めなくていいんですの?」
心配そうな声。
「毎日染めてたら痛むでしょう?」
「それはそうですけど……」
とっても心配されてる。
それがうれしい。
アタシはピンクブロンド。いわくつきのピンクブロンド。
高等部になると『ピンクブロンドのトロフィー』になっちゃうらしい。
ニヤニヤ少年いわく、アタシは狙われるらしい。
執拗に、いやらしい目で、弄ぶ対象として。
普通に考えれば前みたいに染めた方がいいのかもしれない。
だけど、決めたの。
このままで通うって。
アタシは着替えてる最中にさりげなく姿勢を変えて、お姉様に対して背中を向けて、
「マカロン姉様のおかげ」
「そう、ですの?」
正面切って言うのは恥ずかしい。
でも、ちゃんと言っておきたいの。
「ピンクブロンドの髪だってアタシの一部なんだから。
何も恥じることのない大事な一部。
それを教えてくれたのは、マカロン姉様なんだ」
おねえちゃんは、アタシをキレイだって言ってくれた。
愛しい妹だって何度も言ってくれた。
アタシは、フランボワーズ。
娼婦になるために生まれたんじゃない。
アタシの人生はアタシのものだ。
「だって、この髪、キレイなんでしょう?
だったら染めたらもったいないもの。
アタシの体がかわいそうだもの」
アタシに運命があるとしたら。
抗い続けるというのがそれなんだろうと思う。
アタシは、おねえちゃんの方を向いた。
「まぁ! 綺麗よフラン!
流石はわたくしの愛しい妹!
王都の全新入生の中で、貴女が一番綺麗!」
照れくさい、けど嬉しい。
アタシにはおねえちゃんがいる。
ちょっと変わったところもあるけど。
きれいで頭がよくてやさしい自慢のおねえちゃんが。
そして、おねえちゃんはアタシを愛してる。
何度もそう言ってくれる。
うれしい。
アタシはまだ照れくさくて、口に出しては言えないけど。
アタシも大好き。
これにて終わりです(外伝とか第二部とか書かなければですが)
なんとか一日2話更新を貫けました。
それもこれも、読んでくださっていた皆様のおかげです。
何度もくじけかけましたが、感想にはとても励まされ、最後まで書くことができました。
最後までお読みいただき、本当にありがとうございました。
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