02 ピンクブロンドとニヤニヤ少年
続きです。
「それにしても弱かったなぁ。君のパンチ一発で尻餅ついてんの。
なにあの軟弱っぷり。あれが侯爵家の令息とか終わってる」
「鼻と口の間は弱いのよ。体験してみる?」
ニヤニヤ少年はわざとらしく肩をすくめた。
「おおこわ。遠慮するよ」
いちいち芝居がかってる。いい気がしない。
こいつにとっては、全部ひとごとなのだから当然だけど。
アタシとこいつはクラスメートだ。
3年前、平民や下級貴族が通う学園で出会った。
忌々しいピンクブロンドの髪のせいで、寮で同室になったアンナ以外は友達らしい友達も出来なかったけど、それでよかった。
将来確実に来る破滅に備えなきゃいけなかったら遊んでるヒマなんてなかったのだ。
授業、予習復習、学園の中で小間使いとしてお茶くみとして掃除婦として走り回って手一杯。
バカ親どもからの送金はあったけど、これは使うと後が怖いお金だから手をつけられない。
そんなアタシはクラスの中では浮いてたけど、コイツはさりげなく溶け込んでいた。
でも、混ざってはいなかった。砂の中の針のように異物だった。
クラスでちょっとした諍いが起こると、いつも一歩引いて観察していた。
見守るのではない、それよりも冷たく他人事。観察だ。
コイツの唇にはいつも、誰も気づかないくらい僅かだけど、皮肉めいた笑みが浮かんでいた。
面白がっていた。
だから、いよいよあの人が18歳になる一週間前、コイツに話しかけたのだ。
『おもしろいもんが見せられると思うから、ちょっと協力してくれない?』って。
そしたらコイツは、無遠慮にアタシの頭からつま先までジロジロとたっぷり観察したあとで。
『ふぅん。破滅するところでも見せてくれんの? ありきたりでつまんないね』
アタシは、自信ありげに返してやった。
『そんなありきたりより、史上初めて破滅から逃げおおせるピンクブロンドを見せてあげるわ』
コイツは、アタシの顔を初めてちゃんと見ると、
『いいよ。退屈してたから』と答えて、ニヤニヤと笑ったのだ。
アタシの勘は間違ってなかった、と思う。
コイツは、どういうツテでか、あの会場にも潜り込めたし、速い馬車も用意してくれた。
でも、それでも、気にくわない。
「くっくっく。あの勘違いっぷりはすごかったねぇ。
『かわいそうなフランボワーズ!
ボクは決めたんだ! 君をあの高慢なマカロンから救うって!
平民の血が半分入っているとはいえ君にだってしあわせになる権利があるんだ!』だってさ」
あのバカの口まね。
まぬけさとナルシストさを誇張した感じ。
こういう所が、いちいちカンに触る。
「ま、あんな軽はずみなバカだから、ピンクブロンドのお相手に選ばれたんだね。
適材適所ってヤツさ」
アタシはあのバカと会わないようにしていた。
あの人の周辺の人間には、出来る限り関わりたくなかったからだ。
特に異母姉の婚約者なんか破滅への第一歩にしか見えなかったもの。
それなのに、アタシがたまたまあのお屋敷に帰ってる時、何度も会うはめになった。
異母妹なのに、離れに住まわさせているアタシに勝手に同情しやがった。
バカかと何度も思った。
アタシは猶子で養子じゃない、猶子が本宅に住めないのは当たり前。
待遇や奉公人からの扱いに差があるのも、これまた当たり前でしかない。
お貴族様ならそれくらい常識だろ常識!
でもあのバカは、アタシが何度か事実を言っても聞こうともしなかった。
アタシも何にもわかんないバカのフリを続けなきゃならなかったんで、それ以上は言えなかったけど。
しかも、奉公人達はあいつの前ではことさら、アタシのことを見下げる態度をした。
だからますますあのバカは自分の妄想を信じ込んだ。
「侯爵家の令息なら裏くらいとって当然なのに。ばっかだねー。あんなので人生棒に振って」
「バカにバカって言ってもしょうがないわ」
周りが勘違いを訂正しなかったところからして、あのバカは、とっくの昔に見捨てられていたのだろう。
それでアタシという目障りなゴミごと、処分されることになったのだ。
「君が正直に話したところで『あの女に言わされているんだね。かわいそうに』なんでしょ。終わってる」
その上、バカはプライドまで高かった。
全てに渡って優秀なマカロン嬢は、劣等感を刺激する存在でしかなかったんでしょうよ。
「アイツはマカロン嬢のことが嫌いだったのよ。だから逃げたかったんでしょう。
条件さえ揃っていれば相手は誰でも良かったのよ。アタシでなくても」
あのバカにとって、マカロン嬢に虐げられた(ある意味正解)義妹であるアタシは、庇護欲と優越感を満足させる存在だった。
だからこそアタシが、あのバカを破滅へ導くエサに選ばれたんだろうけどね。
「くくっ」
アタシがマカロン嬢と呼んだとき、ニヤニヤ少年は、口角を吊り上げた。
「マカロンお義姉さまぁって言えばいいのに」
「そんな風に呼ぶ気になる相手じゃないわ」
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