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24 ピンクブロンドは負けを認めてしまう。


 髪をきれいにしてもらったアタシは、ようやくお湯からあがらせてもらえた。


 おねえちゃんは、アタシの体をタオルでサッと拭いてくれる。

 手早いのに、乱暴でも雑でもない。

 アタシを完全に打ち負かしたって判ってる筈なのに、お芝居は完璧なままだ。


 もしかしたら、お貴族様らしいお慈悲なのかもしれない。

 アタシに少しは夢をみさせようっていうのかも。


「うふふ。もうちょっとで終わり。

 そうしたら凄い美人の妹のできあがりですわ」


 本当にうれしそう。

 アタシを誰かに引き渡して、モンブラン侯爵家の権威をいくらか取り戻せるのが嬉しいんだろう。

 それとも、権威をさんざん傷つけたアタシを処理できるのがうれしいのか。


 いつもなら、こんな状態でだって、毒づくくらいできる。

 なのに、できない。


 欺されてると思う度に、胸の奥が、ずきん、とする。


 口に出した瞬間、夢にまで見ていたおねえちゃんが消えて、敵しか残らない。

 それが哀しすぎて、何も言えない。


 浴室の隅へつれていかれて、タオルが敷いてあるベッドへあおむけに寝かされる。


 アタシはされるがまま。

 裸にされた時に、武装解除されちゃったんだ。


 情けないことに、抗う気力は全くなくなっちゃってる。

 在ったとしてももうどうしようもないけど。


 この部屋の外へ飛び出せたとしても、逃げようがない。

 騒ぎを起こせば、すぐに誰かが飛び込んで来て制圧されてしまうだろう。

 もしかしたら、隣には既に、アタシを買う男が来ているのかも知れない。

 そこをなんとか突破したとしても、裸のままでは逃げ出しようが無い。

 ここがお屋敷のどの辺りかもわからないから、迷っているうちに捕まってしまうだろう。


 あの毒薬の瓶を渡された瞬間。アタシは負けちゃってたんだ……。


「これはね、お肌のみずみずしさを保つためのクリームですわ。

 フランボワーズのお肌にとってもやさしいのよ」


 きれいな手に、見たこともないとろとろの液体をたっぷり塗りつけると、アタシの体に塗りこみ始めた。


「どう? ピリピリしたりしない?」


 アタシは小さく首を振った。


「よかった。フランボワーズのお肌にあってるみたい。

 まだ売り出していない最新のですのよ」


 クリームが腕に首に胸に脚に、丁寧にぬりこまれていく。


 どうしてこんなにやさしくて、本当に愛されてるみたいに感じちゃうんだろう。

 体中がよろこんじゃってるのがわかる。


 クリームや手つきがきもちいいのは確かだけど。

 誰にも大切にされたり愛されたりかまわれたりしたことがなかったから。

 自分ですら自分を大切にしてなかったから。


 こういうのに飢えてたんだ。

 ずっと前から欲しがってたんだ。

 アタシってちょろかったんだ……。


 こんなんじゃ負けちゃって当然よね。


 どうして毒薬の贈り物を返そうとなんかしちゃったんだろう。

 もしかしたら、アタシ、マカロンお嬢様を心のどこかでおねえちゃんと思っていたのかも。

 だからあんな甘ちゃんなことをしたのかも。


 アタシは、娼館よりひどい所に送られるんだろう。

 名門侯爵家にさんざん泥を塗った憎いピンクブロンド。

 売りつける先がいいところのわけがない。


 娼館でボロボロにされてた女達の姿が次々と浮かんでくる。

 変態趣味の客に買われて、すごく小さい箱にいれられて帰ってきた子や。

 生傷が絶えず、最期はその変態からも見捨てられ、病気で一人死んでいった女の人の姿。


 アタシも彼女達と同じ。

 まぼろしでも、こんな素敵な夢を見せられたら、二度と立ち上がれない。


 これがアタシが最期に味わえるしあわせ。

 いつわりでも、しあわせ。


 今、アタシはたっぷりとやさしくされている。

 おねえちゃんにかわいがられてる。

 夢見てたおねえちゃんに。


 かなわない夢を見せられた時、人って終わっちゃうものなのかな。


 ほんとうにきもちいい。

 ずっとこの夢のなかにいられたらいいのに。


 悪夢みたいな現実より、夢みたいな嘘のほうがいいや。


 ああ、ほんとうにきもちいい。

 力がぬけちゃう、まぶたが重くなってきてる。


「ねむくなっちゃったみたいですわね」


「うん……」


 きもちいいからかな。


 それとも、眠り薬とか飲まされていたのかな。


 紅茶とかだったら口をつけないけど、体に塗られたらわからないもの。

 アタシの体にいろいろ塗ってくれたのは、そのためだったんだ……。


 もう終わりなんだ。

 理想のおねえちゃん劇場の終わり。


 寝ているうちにどこかへ運び出されちゃうんだろう。


 アタシがマカロンお嬢様だったとしても、そうする。

 眠らせてしまえば、暴れることも逃げ出す事もないもの。


「もうすこしかかるから、終わるまでねむっちゃってていいのよ。

 わたくしが起こしてさしあげますから」


「うん……」


 アタシは目をつぶった。


 ここちよい眠気が、全身をゆっくりと包んでいく。


 やさしくされるのを感じながら、意識がうすれていく。


 ごめんねアンナ。初めて出来た友達。

 一度だけだけど、一緒に遊びに行けて楽しかった。

 初めての王都巡り、初めての買い食い、初めてのお買い物……。


『ピンクブロンドの呪い』との戦いに、あんなに協力してくれたのに、アタシが生き残ったのを喜んでくれたのに。わんわん泣いてくれたのに。


 アタシ、他愛も無く負けちゃったよ……。


「かわいい顔をして寝ちゃってますわね。うふふ。きっと起きたらびっくりしますわね」


 ううん。びっくりなんかしないよ。

 だって、アタシ、人生にいいことなんてないって知ってるから。


 おねえちゃん、アンタの勝ちだよ……。


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