23 ピンクブロンドは罠に溺れる。
それからのアタシはなすがままだった。
「お風呂に入る前に、よく体を洗わないといけませんわね」
あたたかいお湯。
しかもアタシが普通一回で使う量よりもたっぷりと何度もかけられて。
体中が、ぽわん、とあたたまる。
その気持ちよさに、ぼぉっとなって座り込んでたら、
背後から、おねえちゃんの手が伸びてきて、アタシの胸をすごくやさしく洗い始めた。
「か、体くらい洗えるわっ、あ、あん……」
おっぱいを下からもちあげるようにして、隅々まで指で洗ってくれる。
アタシがいつも手早くするために、痛いくらい強くこするのと全然違う。
白くてふんわりした泡で、アタシの体が覆われていく。
体を洗われるのって、こんなにきもちよかったの……とけちゃいそう……。
「ぜんぜん洗えてませんわ。
だって、こうやって触れると肌が荒れてるってわかりますもの。
濡らした布できつくこすってるんだけじゃなくて?」
くいくいと背中に押しつけられるやわらかいふくらみの感触も、きもちいい。
「それはっ、時間、かけられない、からっ。も、もういいです」
やさしい手から逃れようとしても、力が出ない。
「女の子の肌は、やさしく洗うものですわ。こんな風にね」
本当にきもちよくて、思わず体を預けちゃう。
「フランボワーズの胸は大きいから、ちょっともちあげて下側も丁寧にね。
あら、あせもが出来た痕がいっぱい残ってますわ。あとでよくケアしてあげる。
こんな風に扱っていたら、体がかわいそう」
「だ、だって、アタシの体は――」
いくら、おねえちゃんに褒められても、アタシは自分の体が――
「だめですわよ。フランボワーズは身も心も素敵なんですから、
自分の体は、大切にして、慈しんであげなくてわ」
おねえちゃんに、やさしく。大切にしてされている。
それだけで、胸がキュンとなってしまう。
やさしくされることだけじゃない。
なにもかもが初めて。
石鹸のあまやかな香り。たまに落ちているのを使うキツイ石鹸と全然違う。
アタシの体は、甘い香りとやわらかいあぶくと、おねえちゃんのやさしさに包まれていく。
首筋も、肩も胸も、どんどんきもちよくされていっちゃう。
自分でも肌が体中が喜んでるのを感じちゃう。
頭ではわかってるのに。
これが罠だって判っているのに。
きもちよさでふわふわしちゃってる。
「ほーら、こっちをむいて、脚を開いて」
「うん……」
やさしいささやきに、アタシは素直に従ってしまう。
「フランボワーズの髪って痛んでいなければ本来こういう色なのね……。
本当に綺麗ですわ……でも、少々お手入れ不足みたいですわね」
「!? あ、やっっ!?」
気づけば、おねえちゃんの真っ正面で脚を大きく開いてしまっていた。
「脚を閉じてはだめですわ。
ここはね、とっても繊細なんだから。ちゃんと洗わないといけませんもの。
おねえちゃんが、洗い方を教えてあげますわ」
まっしろできれいな体が、アタシの開いた脚のあいだに入ってくる。
「だ、だめぇ。そこはっ」
泡に飾られたピンクブロンドの奥が、指で開かれちゃう。
「安心して。大丈夫ですわ。
わたくし、フランボワーズを怖く感じさせたり、痛くさせたりは、金輪際しませんもの。
ほら、こういう風に洗えば痛くありませんのよ」
アタシは、恥ずかしい場所をやさしくそっと開かれて。
ふらふわのシャボンに包まれたやさしい指で、隅隅まで綺麗にされていっちゃう。
「あ……きもちいいっ……」
おねえちゃんに、かわいがられてる。
やさしく、とろとろにされちゃってる。
アタシにとって、やさしさは甘い毒。
ダメだと判っているのに、与えられるとうけいれてしまう。
「そこはっき、きたないよぉ、だめぇ」
お尻の谷間の底まで洗われちゃうっ。
「フランボワーズは、どこもかしこも綺麗でかわいいですわね。
こんな素敵な子が、わたくしの妹だなんて……信じられないですわ。
ますます好きになってしまいますわ」
おねえちゃんがアタシを好きだって言ってくれる。
その言葉だけで、しあわせなきもちになっちゃう。
つらいことはなんにもなくて、ただやさしくて、きもちいい。
頭の隅で、狂ったように警報が鳴っている。
逃げろ逃げろ逃げろ! これはみんな罠だ!
判ってる。判ってるよ。
アタシは、ついに罠にはめられちゃったんだ。
この人は、アタシを改めて徹底的に調べたって言ってた。
当然、娼館で暮らしていた時のコトも。
それで、おねえちゃんを欲しがってたコトも誰かから聞き出したに違いない。
この人は、アタシを今度こそ罠にかけるために考え抜いたに違いない。
そして思いついたんだ。
アタシが逆らえない存在になればいいって。
夢のおねえちゃんになればいいって。
だから、体を張ってこんなお芝居をしてるんだ。
アタシが、夢のおねえちゃんには逆らえないって判ってるんだ。
くやしい。
でも、やさしくされて、うれしくて。
アタシは、思惑通りなすがままにされちゃってる。
「かわいいですわ、フランボワーズ……。
もっとよく貴女のことを教えて……足の指までかわいいですわ……」
こんな風に罠にはめられちゃうなんて、想像もしてなかった。
いたぶられたり、殴られたり、無理矢理されるのは日常茶飯事。
それがアタシの生きてきた世界だった。
娼館は、それに加えて、恐ろしい権力とか、法律とか、理不尽な仕組みの塊だった。
だから、抗う手段を嫌でも覚えられたし、抗うことも出来た。
でも、やさしい罠なんて……反則だよぉ。
しかも、貴族のなかの貴族、淑女の中の淑女って呼ばれてたおね――マカロンお嬢様が、自分の柔肌までさらけだして仕掛けてくるなんて。想像できるはずなかった。
アタシは逆らえないまま、たっぷりのお湯と石鹸と時間をかけられて。
全身をやさしくやさしく磨き上げられてしまう。
「ほんとうにフランボワーズは、かわいくてきれいですわ。
いつもの勇ましくて真っ直ぐな貴女も大好きですけど、
今日みたいな姿もかわいいし、もっと見たいですわ。
もっと見せてくださいまし……」
うっとりとした声。
それはきっと、勝利を確信しているから。
今度こそ、目障りで小癪なピンクブロンドを処理出来るから。
判っているのに。
ニヤニヤ少年が、モンブラン侯爵家の破滅を伝えた瞬間から罠は始まっていたんだ。
あの程度を破滅だっていうことに、アタシが呆れることも。
毒薬の瓶を贈られてきたことに、アタシが怒ることも。
それをアタシが突き返そうとすることも。
目の前で小瓶の中身を飲まれたら、アタシが動揺することも。
そこへつけ込めば、アタシがほだされて欺されることも。
全部計算していたんだ。
あのとき、アイツがアタシを引き留めたのは、まだお嬢様の準備が出来ていなかったから。
奉公人達が、アタシを軽蔑しないフリをする訓練ができていなかったんだ。
バカなアタシは、お屋敷にいつ乗り込むのかを、あの場で喋ってしまった。
奉公人達が玄関ホールで待ってたのは、準備万端でアタシを待ち構えていたからだ。
なんでアイツが、裏切らない味方だなんて思ってしまったんだろう。
アイツは、アタシがボロボロになるのだって見たがってた。口に出してた。
この人は、アタシを調べるついでに、ニヤニヤ少年のコトも調べただろう。
そして、アイツとアタシが、恋人同士どころか友人ですらない事だって突き止めた筈だ。
そして、アイツに誘いをかけたのだ。
「あの子が破滅するのを見たくない?」って誘われたら。
「面白いなら見たいな-」くらい言うヤツだって知ってたのに。
アタシを調べ尽くして、アタシだけを填めるための罠。
「さぁ、お風呂に入りましょう」
やさしくうながされて、アタシはなすがまま。
判っているのに、抗えない。
だって、もし、ありえないけど、ぜんぶほんとうだったら。
ほんとうにアタシにやさしくしてくれてるんだったら。
罠とか言ったら、おねえちゃんを傷つける。
そんなことあるはずないのに。
バスタブに体を沈めると、あたたかくてたっぷりのお湯に肩までつつみこまれちゃう。
肌にやさしくあまい温度がしみとおってくる。
それにいい香り。綺麗な赤い花びらがいっぱい浮いてる。
「はぁぁ……きもちいい……」
こんなの初めて。思わず甘い声がでちゃう。
寮では学費をきりつめているから、入浴代も払えなくて。
最後に洗う係になることで、二日に一回だけどおめこぼしで入らせてもらっているのだけど。
比べものにならない。
でも、だめ、こんなのダメ。ダメなのに。
アタシはこれから先の展開が判っている。
これはアタシを娼婦にする儀式だって判ってる。
16歳になったら、アタシは娼婦の鑑札を取らされるコトになっていた。
娼館のしきたりで、初めて客を取らされる夜だけ、娼婦は新婦として扱われる。
女達の手で、体の隅々までピカピカに磨き上げられて、豪華なドレスを着せられて客に出される。
初めての日の子を買いたがる金持ちは多いらしい。一日だけの花嫁。
お嬢様は、どこかでこれを知って。今、まさにアタシにしているんだ。
このままじゃ、アタシは娼婦にされちゃう。
ずっと抗ってきたのに、ここでされちゃうわけには――
「も、もう。十分あったかくなったから……」
バスタブから出ようとしたけれど。
「うん。なら、このまま髪を綺麗にしてしまいますわ。
はい。あおむけになって。シャンプーが入ると痛いから目を瞑ってね」
「あ……うん」
うなずいてしまって、従ってしまうアタシ。
バスタブの縁から頭と首を出した姿勢で、頭を洗われてしまう。
これで頭を押さえられたら逃げ出すことなんてできない。
おねえちゃんのやさしい指が、アタシのゴワゴワの髪を丁寧に洗ってくれる。
毛の根元までシャンプーのあぶくで綺麗にされていく。
なんでこんなにきもちよくて、やさしいの。
ぜんぶ罠なのに。判っているのに。
「フランボワーズの使っている染料、判りましたわ。
ならば、これで……綺麗におちますわね」
おねえちゃんの形のいい指が、アタシのゴワゴワの髪を丁寧にすいてくれる。
何か冷たくてドロっとしてスッとする液体を塗りつけてくる。
次に、髪全体がやさしくマッサージされる。それがまたきもちいいの。
「ちょっと痛んでるけど、本当に綺麗なピンクブロンドですわね……染めるのが勿体ないくらいですわ。しばらく見ていてもいいかしら?」
ああ、やっぱり。
アタシの髪を染めてくれる気なんかなかったんだ。
だって、アタシは珍しいピンクブロンド。
お貴族様の手を何度もすり抜けた、生意気なピンクブロンド。
お嬢様がアタシを誰に売るにしても。
ピンクブロンドじゃなくちゃ、商品価値が半減しちゃうもの。
そこまで判っているのに……アタシは、受け入れてしまう。
「おねえちゃんが……そう望むなら……」
だって、おねえちゃんの頼みをことわっちゃったら。
かなしい顔をされるかもしれない。
そんなの悪い。夢のおねえちゃん相手にそんなことできないよ。
おねえちゃんは本当にやさしくて、アタシを大切にしてくれてるのかもしれないじゃない。
そんなことあり得ないって判ってるよ。
でも、この罠から逃げようなどとしなければ、残酷な現実が現れる瞬間まで、しあわせな夢の中にいられる。
そんなの、ありえないのに。
もし読んでみて面白いと思われましたら、ブクマ・評価・感想などお願いします!
お暇でしたら、他のお話も読んでいただけると、更にうれしいです!




