22 ピンクブロンドはおねえちゃんを見る。
「うれしいわ!
わたくし貴女をもっと知りたいの!
報告書じゃなくて、生身の貴女を!
そのチャンスをくれるんですのね!」
判らない。自分がわからないよ。
アタシだまされてるのに、うれしい。
これが全部ほんとうだったらいいのに。
「あら、凄い汗。わたくしを叱ろうと駆けつけてきてくれた印ですわね」
黒く染められてゴワゴワのアタシの髪を、やさしい手が撫でてくれる。
「そ、そういうわけじゃ……歩いて来たから……遠くて」
こんなことされたらダメなのに。
手がきもちいい。
今のアタシきっと、この人と戦えない。
アタシが世界と戦うために隠していた弱い部分が。
剥き出しにされていく。
「髪の毛がびしょびしょでゴワゴワですわ。
余りいい髪染めを使っていないみたいですわね……
こんなのを使っていてはキレイな髪が傷んでしまうわ」
「だって、一週間に一度は染めないといけないし……
こんな呪われた髪はどうでもいいし……
それに、その、あ、アタシお金ないから……」
ダメ。
こういう言い方だと誤解されちゃう。
アタシがお金を欲しがってるなんて思われたくない。
弱みを見せたくない。
ちがう、この人には、かあちゃんみたいな女だって思われたくない。
「ちがうの! お金が欲しいとかじゃないの!
あ、アタシとマカロンお嬢様は、赤の他人だって判ってるから!
ただ、その、痛むってわかってるけど、仕方がないって言いたいだけで……」
お嬢様の顔が、赤の他人という言葉に、一瞬曇る。
アタシの胸が、ズキンとする。
「では、わたくしに力を貸して下さらない?」
戸惑ってしまう。
何でも持っている侯爵家当主に、アタシみたいな素寒貧が?、
「マカロンお嬢様に、アタシなんかが……」
やさしくされて、しかもそれに何か企みがあるって判ってるのに、信じかけてる。
なのにうれしい。それが怖い。
怖いのに、このままだと甘えてしまいそう。
「わたくしね。
出資している事業のひとつに、化粧品の製造販売があるんですのよ。
商品を試すために色々な人の髪を染めてみたいんですの。
いつもは、奉公してくださっている方々やその家族、親しい方々に頼むのだけど。
貴女の髪は珍しい色でしょう? だから、是非、試してみたいの」
嘘を言っているようには感じない。
アタシをここまで生き残らせてきた勘が働かない。
何か企みがあるに決まっているけど、嘘だって思いたくない。
「……奉公している人にもなの?」
「ええ。そうですわ。
だからそんなに深刻に考えなくてもいいの。
髪染めだけでなくて、他の化粧品も試してもらえるとうれしいですわ」
もしこれが。
叱ってくれたお礼、って言われてたら、アタシは断れたろう。
見返りなんて求めてないって。
でも、頼まれてしまった。
「……それくらいなら……いいけど……あっ」
またもや抱きしめられて、ほほずりまでされてしまう。
この人は、ほっぺたまですべすべで柔らかい。
アタシと造りが違う人なんだ……。
「ありがとう! うれしいですわ!」
「……それほどのことじゃ! たっ試すのに協力するだけでっ」
お嬢様は、アタシの手をとって立ち上がった。
「じゃあ、行きましょうか。案内しますわ!」
「どこへ?」
戸惑うと、邪気のない笑みが帰ってくる。
「お化粧をする前に行くところは決まってますわ。
お風呂ですわ」
「ええっっ!?」
戸惑っているうちに、応接室から連れ出されてしまった。
マカロンお嬢様は、廊下で待っていたメイド長に。
「これからお風呂をいただきますわ。
髪染めも種類があるだけ。
この前贈られてきた試供品一式も用意しておいて」
「はい、すぐにも」
「それとアレも」
「心得ております。今日の予定はどうなさいます?」
「全部、延期にするようセバスチャンに伝えて」
「かしこまりました」
メイド長が立ち去ると、静かだった館内が一斉に動き出す気配。
「どうしてお風呂なんか!? 昼だしっ!
だって、髪を染めて化粧をするだけって!」
「汗を流して肌を綺麗にした方が、
化粧品のノリもいいし、髪もしっとりして良く染まるんですのよ」
「だとしても、あ、アタシは離れの水場で」
学園の寮に入るまでの期間も、たまに帰ってきた時も。
アタシは、夜中、離れの隅にある水場でこっそり体を洗っていた。
水しか出なかったから冬はすごく辛かったし、夏は虫が容赦なく入ってきたけど、
裸になる時間は短いほど安心出来たし、夜のほうが――
「肌をしっとりさせるにはお湯をでないといけませんのよ。
お風呂に入って貰わないと、お試しになりませんの。
それに、女性の客人がいらした時には、おもてなしのため用意させますのよ。
ですから、今からわざわざ用意しているわけではありませんの。
入らなければ無駄になってしまうだけですもの」
無駄になる、と言われると、貧乏性のアタシは断れない。
そのままの流れで、本館の風呂場へ連れ込まれてしまった。
「わぁ……」
思わず、子供のような感嘆の声をあげてしまう。
アタシの声が、わんわんと響く。
真っ白い大理石で出来た巨大な湯船。
満々とたたえられたお湯からは、静かに湯気があがっている。
学園の寮のお風呂場も広いと思っていたけど。
ここに比べると、お屋敷と物置小屋ほどの差がある。
お嬢様は、こんなに広い場所で、ひとりでお風呂に入るのか――
マカロンお嬢様が、服を脱ぎ始めた。
「ええっ。な、なにをっっ!?
あ、アタシ外に出るからっ!」
「なぜですの? これから貴女に化粧をするんですもの。
お風呂でいろいろしたら濡れてしまいますでしょう。
だったら、わたくしも一緒に脱いでしまったほうが合理的というものですわ」
既に、化粧品らしき箱や瓶がカートに並べられて準備されている。
「でもっ、な、なにも女侯爵がアタシみたいな平民に自分で!?
い、いつもはその、お貴族様のおうちでは、そういう仕事の人がやるんだよね!?
あ、アタシだってそれくらい知ってるんだからっ!」
「ええ。確かに侍女の中には、わたくしの入浴係もいましてよ。
ですけど、かわいい妹に初めてお化粧をする役を、他のかたになんか譲れませんわ」
羞恥で頭が真っ白になった。
言っていることは判るけど、でもっ。
アタシだって娼館でいっぱい裸を見ている。
でも、裸を見られたことはなかった。
あんな場所で裸になっていたら、いつ襲われるか判らないから。
アタシはいつも、娼婦達の残り湯にこっそり入って、
なるべく時間を掛けずに済ませていた。
身を隠す場所もないこんな広いところで、
裸を人に見られながらお風呂に入るなんて気が遠くなる。
思わぬ事態の進行にパニックになって立ち尽くしていると。
マカロンお嬢様は、すでに全裸。何も隠そうとしていない。
大胆すぎるよ! いくら同性だからって!
真っ白な世界で、豊かな金髪と、蒼い目と白い肌。
アタシみたいに無駄に大きくなくて、ツンと上を向いた乳房。
すらっとしているのに、きゅっとしまった腰。
手入れされて綺麗な脚の付け根。やわらかそうな太もも。
足の指の先まで、形がいい。
まっすぐ育っていて、どこも歪んでない。
まぶしいほどきれい。
どうしてあのバカな婚約者は、こんなにもきれいでやさしい人を振って、下らないアタシを選ぼうとしたんだろう。
「あら? まだ脱いでいませんの?」
「だ、だって。はっ恥ずかしくて、そのこういうの全然慣れてなくて」
アタシなにを言ってるんだろう。
こんなのに慣れてる人なんているわけない。
「もしかして裸を見られるのは、わたくしが初めてですの?」
アタシはただコクコクとうなずいた。
襲われて服を引き裂かれて下着をずりおろされたことはあったけど。
「まぁっ! うれしいですわ!
じゃあ。わたくしが脱がしてさしあげますわ」
「え、あっっ」
制服のネクタイがほどかれる。
着古した制服が手早く脱がされてゆく。
「なんでこんなに手慣れて……」
「我が家では化粧品だけではなくて服飾も手がけてますの。
だから、わたくし着付けをすることも多いんですのよ」
スカートが足元に落ちて、上着まで脱がされて。
アタシはシュミーズ姿にされてしまった。
「こ、これ以上は自分でするからっ」
アタシは反射的に胸を腕の前で組みしゃがみ込んで体を隠してしまった。
このシュミーズは古着屋で買ったもので、あちこち繕ったもの。
ショーツは、このお屋敷の人の古着を修繕したものだ。
何もかも違いすぎる。
この人が、アタシを妹だなんて思うはずがない。
「子供じゃないから!
じ、自分で脱ぐからっ!」
「判りましたわ。
さっき言いましたでしょう?
わたくし、貴女がいやがることはしたくありませんの」
お嬢様は、くるり、と後ろを向いてくれた。
お尻は綺麗なハート型で引き締まっている。
ああ、キレイ。
娼館で見慣れた裸と同じなのに違う。
色っぽいけど、男を喜ばせるために磨かれてるのじゃない。
アタシとは違う。
すごく惨めな気持ちで後ろを向いて。
お嬢様が体へ湯をかける音を聞きながら、汗染みた古着を脱いだ。
ゲスな男を喜ばせるための無駄に大きな胸が目に飛び込んでくる。
ムチムチしたいやらしい肉の塊。
アタシが自分の体で一番嫌いな場所。
男に犯されるためにあるとしか思えない脚の付け根の部分。
そこは染めていなくて、忌まわしいピンクブロンドのまま。
マカロンお嬢様と全然違う。
男に犯されるための体。みにくい体。
「あ……」
アタシは娼館で生き残るために、考えを止めるのが得意だ。
でも、何かの拍子で留め金が外れてしまうことがある。
今、外れてしまった。
なんで、体を洗うとき時間をかけないか。
しかも夜。暗い中で。
自分の体を見たくないから。みにくい体を。
きゅうっと胸の奥が締め付けられる。
なんでこんなに辛いの。
その瞬間。留め金がもうひとつ外れてしまった。
かあちゃんに言われたんだ。
何度も何度も言われたんだ。
『お前は生まれついての淫売だ』って。
その言葉を信じたくなくて。
でも、いやらしく育っていく体は、容赦なく現実を突きつけてきて。
判っていたけど認めたくなくて。
だから抗い続けてた。
アタシは座り込んでしまった。
こんな体を見せたら、きっと、マカロンお嬢様に嫌われちゃう。
かあちゃんがアタシを見て何度もそう言ったように、言われてしまう。
「まぁ! まぁ! まぁ!」
「!」
ハッとして顔をあげると、マカロンお嬢様がアタシを見ていた。
驚いた顔。
見られた! 見られてしまった!
この人がアタシに、何の企みもなくやさしくしてくれるはずないけど。
でも、この体を見れば、軽蔑を隠せないはず。
「なんて綺麗なの! ちっちゃくて、かわいいし!」
え。
「うっうそ。だ、だってアタシ」
「うそじゃないですわ。すごく綺麗!
貴女が綺麗なのは知ってたけど、裸でこんなに綺麗なんて!
これで髪を綺麗に染めて、貴女を引き立てるデザインの服を着て、
ちゃんと化粧をしたら、王都でも一二を争う美人ですわ!」
「アタシが……」
生まれついての娼婦だってかあちゃんに言われてたアタシが?
そんなはずなんかないのに。
だまされてるのに。
マカロンお嬢様は、コロコロと楽しそうに笑った。
「あたりまえですわ。
だってここには、貴女とわたくししかいませんもの」
ああ。
すごい嘘をつかれてる。
だまされてる。
わかっているのに。
お嬢様は、アタシの前にしゃがみこむと、真剣な顔で告げた。
「フランボワーズ、覚えておきなさい。
貴女は綺麗でかわいくて、
勇敢で一生懸命で賢くて我慢強くて、
何年も何年もひどい場所で戦い続けても挫けなくて、
それでとても情に篤い、素敵な女の子で、
わたくしのたったひとりの、そして自慢の妹ですわ」
目の前には。
アタシがずっと昔に、いてほしいと願っていた、おねえちゃんがいた。
ぴかぴかキラキラしてる完全無欠のおねえちゃんがいた。
「おねえちゃん……」
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