20 ピンクブロンドは歓迎される。
って意気込んで来たはずだったんだけど……。
なにがどうしてこんな状況に?
かえって不安になってくる。
アタシは今、来客用らしき豪華な応接室にいる。
あの夜、最後にかあちゃんとおっさんを見た部屋とは違う部屋ね。
あの部屋は、かあちゃんの安っぽい趣味で調度が入れ替えられていて、
目がチカチカするようなモノでゴテゴテしてたもの。
アタシ……こんなちゃんとした部屋に通して貰えると思ってなかった。
しかも、いかにも高そうで持つのが怖いティカップからは紅茶が香っている。
なにこの、思わずなごんじゃいそうな豊かな香り! 絶対高級な紅茶!
そのうえ、なんだかちんまりとしてて高そうなお菓子まで!
なに入ってるか判らないから手は出せないけど。
それともこれはアレかしら。
わざと上品でシックで洗練された部屋へ通すことで。
お前みたいな下々の汚物が来る所じゃないんだよ、という嫌みなのかしら。
だって、このお屋敷でアタシが歓迎される存在なわけがない。
門前払い上等って思ってた。
それなのに。
門番の人は、アタシがやって来たことにちょっと驚いたようだったけど、
いた頃とは比べものにならない丁寧さで応対してくれて。
すぐに案内された玄関ホールでは、奉公人がずらっと並んでお迎えしてくれて。
しかも、誰もアタシを軽蔑したり見下したりしてる感じがしない。
みんながアタシの事をフランボワーズお嬢様って呼ぶ。
なぜか、涙ぐんでいる人までいる。
お屋敷にいた時は、『貴女にはお仕えなどしたくないけど仕事ですから』オーラバリバリだったメイド長が、アタシをこの部屋まで案内までしてくれて。
しかも去る時に
「奉公人一同、後で正式に謝罪させていただきますが、今はこれでお許しを」とか仰りやがって、
深々と頭を下げてくれちゃったりまでして。
すごく居心地が悪い。
悪い予感しかしない。
きっとこれは何かの罠。
帰らなくちゃ。今すぐに。
これはアタシを屋敷に引きずり込んで、逃げられないようにするためなんじゃ――
向こうからバタバタと走る音が近づいて来たと思うと、
勢いよく扉が開き
「フランボワーズ! 来て下さったのね!」
感極まったような声。
聞いたこともない晴れやかな声。
呆気にとられたアタシと目が合うと、マカロンお嬢様は恥ずかしそうに俯き、コホンと咳をして。
楚々とした仕草で対面に座ると、身を乗り出さんばかりに勢いこんで、
「どうしましたの? 忘れ物でもありましたの? 言ってくれればすぐ探し出しますわっ」
お嬢様らしい平静さとりつくろうとしているようだけど。
声が妙に弾んでいる。
『はめつしてしまいましたわー。どうしましょう……』
とか、優雅にほざいて沈んでる人間に見えない。
しかも。
なんでこの人は、一刻も早く会いたくて駆けつけてきました! みたいな様子なんだろう。
走ってきました、という感じで髪も乱れてるし。
仕事してたらしくて、随分とラフな格好をしてるし。
アタシを歓迎するはずなんかないのに。顔も見たくないはずなのに。
なんなのこれは。
さっきからおかしい。なんかおかしい。
訳がわからないと不安が増すばかり。
アタシはさっさと用事を済ませることにした。
「返しに来ました」
「? 貴女が持っていったものは全部貴女のものですわ。
それとも、遠慮して持っていかなかったものがあるのかしら?
なんでも好きにもっていっていいのよ」
なっなにこれ。
アタシが、あれもこれも欲しかったんですぅ。とかほざいたら全部くれそうな勢い。
しないけど。
いけないいけないっ。
なんとか会話を向こうのペースからこっちへ取り戻さないと。
どういう企みかは全く読めないけど、絶対なんか企んでる!
「アタシは物乞いに来たんじゃありません」
拒絶をこめてことさら冷たく告げると、お嬢様の顔が判りやすく曇った。
「ごめんなさい。そんなつもりじゃなかったんですの……」
手がつけられていない紅茶とお菓子を見て、さらに顔を曇らせる。
「そうですわよね……貴女がそう思ってしまっても仕方がないことをわたくしはしてましたわね……」
いきなり、しゅん、とされると、アタシが悪いみたいじゃん!
ああ、もう。調子狂う!
思い出せフランボワーズ!
この美しく高貴なお方は、アタシを男どもの慰み者にしようと画策したくせに、苦しむのがかわいそうだからって毒薬贈ってきた超偽善者女なのよ!
「お返しに来たのは、これです。見覚えありますよねっ」
小さな黒い袋をテーブルの上に放り出す。
毒薬の小瓶が入ってる袋だ。
「これは……」
アタシはまくし立ててやった。
「人を陥れた後のアフターケアまで万全で、ありがたいこってす。
どーもご親切に。でも、アタシ、当分死ぬつもりないんで!
生きてる限り、そんな簡単に絶望しないわよ!」
16歳になったら娼婦になることが決まってると知った時。
その前なのに幾度か、男に犯されそうになった時。
何発も殴られて、下着まで引きずり下ろされそうになった時。
かあちゃんが、あたしを男に貢ぐ金を作る道具としか思っていないと知った時。
ピンクブロンドの呪いを知って、破滅させられる運命が待っているのを知った時。
アタシはいつも暗く冷たい予感ばかり感じていた。
世界はアタシをいつもいつでも二度と這い上がれそうもない泥沼にひきずりこもうとしてるって。
でも、必死に自分に言い聞かせた。言い聞かせ続けた。
アタシは生きてる。
まだ死んでいない。まだあきらめない。
マカロンお嬢様はアタシを見た。
「……そうね。貴女は簡単には絶望しないわね。
わたくしは判っていました。判っていたのにこれを貴女に贈ろうとしましたわ。
これは、わたくしの醜い偽善だったのですわ」
ひどくかなしげだった。
本当に悔いているように見えた。
「貴女がこれで死んだりしなくて、良かったですわ。
本当に良かった……」
なによ。
なによそれ。
心からそう思ってるみたいじゃないの!
だっ欺されないんだから!
この人はアタシの敵で赤の他人!
必死に自分に言い聞かせながら。
「モンブラン侯爵家は破滅したそうじゃないですか!
さぞかし絶望してるんでしょう!
アタシはそれいらないから、マカロンお嬢様が使えばいいんじゃない?」
マカロンお嬢様は黒い袋から小瓶を取り出すと。
飲み干した。
「え」
アタシが思わず止めよう身を乗り出した時には、飲んでいた。
「なっ、なにやってんのよ!」
「……あら? おかしいですわ。これって即効性のはずですけど……?」
本当に不思議そうな声だった。
「ど、毒が入っていたらどうするつもりだったのよ!
まさか――」
ここはモンブラン侯爵家のお屋敷。
そこで若き女当主が毒で死に、その部屋には悪名高きピンクブロンドがいた。
アタシが持ってきた毒で死んだ。
アタシが殺したと言われたら反論しようがない。
侯爵家の名誉を守るために、そこまでするのっ!?
マカロンお嬢様は、アタシを見て、ほほえんだ。
「フランボワーズ。貴女が望むのなら、わたくし、死んでしまってもいいんですのよ」
「は?」
「だって、わたくしは貴女にそうされても仕方のないコトをしていたんですもの」
嘘だ。
この人がそんな風に思うわけがない。
侯爵家を守るため、その権威を守るためなら、なんでもする人。
それが淑女の中の淑女。貴族の中の貴族。
モンブラン侯爵家の若き女当主。マカロン・モンブランなのよ。
「わ、わかってるんだから!
精一杯用心深くふるまってきたアタシが、本当に毒が入った瓶を自分に渡すわけがない。
そう考えての行動なんでしょ!」
それで説明がつく。
それ以外考えられない。
それ以外あるはずがない。
「ああ……確かに、そう考えると合理的ですわね……。
フランボワーズがそう思ってしまうのは、わたくしのせい……。
だから信じてくれとは言いませんわ。
ですけど、毒が入ってるかもしれない、と思っても、全然怖くありませんでしたわ。
だって貴女がわたくしに、そうしろって言ってくれたことですもの」
本当のことを言っているように聞こえた。
そんなはずないのに。
「それに、もしわたくしが死んだら。
全財産が貴女に行くように手配も済ませてりますのよ。
爵位は無理ですけど、資産は全部。
奉公人達も、皆それで納得していますのよ」
「なっ!?」
「わたくしはね、二度と大切な妹を傷つけようとなんてしませんわ。
本当ですわ」
あ、アタシが大切な妹!?
ありえない。
さっきからありえないことばっかり!
なんなのこれ。これはなんなの!?
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